僕の就活スタイル【潤滑油極振り】は異世界でも通用しますか?

ぽく

第1話 転移

「はーあ。59社目ともなると手応えなんてうわかんないや」 


 やたらと蝉の声がうるさい公園のベンチで溜め息をついてるぼくは就職活動中の大学生、油井(ゆせい) 潤である。

 そもそも内定の手応えは味わったことがないのでわからない。よしっこれは手応え有り、完全に通っただろって思っても僕に届いたのはお祈りメールだけだった…

 いや、弱気になるな僕の努力はもうすぐ実を結ぶはずだ。とりあえずさっきの面接を思い出して一人反省会だ。

 前回受けた製菓を中心にする食品会社での面接ではたしか…


 「私をものに例えるならもちろん潤滑油です!組織を円滑に動かすのは僕の役目だと思っています。また、御社が使用するような食品を製造する機械では製品に潤滑油が混入することなどあってはならないことですので、職域を守り出過ぎたことなどしないのも潤滑油としては非常に大事だと考えています。

ですがばフライパンにサラダ油を引くようなことも広い意味では潤滑油的な行いと言ってもいいんではないかと考えると御社の業務は潤滑油である私から始まるとさえいえるのてはないかと」


 「ゆ、油井さん?」


 「また、食品製造のための機械に使用するには当然潤滑油も万一に備えて人体に無害なことに越したことはありませんし、更には食用油自体を潤滑油に転用することも求められるかもしれません。その際潤滑油たる私に求められる行動はまず身辺を清潔に保ち逆説的にはなりますが油物を控えた食生活を心がけつつも摂取カロリーは高い次元を維持することが肝要かと」


 「油井さんっ!油井さんっっ!!ちょっとまって!」



 こんな感じで調子いいところで面接官に邪魔されたんだった。なんか三人くらい並んだうちの端っこのおっさん。人事部長様じゃないやつ。自己PRの途中で邪魔されちゃ手応えなんてあるわけないよね。

 もしかしてあれが圧迫面接ってやつなのかな。だとしたら手応えなくて良かったかもね。圧迫面接するようなブラック企業には入りたくないもんね。

 問題はそんなブラック企業がけっこう多いことだな。59社中57社くらい。もしかして日本って終わってる? 


 と、まあぼくの就活スタイルは【潤滑油極振り】。なんせ名前が「油井 潤(ゆせい じゅん)」だから。

 就活という真剣勝負に卑怯やズルという言葉はいらない。持つものはコネでも学歴でもSNSのフォロアー数でもなんでも利用して持たざるものを駆逐するだけだ。

 僕の場合は親からもらったこの潤滑油を連想させる「油井 潤」って名前が武器ってわけです。お父さんお母さんありがとう。


 さっきの面接では「当社に入社した暁にはどんな仕事を希望しますか?」という質問から強引に潤滑油の話題に持ち込めたのは想定通りだった。

 食品メーカーということで調理に使う油と潤滑油を絡めて話せたのは良かったんじゃないかな。

 なのにおっさんがなー。じゃまするんだもんなー。なんで人事部長様はあいつに敬語だったんだろ。


 ま、いいか次だ次。公園の目の前にそびえるビルを見上げる。大面積のガラスと金属の装飾が灼熱の太陽光をうけて輝いている。ぼくの本命のジュラ油脂の本社ビルだ。工作機械や産業機械にも多く使われる世界有数の潤滑油メーカーだ。ちょっと練習しておくか。


 それにしても暑いな…


「御社を志望致しましたのは潤滑油が大好きだからです!とくに油圧オイルを兼任できるダイナソーシリーズはまさに恐竜のごとき大型機械を動かし思考させる血液のような存在です!それに食欲をそそる匂いに誘われて舐めてみますと味も悪くありません。あれはどなたがテイスティングしていらっしゃるのですか!!?それにあの琥珀のような深みのある色も機械の担当オペレーターのモチベーション維持に大きく貢献するはずです!肌につけたときのほしつこうかもすばらしくけあなをめだちにくくするために…」


  ーーーーーーーーーーーーーーー



♪ちゃんらんらんらんらんらん ちゃらららら♪


 コンビニの入店音が聞こえる。


 エアコンの冷気がぼんやりした頭を徐々に覚醒させる。公園のベンチが暑すぎて無意識にコンビニに来たのか?ちなみにこの猛暑でコンビニはまさに「天国」だ。

 あれ?なんかぼく今座ってる?。公園で倒れてたとかで助けられたりしたのか!?慌てて周囲を見回した。


 見慣れたコンビニの中ではあるがなかなかの異常な事態である。陳列棚は壁際に寄せられ、中央に広めのスペースがとられていた。そこに置かれたパイプ椅子にぼくは座っているようだ。めのまえには長机。その向こうに誰かいるな…ってあれは!


 「目がさめた?こんにちは」

 「ん?こんにちは。なんであかりがいるの?」


 何故か幼馴染の日元 灯(ひのもと あかり)が座っていた。

幼稚園から高校まで一緒。腐れ縁っやつかな。

 親戚のおばさんが芸能事務所をやってるらしくてその事務所でアイドル活動をやってる。

 ぼくは陰ながら応援してるって言いたいところだけど、なんだかんだ向こうから構って来てくれて友人としてのつきあいはずっとある。

 就活が始まってからは誘ってくれても会ってないし、電話も着信も通知も無視しちゃてたな。

 あかりなにしてんの?

 「ふふーん。見てよこれ」

キャリアウーマン風のスーツにタスキをつけた凛はそのタスキをぼくに見せつけてくる。ん?なんだ?一日人事部長!?

 今のあかりは人事部長様なのか!?


「は、拝見させていただきました!」

  

「あなた今自分の状況わかってる?」


 いま?ぼく何してるんだ?コンビニなんてうけてたっけ?そもそも次は本命の潤滑油の会社だったはず?いや、黙ってちゃだめだ。なにか言わなくちゃ。

 「わたくしは御社への入社を目標に日々努力をかさね、リーダーとサブリーダーをつとめる潤滑油研究サークルの活動においても」


「なんでリーダーもサブリーダーもあなたなのよ…そのサークルあなた以外にだれかいるの?そうじゃなくてあなた今死にかけてるよ。」


 なに!?またも面接で落とされるってことか!?やばい、やばいぞ!

 

 「潤滑油サークルでは日々サークルの潤滑油としてリーダーとサブリーダーの間に立ちスムーズなかつどうを…」


「それどっちもあなたでしょ… それより時間ないのよ!現実のあなたは真夏の公園で死にかけてる。もうすぐ死ぬわ。」


 「御社に入社した暁にはこの命を投げ出してでもお役に立つ所存です!」


「ほんとに話聞かないわね。あなたね、もうね、助からないの。でもね異世界に転生させてあげる。」


 なんだ?本社では採用できないけど子会社を紹介してくれるみたいな話かな?


 「そもそもここ、あなたの心の中の天国とか天界とかのイメージを反映した空間なのよ。エアコンの効いたお店を天国って言う人はいっぱいいるけどあなた本気で思ってるんだね。」


 「はい、御社の事業形態はまさに天国を運営していると言えると存じます!」 


 「なに言ってるんだか。それに私のこの姿、これもあなたのイメージの神の姿なんだけどあなた好きな娘のことほんとに女神って信じてるんだ?」


 「あかりは女神だろ。す、好きとかじゃないけど。」


 「…なんか照れるわね。私本人じゃないわよ?本物の女神よ?それよりあなたが死ぬまでもう5分もないわ。死んだ瞬間に転生は始まる。それまでにあなたが異世界でどう行きたいか選ばせてあげる。」


 女神はぼくの目を見て言った。

 「あなたは何者?異世界で何になるの?」


 「私は異世界で潤滑油になります!大きな力が働くとき、効率よく力を使うのに不可欠な存在に私はなるのです!!影の存在であってもこの世に必要不可欠な潤滑油の不足は生産システムの機能停止に直結するのです!!それは人間関係のおいても潤滑油と呼ばれるようなひとがいなければ笑い一つないサークルの室で4年間寂しくヒザを抱えることになりかねません!経験した人でないとこのつらさはわからないと思います。私ならそんな時にリーダーとサブリーダーの二者を自分で兼務しつつ潤滑油的存在として私が私と私の間を取りもつことでこの問題を解決することに成功しました!!その際に役に立った潤滑油はなんと言ってもアルコールです。人間関係の潤滑油といえば私油井とアルコールです!リーダーとサブリーダーの間でもがいていたときには一日に4リットルものビール的飲料を潤滑油として接種しました!!リーダーとサブリーダーの間に立ち眠れぬ夜を過ごしていた私も、アルコールと言う潤滑油は毎日眠りの世界に滑り込ませてくれました!!」

 

 ぼくの転生がはじまったのはそれから3時間後だった。



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