わたしの凛々しい甘えん坊
南村知深
1
――花は大変美しいものであるが、ただその美しさに
という一節を読み終えたとき、遠くから「おはようございます」という大きな声が聞こえてきた。
本を読みながら歩く足を止めることなく、歩調も緩めることもなく顔を上げると、学園の正門前で『風紀委員』と書かれた腕章をつけた生徒が数名、登校してくる生徒たちに挨拶しながら、週に一度の服装チェックを行っていた。
そこでようやく、今日が水曜なのだということを思い出す。
もっとも、思い出したからといって何があるというわけでもない。
私は校則違反に厳しすぎるという風紀委員に目をつけられるような格好はしていないし、問題行動を起こしたこともない。至って地味で目立たない存在である。
したがって、毎週の服装チェックも何の問題もなくパスし、読みかけの本のページをめくりながら校門をくぐった。
「待って、ヒナさん。本を読みながら歩かないでください」
と、私――
文字の洪水からそちらに顔を向けると、そこには息を呑むほどの美人が立っていた。
と言ってもぽわぽわした気配ではなく、すらりとした長身の立ち姿に
「読書に熱心なのは結構ですけれど、そのせいで転んだりしては大変です。お控えください」
「……ああ、はい。すみません、委員長。気をつけます」
少し怒ったような顔の風紀委員長に頭を下げて本をバッグに仕舞うと、委員長はにこりと微笑んでから他の生徒のほうに視線を向けた。
そのとき背中まである彼女のさらさらの黒髪がそよ風に流れ、それを手でゆったりと払うと、その瞬間に周囲から小さな歓声が上がった。
風紀委員長という、ともすれば生徒たちから煙たがられる役職を持っていながら、彼女はその容姿と性格から周囲に
それゆえにこの次の生徒会選挙では、風紀委員ではなく生徒会長としてトップ当選するとまで言われている。彼女にその気があるなら、きっとそうなるだろう。
……と、まるでライトノベルの学園ものに登場する、完全無欠でぐうの音も出ない王道ヒロインのような現実味のない人物であるが、架空のキャラではなく実際こうして存在しているのだから認めるほかない。
「……っと、いけない」
うっかり委員長を見つめてしまっていたらしく、それに気づいた彼女が小さく手を振ってきた。
私は慌てて視線をそらし、それを無視してそそくさと校舎のほうへ歩き出す。無礼極まりない態度になってしまうがしかたがない。
あまり彼女と親しげに接すると、他の生徒(主に女子)の目が怖いのだ。
私のような地味で目立たないメガネ女は、輝かんばかりに
それに関してはその通り、私もそう思う。
学園の図書館は文化棟の三階にある。
ここは基本的にいつでも開放されているが、水曜の放課後だけは利用できない規則になっている。
しかし、閉館時にも図書委員の仕事はちゃんと用意されており、その委員に所属している私は貸出カウンター内で事務仕事をこなしていた。
一週間分の貸出と返却のデータ整理と未返却リストの作成が主な内容で、カウンターに備え付けのコンピュータを使ってデータベースに必要な情報を入力するだけの、至って簡単ながら非常に面倒なお仕事である。
貸出返却は全生徒に配布されている学生証(ICチップ付きIDカード)で管理するのだから、それをデータベースにリンクさせればこんなことをしなくても済むと思ったりもするが、機器が古いのか学校側の意向なのか、そういうシステムは構築されていない。ゆえにデータ入力というアナログな作業が必要となるのだ。
まあ、地味な私にお似合いの仕事と言えよう。
通常は週一回、この閉館日にまとめて片付ける仕事だ。
しかし、私はほぼ毎日の貸出業務の空き時間を利用してコツコツと少しずつ消化しているので、
なので、一週間分を一気に入力するなら一時間近くかかるであろう作業が、ほんの五分もあれば完了するのだ。
「ねー、ヒナぁ。たいくつー」
……
私の頭の上に背後から
「ねー、もっと構ってよぅ」
「これが終わるまで待ってください、先輩」
「えー、やだー。先輩って呼ばれるのやだー」
「……はぁ……」
嫌だと言われても困る。
何がどうなろうと、この人が私の上級生だという事実は
「あーちゃん、って呼んでよ。いつもみたいに」
「嫌です。先輩は先輩です。というか、一度もそんなふうに呼んだことありませんし。それで思い出しましたけど、今朝、私を名前で呼びましたよね。やめてくださいって何度も言ったはずですよね?」
「むー……」
クセっ毛のせいで三つ編みにしていてもどこかがハネている髪をボサボサにされたが、これくらいは
「……いいもん。勝手にやってるから」
「どうぞ、ご自由に」
と
誤解のないように言っておくが、別に私は先輩のことが嫌いなわけではない。素っ気なくしているのは、ただ早く作業を終わらせたいからにすぎない。早く終わらせれば、その後は好きなだけ時間が取れるのに……この人はそのちょっとの時間すら待たないのだ。
先輩は先ほどまでとは打って変わって、ゴキゲンな感じで「勝手にします~」と意味不明な鼻歌など歌いながら、足元の学校指定バッグからヘアブラシを取り出して私の三つ編みを解いた。
「じっとしててね」
言い置いて、作業中の私の髪を
切りに行くのが面倒で手入れもろくにしていない伸ばしっぱなしの痛んだ髪を、まるで宝物を扱うごとく丁寧にブラシをかける。
「ヒナの髪っていい匂いがするし、綺麗なんだから、ちゃんとケアしてあげればいいのに」
「私みたいな地味なのは、おしゃれしたって意味ないですし」
「おしゃれじゃないよ。女の子の身だしなみの話。ね?」
少し怒ったように言う先輩がモニターに反射して映っていた。その表情は、構ってもらえなくて駄々を捏ねている子供ではなく、
そういうところは、さすが風紀委員長といったところだろうか。
――そう。このワガママ放題の幼い女の子のような先輩こそ、全校生徒から憧れの眼差しを向けられ、完璧超人と誉れ高い風紀委員長の
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