第24話
※先日(7/4)からタイトルを変更しています。
旧「 陰でゲロ吐きながら完璧聖女を演じています」⇒
新「ゲロ吐き聖女と覚悟ガンギマリ魔王」
なぜせっかく改題するのにゲロを削らないのかと友人に問われましたが、それは私の中でこの作品が略称「ゲロ聖女」で決まってしまったからです。申し訳ありません。
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翌日、街を救ってくれたと聖女一行を褒めたたえる人々に笑顔で手を振りながら、街を出た。
笑顔で、笑顔で、頬がひきつりそうになりながらもどうにか笑顔を保って、街を出てからの空の旅は、楽しくて自然と笑顔になったりしながら。
ようやく城に戻っての夕食の席。
ここまで来るとつい気が抜けそうになるのを引き締めて、私は今のうちに言っておかねばと決意し、切り出す。
「師匠、次は私のこと、あまり遠くにやらないでくださいね。最初から師匠の魔法に私の祝福乗せるのが、一番早く方が付くと思うので」
「魔物を圧倒できる俺と離れることに不安があるというなら、俺の近くにいても良い。でも、恐怖を無理に押し込めて前に出るつもりなら、賛成はできない。本当は、リアにはずっと城に居て欲しいくらいだ」
師匠は、全てわかっているかのように、淡々と、当たり前みたいな表情でそう答えた。
「な……、なんのことです? 不安とか、恐怖とか……。私はただ、効率の話を……」
ああ。少しどもってしまった。
それでも諦め悪く、できるだけ涼しい表情で、どうにか食い下がろうとしたのに、師匠はそれを無駄だという様にゆるく首を振る。
「強がるな。リアが、淀みと魔物を目の当たりにして、恐怖を感じたのだろうことはわかっている。そのせいで昨日あまり眠れてないだろ。食欲も、あからさまに落ちてる。薄々そうじゃないかとは思ったが、リアは心理的な負担を感じるとまず胃に来るタイプだな」
はっきりと根拠までも断言されてしまった。
私の胃があまり丈夫でないことは、事実だ。受験期にはしばしば戻してしまうこともあった。
でも、そんなの、完璧な聖女ではないだろう。ゲロ吐き聖女ってむしろかなりだいぶとてもダメだと思う。
どうにかごまかせないものかと考えるものの、師匠は容赦なく、更に根拠を述べていく。
「リア程ではないが、俺にも治癒の魔法は使える。それを使おうとするときの感覚……、感触? 発動するかしないかの段階で、この辺が悪そうだな、ここに治癒の魔法が入っていきそうだな、というのが、なんとなくわかるんだよ。リアは、淀みと対峙した後から、明確に胃が悪い」
「感覚、感触、なんとなく……、つまり、勘……! 出たよ師匠の謎に高度で精密な、勘……! ううっ、ちゃんとごまかせてると思ったのに……!」
私は思わず頭を抱え、そんな愚痴をこぼしていた。
いや、本当にどうなってるのさ、この人。少なくとも私は、治癒の魔法がどこの部位に向かうとか、さっぱりわかんないんだけど。たぶん師匠以外誰もできないやつじゃないのかこれ。
「ああ。他の奴らは気づいてないみたいだな。まったく、不甲斐ない。胃は外から見えないにしたって、眠ってないのは顔を見ればわかるだろうに。胃のことだって、魔法を使わずとも食事をしているところをよく見ればわかりそうなものを」
心底呆れたようにむちゃくちゃを言う師匠にこそ、呆れが出てしまう。
「いや、わからないのが普通なんだと思いますよ。そちらが大多数なわけですし。私が元々、人にできるだけ弱味を知られたくない性質なので。私が胃が弱いことなんて、いっしょに暮していた祖父母だって知らなかったかと……」
祖母はともかく、祖父はそこまで私と深く関わっていなかったというのもあるけれど。
予想外に孫まで養わなくてはいけなくなったからか、時代の流れか、祖父は病に倒れるまではずっとサラリーマンをしていたので。
「成育歴の問題か? どうも、リアは人に甘えるのが苦手そうな感じがするな」
こわ。するど。家族の話なんて、まだ父がやべぇくらいしかしてないはずなのに。私の生育歴に問題がありそうなことと、性格を正確に当ててきましたよこの人。こわ。
甘えるのが苦手。ええそうですとも。
私、この人にならどんなに甘えても大丈夫なんて感覚は、一度も持つことのないままここまで来たもの。
反抗期なんて、反抗してもごはんが出なくなったり食費がもらえなくなったり家を追い出される心配のない特権階級にのみ許された贅沢だろ、と正直思ってる。
「加えて、これも成育歴によるものか、どうも人の期待に過剰に応えようとする傾向にある。淀みから救われた街でのふるまいは、人が聖女に望む正にそれだった。その顔色でよくやるものだと、少し呆れたくらいだ」
師匠の勘の鋭さに戦慄する私を、どこまでも冷静に師匠は暴いた。
正直ぐうの音も出ないが、なんとか懇願する。
「そ、その辺で勘弁してくれませんか……。あんまりすべてを詳らかにされると、恥ずかしいし、いたたまれないです……。淀みと魔物が怖かったことは、認めるので……」
「よろしい。それで当然なんだ。魔王と対立する存在である聖女は、特に強く、淀みの魔物に対する嫌悪や恐怖を抱きやすい。本能的に、自分の敵がわかるのだろうな」
満足そうに頷いた師匠は、そこまで言うと、ふう、と、妙に色気がある憂いを帯びたため息を吐く。
「正直、それでリアが怖がって、もう現場には行かないと言えば良いと思って連れてったんだよ。だというのに、むしろ前線に連れていけと言い出すなんてな……」
「師匠はいじわるです……。あの、ところで、淀みの魔物に対する嫌悪や恐怖を抱きやすいって、今までの聖女はどうしてたんですか?」
「歴代の聖女を、淀みと直接対峙させた記録はほとんどない。当然だろ。たった一人しかいない、この世界の切り札だ。いざ魔王が出るその時までは、できる限り安全な場所にと、大切に護られてきた」
私の問いかけに、師匠は淡々とそう答えた。
「えっ、でもそれじゃ、前線にいた人たちに、けっこうな犠牲が出たのでは……?」
私が重ねて問うと、師匠はなんでもないことのように認める。
「出た。が、仕方のないことだ。というか、自分で言うのもなんなんだが、俺が普通じゃないんだよ。普通は淀みがどこに出るかなんてわからないんだから、出たら現地の人員でなんとか対応して、少し戦況が落ち着いたところで厳重な護衛付きで聖女がやって来るものなんだ」
それはそう。確かに。犠牲を仕方ないと認めるのは心苦しいが、師匠がいなければ、実際駆けつけようがない。
私の調べた限りでも、聖女の逸話ではやたら回復魔法が強調されていた。つまりはそれだけの犠牲がまずあったということだ。
「あまり移動しないなりかけが決まった場所にばかり淀みを発生させたり、本当に偶然聖女の居住地に近い場に淀みが発生したりで、聖女が淀み発生直後から対応にあたった例はなくもない。ただその場合も、聖女は後方で厳重に護られていたようだ」
私の疑問に答えるような言葉をそこでいったん区切り、師匠は鋭い視線で
「聖女はそもそも、争いごとに向いていない。浄化、癒し、祝福、守護。積極的に戦う力ではなく、癒し護る力こそが、聖女の本質だ。俺なんかとは、真反対のな。前線なんて、俺のように戦うのが好きなやつに任せておけば良い」
あまりに強い視線に震えそうになりながら、どうにか反論する。
「確かに、戦っているときの師匠は、すごく楽しそうでしたね。で、でも、魔王とは、私が……」
「魔王。そうだな。それだけは、聖女が殺さなくてはいけない。殺してやって欲しい。しかし、心臓からなにから全身全てを乗っ取られ、性質も性格も行動もなにもかもが変わり魔王となってしまったそいつは、ある意味もう、死んでいるだろう。聖女がするのは、それを弔ってやる行為だと思う」
「弔い……」
魔王の討伐は、なりかけだった世界最強の生き物を、弔う行為。昇天とか成仏とかさせるような、浄化に近いような?
そう言われてしまえば、一貫して聖女の能力は、聖職者らしいものだ。
私が争いに向いていないというのも、事実だろう。
「リアのような素晴らしい聖女に弔われるのは、この上ない幸福だろうな」
ふわり、実に良い笑顔で、憧れすら感じられる本当にうっとりとした声で、師匠はそう宣った。
なぜそうも死ぬ気でいるのかこの人は。
私はキッと彼を睨み、釘を刺す。
「だから、師匠は死なせないって言ってるじゃないですか。……いや、まあ、私の方が年下ですし、寿命で師匠がお亡くなりになった暁には、全力で弔いますけど……」
「そうか。俺が寿命で死んだなら、リアは俺を弔ってくれるんだな」
「え、ええ。遠い未来の話になるでしょうけど、ちゃんと弔いますよ。……そう! 師匠を寿命まで生きさせるためにも、私はやっぱり、前線に行きます! 師匠を護りたいんです」
実に満足そうに、なんだか変な含みのある感じに確認してきた師匠に、一瞬なんだか嫌な感じがしたものの、私はそう告げた。
私の意見を聞いた師匠は、むっと不満そうな表情に変わり首を傾げる。
「そこに戻ってくるわけか……。しかし、どうせ俺は最強だ。リアが恐怖に耐えてまで護る必要なんてない。違うか?」
「師匠がいくら強くても、私はこの世界最強の魔王よりも強いはずの、聖女です。師匠を、みんなを護りたいと思って良いでしょう」
「……確かに、俺はともかく、兵や騎士の中には、護ってやった方が良いやつもいるかもしれないな。でも、さっき怖いと認めたじゃないか。どうしてそこまで無理をする?」
「人を死なせたくないと願うのは、聖女みんなに共通する特徴。そう、師匠が言っていたじゃないですか。誰も死なせたくない、護りたい、傷つけさせたくもない。その思いが、淀みだの魔物だのに対する恐怖より、よほど強いだけです」
「なるほど。俺が淀みを察知している以上は、気にせずにいられないのだろうな。でも、昨日見ただろ。淀みの対応なんて、俺一人で十分できる。誰も怪我なんかさせない内に終わらせてやる。こう言っても、師である俺を信じきれないか?」
「師匠の実力は信じてますよ。でも、どうしたって心配はせずにはいられませんから。万が一があったら、どうしようって。万が一を防げる力が自分にはあるとわかっているのに、前線に行かないでどこかに隠れているなんてのは逆に苦痛です」
私は魔物や淀みがこわいからこそ、いくら師匠でも万が一があるのではと思わずにはいられないのだ。
苦痛とまで言い切った私に、師匠は難しい表情で黙り込んだ。
そこでここまでの自分の言葉を振り返り、『ちょっとかっこつけすぎちゃったかも……』という気分になった私は、ぼそぼそとぶっちゃけたところも付け足しておく。
「それに、昨日は、むしろ師匠があまりに大活躍し過ぎていて焦ったというか……。先代が決めたことなんてひっくり返せるだけの影響力が欲しいんですよ、私。なので、わかりやすく前線で活躍したい気持ちもあります」
それを聞いた師匠は、新たに疑問を呈してくる。
「先代と同じだけの仕事、浄化と魔王の討伐はするんだから、先代との違いを埋めたければ、リアはむしろ人を口説くべきじゃないのか?」
「無理ですよ気持ち悪い!」
「なにも、惚れさせたやつを先代よろしく全員受け入れろってわけじゃない。惚れさせるだけ惚れさせてキープしておけばいい」
「それも嫌です! 私は師匠にしか興味ないので! ……というか、いくら私が世界にただ一人の聖女だとしても、そんなことできる気がしませんよ。先代は、口が上手かったんですよね? 顔と体格とかもべらぼうに良かったんじゃないですか?」
「まあな。大した美男子だったらしい。でも、リアだってすごく綺麗だ。お前ほど美しい聖女の前には、なにもせずとも世界各国からの求婚者の列ができるだろうさ。だいたい、色恋の面で惚れさせるのに抵抗があるとしても、人として惚れさせるとか……、ああ、それで活躍って話になるわけか」
すごく綺麗。美しい。
私が唐突に聞こえて来たまさかの誉め言葉に固まっている隙に、師匠はぽんと手を打ってなんだか勝手に納得してくれた。
あまりにさらっと言われたしさらっと次の話に繋げられて、聞き間違えだった気さえしてくる。
真っ赤になって硬直している私を見て、心底ふしぎそうに師匠が首を捻ったので、やっぱり聞き間違えだったのかも。たぶん聞き間違えだったなこれ。うん。うんうん。
「そう、ですよ。先代のようにお姫様を口説いて回れない私は、戦いの場で活躍するしかないんです」
「……姫だけってわけじゃなかったけどな、先代が口説き落としたの」
!?
なんとか絞り出した返事に、ぼそりとそんな情報を返されて、ますます私の混乱は増した。
姫だけじゃない。それは女王的な立場の人とか、あるいは貴族令嬢や平民女性にも手を出したとかいう意味?
あるいはまさか……。
いや。これ気になるけど聞いたら先代への軽蔑度合いが増すだけのやつだな。深く聞かないでおこう。
少なくとも、先代が強敵ということがわかった。妻にした姫の数だけでもヤバそうなのに、それ以外にもいたなんて。
あまりにも人たらし。そんな奴の影響力を越えるには、きっと大活躍が必要。
うん。派手に活躍してやろうじゃないか。師匠と二人で。
そう改めて、強く強く決意をしていると、表情からそんな私の内心と、意志の固さを察してくれたのか、師匠は仕方なさそうに肩の力を抜く。
「……ま、俺は最強だしな。昨日の感触からして、リアの手助けがあれば更に瞬殺してやれるし余裕も出るだろう。俺がリアを護れば良いだけか」
「じゃあ……」
「ああ、良いよ。次の淀みが出た時には、俺のすぐ後ろにいてかまわない。……でも、本当に、恐怖の方が増して前にいることの方がつらくなったら、すぐに言えよ」
本当に心配そうに、でもどうにか私の同行を認めてくれた師匠に、私は満面の笑顔でうんうんと頷いて返した。
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