寄稿文「三日月洋燈商會」より

「兄への手紙」 (題:「借りた軒陰で本を商う」)

 前略、兄様。

 ご無沙汰しております。なかなか便りをお送りできず、申し訳ありません。

 このところは雨続きで、客足も遠のく一方です。軒の主が貸してくださった傘を戯れに回しながら、故郷の山の蒼白くけぶる輪郭を思う日々を過ごしております。

 雨が止んだら、次の街へ移るつもりでおります。

 また気まぐれにとお叱りになるでしょうが、こればかりはどうしようもありません。

 なにせ、他ならぬ本が次へと云うのですから。

 どうか妄言とおっしゃらないでください。昔から不気味な子と呼ばれてきましたが、兄様にだけは信じていただきたいのです。

 本は語ります。書き手が無言のまま込めた思い、書棚の風景、わたくしの行李へ至るまでの道のり、そして自身の持つ願いを。

 どこかへ辿り着きたいと、本たちはみな言います。

 わたくしの旅は、それを叶えるための手助けに過ぎません。

 

 根を張れぬ身で、望まれるままに。

 軒陰をお借りし、ささやかに本を商う。

 そんな営みこそが、わたくしにはまこと天職であるように思うのです。


 兄様。

 わたくしは本たちとともに、静かに、ですが確かに、生きております。


 もうそろ、そちらは風の冷えてくる折りですね。何卒ご自愛くださいますよう。

 それでは。


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作者:此瀬 朔真

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