混血種

 混血種。


 互いの種族が助け合い、生活している現代のこの世界では決して珍しくは無い種族である。


 人間とエルフでは魔力と繁殖力が高く、ドワーフと獣人では身体能力が非常に高いなど、混血種は互いの種族の良い部分を受け継ぐ場合が多い。


 しかし混血種の中で、著しく少ない組み合わせがある。


 当然であり必然。


 ドワーフとエルフの組み合わせだけは、種族間の確執、そして出生後の生存率の低さにより非常に少数である。


 その中でも女性は更に数を減らす。


 力仕事が多いドワーフ社会では、女性のエルフ混血では腕力が足りず、使い物にならないので、集団を追放される。


 閉鎖的なエルフ社会では、産まれる前に、ドワーフの血が混じっていてはエルフ社会では平穏無事に生きることは難しいという理由で中絶されることが殆どである。


 無事に産まれたとしても、親を含めての追放か、集団によっては処刑される運命にあった。


 追放された者たちの運命は想像に容易い。


 魔物の餌になるか、他種族に隷属するか。


 厄介者の彼らは他種族から受け入れられる事も少なく、魔物の餌になることが大半である。


 ただし、ドワーフとエルフの混血は、互いの種族の弱点を補い、互いの種族の長所を受け継ぐことができるため、戦闘能力という面においては非常に優秀でもあった。




 ランスはそんな世界で、奇跡的に生き延びた。


 両親は、ドワーフとエルフの混血は女性のままではこの先生きていくのが難しいと思い、彼女を男として育て、自分が女である事を隠すよう教育した。


 生まれ育った村は両親もランスも全て受けいれ、皆を家族のように扱い村人達の絆は強かった。


 そんな村を襲った悲劇。


 魔物の群れが村を襲い、迫害された混血種の多かった彼らの最後の砦である村を村人達は死力を尽くして守った。


 しかし生き残ったのはわずか4名。


 冒険者達4人の両親を含む数十人規模の村人の殆どが犠牲になり、村を守りきることは出来なかった。


 帝国軍を信用しなくなったのは当然である。




 生き残った彼女ら4人を待ち受けていたのは帝都での貧困生活と迫害。


 女性であったマーリンが幼いながらも体を売り、日銭を稼ぎながら4人で必死に生き延びた。


 依頼を受けることができるようになってからは、討伐依頼を中心に稼ぎ、やっと人並みの生活ができるようになる。


 しかしそれは、常に命を危険にさらしながら生きる事を強制されるという意味でもあった。




 彼ら4人に安息は無い。


 常に4人で助け合い生き残ってきたからこそ、彼らが互いに背中を預けた時は「目の前の敵を必ず自分が排除する。」という合図なのである。






「だぁ!!鬱陶しいな!!」




 ブルはその巨体で数十の雑兵達をたった1人で押さえ込んでいた。


 通路が広くなく、正面からしか来ない雑兵はブルにとっては大した驚異では無い。


 問題はその数。


 帝国貴族ともなれば100や200の私兵を持っている。


 目の前の兵を何人倒しても、その数はひたすらに増える一方だった。


 そして何より、




「全力出すと死人が出ちまうからな……。」






 仲間達全員との作戦会議中、一成は突入組に1つの枷をつけた。




「今回はあくまでも交渉が目的だ。絶対に死人を出すな。」




「そりゃそうだが流石に1人も出さないのはキツイぜ?」




「お前らは一流の冒険者、言わば戦いのプロだろ?お前らなら出来ると俺は信じてるよ。」




 そこまで言われては、一成のためにも死人を出すわけにはいかない。


 ただ、性格上力をセーブしての戦いはブル自身これまで行ったことはなく、人がどの程度で死ぬかも分からない。


 加減の分からないブルは、必要以上に力を押さえ込んでしまっており、雑兵を抑えることは出来ても、気絶や戦闘不能状態にさせるまで至らない程度しか力を出せていなかった。




「コイツ、大した力は無いぞ!!」




「このまま押せば行ける!!」




 反面雑兵側の士気は高い。


 ブルの身体に攻撃しても殆どダメージは期待できなかったが、その分ブルも大したダメージを与えてこないため、気兼ねなく特攻できる。


 もはやサンドバッグと化したブルは少しずつ雑兵に押し込まれ、階段が目下まで迫っていた。




「今だ!!」




 雑兵の1人が隙を見て階段へ飛び込む。


 ブルはそれを阻止すべく、咄嗟にその雑兵を殴り飛ばした。




「うぐっ!!」




「やべぇ!!」




 咄嗟のことで加減が出来ず、雑兵は壁に激突。


 雑兵が守りに使った腕はあらぬ方向に折れ、衝撃で血を吐き出す。


 ただ、息はあった。




「良かったぜ……ん?」




 それまで考えもしなかった邪な考えがブルの脳裏をよぎる。




「そういう事か、一成さんよ。」




 迫り来る雑兵。


 先頭の1人の腕を掴み、へし折る。




「ぎゃぁぁああ!!」




 痛みに悶える雑兵の姿を見て、少し前の自分を思い出した。


 圧倒的強者であった一成に喧嘩を売り、四肢全てをへし折られてなお生きていた自分の姿を。




「最初からヒントは出していたって事かい。それなら話は簡単だな。」




「お、おい!!アイツ十分強いじゃねぇか!!」




「誰だ行けるとか言った奴!!」




 勿論一成にそんな思惑は全くなかった。


 だが、それに気付いたブルの行動で雑兵達の士気は大幅に落ちる。


 仲間内で犯人探しを始める始末。


 元々彼らは冒険者や奴隷上がりのため、統率力なんてあってないようなもの。


 そんな連中に加減を知ったブルが負けるはずが無く、腕を折り、足を折り、どんどん前線を押し上げていく。




「邪魔だお前ら!!どけ!!」




 怒鳴りながら雑兵をかき分けブルに向かってくる大男。


 体格はブルに負けず劣らずであり、下顎から長い犬歯を生やした獣人である。




「お前、見たことがあるな?4人組の冒険者で、貧相な連中とつるんでた獣人か?」




「お前も見たことがあるぞ?ろくな仕事をよこさねぇとキレて、職安の職員をぶん殴ろうとして返り討ちにされた挙句、出禁くらった馬鹿じゃないか?」




 互いに額を付き合わせ一触即発状態。


 丁度そのタイミングだった。




「【武装解除】。」




 ランスの魔法が発動。


 ブルは後ろを向いたままだが、反射的に体をそらす。


 ランスの鎧の一部が獣人兵に激突。


 そのまま10メートルほど後方へ吹き飛ばされる。




「ランス!!使うんだったら言え!!かすっただろうが!!」




「すまんブル。緊急だったもので。」




 吹き飛ばされた獣人は何事も無かったかのように立ち上がり、またブルに向かっていく。




「【獣化】(ビーストモード)!!」




 頭に血が上った獣人兵は獣人が得意とする魔法【獣化】を使用。


 少しずつ体毛が増え、手足が獣のそれに変わり、顔付きもイノシシに近い姿に変身。


 直線上にいた仲間諸共ブルへ突進してきた。




「【獣化】を使うのにそんなに時間がかかってる時点で、俺より格下なんだよお前は。」




 ブルは突進してきた獣人兵の頭を片手で受け止め、そのまま地面に叩きつける。


 その攻撃は一瞬だったがブルの手足のみ既に動物になっており、胴体や顔は元のままである。




「お、お前、混血種か……。」




 叩きつけられた獣人兵が殆ど意識を失いながらブルに問う。




「人間と獣人の混血だ。魔力は人間の、筋力は獣人の物が使える。完全に【獣化】が使えねぇのが難点だが、その分発動は圧倒的に早ぇんだよ。」




 ブルが返答している間に獣人兵は意識を失い、ブルの【獣化】も解除された。

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