火種

「お主の勝ちだ。生きておるか?」




 ノブナガは倒れた一成に話しかける。


 その間に割って入り、レインが腕を広げた。




「2人とも、もう、やめてください。お願いします。もう、誰も、一成さんに、触れないでください。」




 非力なレインにできる精一杯の抵抗。


 ズタボロの身体で横たわる一成を守る小さく薄い盾。




「主が一成を回復し続けておった女だな?」




「そうです。」




「主のおかげで良いひとときを堪能できた。感謝する。」




 そう言って、ノブナガは膝をつき頭を下げる。


 かつて1国を収めた男がするその行為は、これ以上ない感謝と褒め言葉のはずだった。




「良い……ひととき……?」




 レインの握りしめた手が、肩が震える。




「貴方は……こんな事を良い時間だったと言うんですか!!」




 レインにとってそれは侮辱以外の何物でもなかった。




「命を軽く見て、互いに痛めつけあって殺し合うことのどこが良い時間ですか!!」




「……その通りだ。お主にはすまないことをした。」




 ノブナガはさらに深く頭を下げる。


 しかしレインの怒りは収まらなかった。




「私だけじゃないです。貴方にはもう1人謝らなければならない人がいるでしょう?」




「なに?」




「ずっと貴方の事を想い、貴方が死後も戦いに囚われていることを憂い、私に語りかけてくれた優しい方が貴方にはずっと居た。」




 ノブナガは迷いなくアゲハを見た。


 自分が戦場に向かう時迷いなく見届け、帰った時には暖かく迎えてくれたアゲハ。


 そんなアゲハが戦いを憂いているとは想像もしていなかった。




 レインはノブナガの方を見つめ、目には見えない誰かと語らうように口を開いた。




「え?いいやダメです。聞こえないからこそ私が言わないと、」




「そこにアゲハがおるのか?」




 その異様な様子を見たノブナガが驚きながらもレインに問う。


 その問いに恐怖に震えながら、しかしハッキリとレインは答えた。




「ずっと、貴方の傍に居ましたよ。」




「そうか……。そうか……。」




 それは一国を治めたものとしては有るまじき、まるで迷い子が母親を見つけた時のような安堵と喜びに満ちた表情でノブナガは涙を流し崩れ落ちた。




「ずっと一緒におったのだな……。そうだ、一成は無事か?」




「先程回復魔法はかけました。心臓は動いていますが、意識が戻らないんです。」




 不安そうな顔でレインは答える。


【灰の一撃】を打った後は無気力状態になることは分かっていたが、最初の時は意識があった。


 だが今は全く意識がなく、全身回復しているはずなのに呼吸もかなり浅かった。




「我を倒した男がそんなことでは困る。女よ。あやつが吸っておった紙巻はまだあるか?」




「は、はい。ここにまだストックが残ってます。」




 そう言ってレインは20本入った状態のタバコを取り出し、ノブナガに見せた。




「ならそやつに吸わせてやると良い。我はこのとおり両の腕が使い物にならなくてな。」




「わ、分かりました。」




 レインはなんの疑いもせずノブナガに背を向け、一成に近寄る。


 口にタバコを差し込んで、手探りで一成のポッケからライターを取り出し火をつけようと近付けるが、呼吸が浅すぎて上手くタバコに火がつかない。




「一成さん、深呼吸して!!」




 必死に訴えても一成に反応は無い。




「女よ。まず主が咥えて火種を付けろ。それを一成に咥えさせれば少しずつ吸えるだろう。」




「わ、私これ吸ったこと無いんですが、それにそれ関節」




「良いからやれ。命がかかっておる。」




「んん〜……」




 レインは赤面しながらも恐る恐るタバコを咥え、先端をライターで炙りながら大きく深呼吸する。




「ゴホッゴホッ!!一成さんいつもこんなものを!?」




「火がついたようだな。なら早くそれを一成の口へ運べ。」




 レインは言われるがまま、意識を失っている一成の口へついさっきまで自分が咥えていたタバコの吸口を押し当てた。


 意識のない一成はタバコを咥えることが出来ないため、レインはずっと口元に当てた手を離さず、少しずつ肺に入っては出ていく煙を感じていた。






「目は、覚まさんか?」




「お願い一成さん。目を開けてください。」




 ゆっくりと落ちたタバコの灰がレインの手にあたる。


 熱いはずのその灰を払うこともせず、レインはただ一成が目を覚ますのを待った。


 1本目が吸い終わる頃、フィルターを挟んでいたレインの指もまた火により高温に晒される。


 それを冷やすようにレインは泣きながら、しかしその指は決して口元から離さなかった。

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