第22話

「で、本当にあるんですか、学校の七不思議なんて」

 深夜の校舎を徘徊しながら、僕は先輩に尋ねた。

 人体模型は動かないし、ピアノは独りでに鳴らなかった。七個中二個はハズレだ。

「さあ、どうだかな。何せ噂話だからな」

 何を今更、適当なことを言い出すんだ、この人は。

「さあって……。じゃあ、何のための調査ですか?」

「無論、七不思議の真偽を見極めるためだ。この調子だと望みは薄そうだがな。……所詮、人伝いの単なる噂話だ。信憑性に欠ける。そもそも人間の感覚器官は信用出来んからな。トリックアートを見たことがあるかね、橘後輩」

「はい、まあ。一方は長く見えるけど、本当は同じ長さの線ってやつですよね」

「ああ、それだ。そんな風に、人間の視覚は簡単に騙されてしまうのだよ。……後は勝手な思い込みだな。深夜、人気のない夜道。それだけでもう不気味だろう。その恐怖心が怪異を生み出してしまうのだ。枯れススキだろうが自分の影だろうが、何かの化け物に見えてしまう」

 妙に納得してしまう。

「自分の感覚さえ疑い得るものなのだ。だから、橘後輩は人の言葉をそう易々と信用せんことだ」

 それは、あなたのその言葉も疑えってことじゃないか。

「……じゃあ、僕は何を信じればいいんですか」

「『考えている自分』だな。私の言葉は嘘かもしれんが、考えている君自身はそこに存在する真実だ。ほら、デカルトも言っているだろう『我思う、ゆえに我あり』と」

 デカルトって誰だと思ったが、黙っておいた。

「……まあ、疑ってばかりじゃ話にならん。橘後輩、さっきの話は忘れて、へらへら生きてくれたまえ」 

 忘れられるか。

「でも、結局は妥協点が必要ですよね。そうしないと、生き苦しいですし」

「ああ、そうだな」

 先輩の言うように、へらへら生きるのが一番幸せなのかもなあ。

 そう思った時だった。

 突然、灯りが消えた。

「あ、あれ? 先輩?」

 先輩も消えた。懐中電灯を持っていたのも先輩だったので、辺りは真っ暗になった。

 ザーッ、と音がした。水の流れる音だ。

 そういえば、ここはトイレの花子さん&太郎さんが出るトイレの前ではなかったか……。

 確か、便器の中に引きずり込まれるんだっけ。……汚って、いやいやそんなことある訳が……。

 とん、と肩に手が置かれた気がした。

 恐る恐る振り返って見ると、怪しい光を放った不気味な顔が……。

「うわああああぁぁぁ」

 思いっきり後退った拍子に、何かを押した気がした。 

 バンッ、ジリリリリリ……。

 何かを押して、何かが鳴った。

「だ、大丈夫かね、橘後輩」

「……あれ、せ、先輩?」

「ああ、私だ」

 先輩が僕を懐中電灯で照らす。

 音はまだ鳴り響いている。

「……この音は何ですか?」

「非常ベルだ。火事の時に鳴らすやつだよ」

「……何で、そんなのが鳴ってるんですか?」

「君がボタンを押してしまったからだ」

「……は?」

 嫌な汗が頬を伝って、首筋に落ちる。

 何となく、今の状況が分かってきた。

「いやはや、やらかしてくれたな、橘後輩よ。あの話をした後で、こうも簡単に騙されてくれるとは。ああ、愉快、愉快。白鳥後輩では、絶対にこうは行かなんだ」

 この状況下で、よく笑っていられるものだ。

「……って、この後どうするんですか⁉ 笑ってる場合じゃないですよ!」

「ああ、腹痛い。……済まんな、ツボに入ったようだ。……この後は、まあ待つしかないだろうな。直に消防隊が駆け付けるだろうが、逃げるのは私の性に合わん。大目玉を覚悟しておけよ」


その後、白鳥さん達と合流し、状況を説明した。白鳥さんは大いに呆れていた。数十分後には消防隊が到着し、セバスチャンさんと先輩が事情を説明。程なくして、学校関係者も到着し、当然の事ながらめちゃくちゃ怒られた。ただ白鳥さんが「損害賠償になるなら、私が払いましょうか」とか言って黙らせてしまったのは凄かった。

結局、僕達は反省文として原稿用紙十枚を渡され、帰宅となった。完全徹夜であった。

「先輩の所為ですよ!」

「君がボタンを押さなければ、こうはならなかった」

「元はといえば、先輩が七不思議調査をするなんて言い出したから……」

「まあ反省文十枚で済んで良かったでしょう、あなた達は、ね」

「うっ……」

 白鳥さんが本当に損害賠償を払ったのかは知らない。

「そうだ、反省文十枚なんて、ちょろいものだぞ」

「あなたは少し反省して下さい!」

 先輩は怒られている時も、どこか楽しそうにへらへらしていた。

 この態度を見習おうとは絶対に思わなかった。


 その後は、墓場で肝試しや心霊トンネル調査、反省文で終わってしまい、散々な夏休みだった。


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