紛うことなきポニーテール

野原想

紛うことなきポニーテール

ダンッ、キュッ、ドンドン、ダンッ、という音が扉の開け放たれた体育館に響く。夏の暑さのせいでいつもよりも音が篭って聞こえて仕方がない。この反響音がまた俺の体感温度を上昇させる。

「こっち!パスパス!!」

「宮本!今シュート行けるって!」

「ちょ、今のダブドリだろ!!」

飛び交うのは男子高校生の声と汗の粒。さっきの試合でヘトヘトになった俺は壁に背を付けて床に座り込んでいる。体育の授業で少しガチになりすぎたと、休憩に入ってから少し後悔をした。同じように隣に腰を下ろしている拓也がニヤニヤと揶揄うような表情で俺を見て言った。

「お前、自分が帰宅部なの忘れてたんじゃねぇーの?」

「いやいや、俺だって中学の時は運動部だったし!」

「二年も前の話じゃん」

ビーー!!

試合終了のタイマーが鳴り、「女子と交代なー!」という田中先生の無駄にでかい声が聞こえる。

体育着の首元をパタパタしながら女子がコートに入る。

「よーし!試合開始!」

また無駄にでかい田中先生の声と同時にタイマーが動き出す。運動部の女子が率先して声を出して指示を出しながら進んでいく試合をぼんやりと眺めた。

「あ!そっち今空いてるよ!」

「私ボール回すよー!」

「ゆみちゃん今のシュートスリーポイントじゃない?すごー!」

床とシューズの擦れる音。大きく揺れるゴールネット。手が重なって弾ける空気。

揺れる、ポニーテール。


ミーンミンミンミン、ミーンミンミンミン、


「体育って、いいな」

脳内を蝉に支配されそうになるのをかき消すように拓也がそう声に出す。

「お前、今何見て言った?」

動くたびに揺れる毛先、円を描くように光を吸収するその髪に、意識が吸い込まれそうだった。

「…ポニーテール」

「素直だな、」

九月、夏休み明けの体育。目の中に汗が入ることを気にしなければいけないくらいには暑い。

そんな中で女子の試合は、さっきまでのむさ苦しかった男どもの試合とはどこか違う。

「そう、ポニーテールだ」

「誰に向けたセリフなんだそれ、っていうかそんなに好きなら自分でやれよ」

俺は冗談混じりに拓也の髪を触る。

「無理だろ、長さ的に」

自分の真っ黒な髪を撫でながら諦めの表情を浮かべてそう言う拓也。そこに通りかかった瀬戸さんが面白い提案をする。

「じゃあさ、二つ結びは〜?」



「…と、言うわけで拓也が二つ結びになったわけだが。…似合うな」

「似合うわけないだろ!てかよく出来たな!この長さで!」

「私手芸部で細かい作業は得意だから〜!」

髪ゴムやピン留めで器用に結われた拓也の髪の毛。

「俺、瀬戸さんが可愛い悪魔に見える…」

「可愛いだって〜!褒められちゃった〜!」

「都合いい方だけ拾うんだね…」

しばらく試合の順番が回ってこないのをいいことに体育館の隅で胡座をかいてはしゃぐ。

「まぁ、とりあえず自分でも見てみろよ。ほら、手鏡」

「おお、サンキュ…って!女子力!なんで持ってんだよ!見ねぇし要らねぇよ!」

「ええ〜!似合ってるのに〜!というか、なんでポニーテールするみたいな流れになったの〜?」

瀬戸さんの綺麗な茶髪、肩に掛かる長さのそれがふわっと揺れた。

「拓也がさ、女子の試合見ながらポニーテールって良いよなって言うから…」

「なるほど〜!小林くん、ポニーテールが好きなんだ〜!こーゆー感じ〜?」

そう言いながら自分の髪を後ろで括るように持ち上げた瀬戸さん。ゆるりと微笑みながらの彼女のその仕草に、一瞬、時が止まったように感じた。

「今、恋に落ちた音がしたな」

「わかる」

「え?小林くん?みどりくん?二人とも〜?どしたの〜?」

そのままこてんと首を横に倒す彼女はもう、確信犯だろ…。


「はい!みどりくんも完成〜!二人とも可愛いね〜!」

ノリノリの瀬戸さんの勢いを止められずに俺も髪を縛られる始末。頭の後ろに回した手の甲にぴょこんとハネた髪の束が当たる。

「っぷは!似合ってるぞ!みどり!」

「…うっせ、」

「おー!なんだお前ら!似合ってるじゃねぇか!」

無駄に余計に声のでかい田中先生が遠くからそんなことを言うせいで皆の注目を一気に掻っ攫ってしまった。でも、こんな掴めない気持ちも、いつか懐かしくなったり、すんのかな。

「先生まで…やめてくださいよー!」

両手で顔を隠しながらそう声をあげる拓也がちょっと面白くてつい、口元が緩む。

「二人とも!写真撮るよ〜!ほら写って〜!」

「え、いや、」

いつの間にかスマホを握っていた瀬戸さんの笑顔に抗えなくて、俺と拓也は仕方なく互いに肩を寄せた。

「いーから!はい、チーズ!」

パシャ、


「なんか、今日散々だったな」

ゆっくり沈んでいく太陽の光で塗り替えられていく広い空を仰ぎながら二人で帰路に着く。

「みどりのせいだけどな」

「拓也がポニーテール好きだって言うからじゃん」

「女の子のだっつってんだろ」

「まぁまぁ、ほら、俺らも意外と可愛くね?」

スマホの画面には瀬戸さんに送ってもらった写真。俺と拓也が肩を寄せ合ってぎこちなくピースをしている。

「需要もない、悲しきツーショットだな」

「悲しきモンスターみたいに言うな」


ポニーテールは首がスースーして涼し買ったけど、それとは違うむず痒さも感じた。

ま、こんな日も悪くはないか。


「てかみどり、いつまで結いてんの?」

「え!?」

慌てて頭に回した手を、また一度、ぴょこんとした毛先が擽った。

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紛うことなきポニーテール 野原想 @soragatogitai

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