第4話 ゾンビ 

 僕の名前は津久志つくし亜世美あせみ。ただの高校生だ。

 先日、クラスメイトの小田おだ真紀まきさんに、二人っきりの教室でこう尋ねられた。


「ねえ、津久志くん。もしさ、ゾンビが襲ってきたら、津久志くんはどうする?」

「は? ゾンビ?」


 突拍子もない質問に、僕は思わず訊き返してしまった。夕陽射す放課後の教室で訊くべきことか?


 小田さんは眉をハの字に寄せた顔をこちらに突き出して言う。

「だから~、ゾンビだよ。生ける屍。死んでるのに、生きてるの」

「死んでたら、生きてないじゃん」

「だーかーら、死体なんだけど動き回るわけよ。こんな風に」

 小田さんは両手を力なくダラリと下げると、項垂れながら気怠そうに歩いて見せた。理科室に行く時の小田さんそのままじゃないか。


「で、人間を襲うの。があっ」

 小田さんは突然僕の両肩に掴みかかり、僕の首筋に噛みつくふりをする。


「血を吸うの?」

「違うわよ。食べるのよ!」

「食べる……」


 なんだろう。この胸の高鳴りは。何故だか、わくわくする。


「そ。食べちゃうの。で、ゾンビに襲われて死んだ人は、またゾンビになるの。そうやってゾンビは増えていって、やがて町にはびこるのよ」

「ふーん……」

「どうする、ゾンビの群れが襲ってきたら」

「この町に?」

「うん」

 小田さんは瞳を輝かせて頷いた。よく分からない人だ。


「群れで襲ってくるの?」

「たぶん。映画とかでは、だいたい群れ群れしてるし」

「人肉を食べるんだ」

「それ、さっき言ったじゃん」

「生きてる人間の肉を食べるんだ」

「う、うん。ゾンビは生きてる人間しか襲わないし。映画とかだと……」

「全部食べるのかな」

「え?」

「食べる時は、生きている人間の肉を全部食べるのかな」

 こめかみに汗を浮かせた小田さんは口を尖らせて答えた。

「し、知らないけど、たぶん、全部食べるんじゃない?」

「食べきれないでしょ。胃袋の大きさはみんな同じくらいだし。熊とか狼みたいに、巣穴に持ち帰って保管しながら、数日かけて食べるなら別だけど」

 小田さんは天井を見上げた。僕も見てみたけど、蛍光灯しかない。

 小田さんが声を漏らした。

「そういうのは見た事ないなあ……」

「じゃあ、少しだけ食べられて死んだ人が、またゾンビになるんだ」

「そうそう。それで、今度はその二体のゾンビで、生きている人間を襲って食べちゃうの」

「二体で襲うの?」

「うん。で、食べられた人は、またゾンビになって群れに加わって、また人間を……」

「ちょっと待って」

「な……なに?」

「その二番目に襲われた人は、最初に襲われてゾンビになった人よりもたくさん食べられる訳だよね」

「まあ……そうねえ。二体に食べられる訳だから、失う肉も多いんじゃないかしら」

「そうするとさ、その次に襲われた人は三体のゾンビから襲われるので、体の肉をもっと失うよね」

「そ、そうね……」

「ならさ、五番目に襲われた人は最初のゾンビと四人の被害者ゾンビの計五体のゾンビに襲われる訳で、そうなると、もう骨しか残らないよね」

「……うん……たぶん……」

「そしたらさ、その五番目の被害者の遺体がゾンビになっても動けないはずだよね」

「……」

「なら、ゾンビは一定数までは増えても、いつまでも増殖する訳ないよね。ゾンビ自体の数は増えるかもしれないけど、動けるゾンビは全体の数パーセントかも。最初のゾンビから順に満腹になって人を襲わないという仮定を加えると、ゾンビが増殖する速度はもっと遅くなる。その内ほんの一握りだけがノロノロと動けるだけで、襲われた順に従って体の損傷率が増える反面、体の可動率はどんどん下がる訳だから、実際にはほとんどのゾンビが脅威じゃないよね。そもそも、どう考えても人類の方が圧倒的に数的に有利な状況が維持される訳だし。ゾンビの方が人類側から襲われて駆逐されていくから、群れなんて作れないよね」

「――そ、そうね。そうよね。ハハハハハ……」

 小田さんは引きつった顔で懸命に笑っている。

 でも、よかった。理解してくれたみたいで。

 そもそも、ゾンビなるものが「生ける屍」なら、死体なのだから、何かを食べても消化できないし、栄養吸収もしない訳で、絶対に途中で食べるのを止めるはずなんだよね。つまり、一体のゾンビは一定期間後には人間を襲わなくなる。そうすると、ゾンビが増える速度は、さっきの想定よりも格段に遅くなる。

 だから、ゾンビが群れで襲ってくるなんて、あり得ない。

 僕は疲れた顔をしている小田さんを元気づけようと、話題を変えた。

「それより、小田さん。生きてる人間が人間を食べるなら、食べた肉もちゃんと消化吸収して、また元気になって次の人を襲えるし、例えば冷蔵庫とかで保管すれば、長期間少しずつ食べられるし、それを数人で協力して実行すれば、警察にもバレにくいし、そういう趣向の仲間を集えば、社会の中で密かに群れを作る事も出来るんだ。ほら、君の後ろにいる僕の仲間みたいに」

 仲間たちが教室に入ってきた。みんな、生きている人間だ。

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