5、渋谷の怪ロボット

「はい」と、小悟探偵が答え、三吉に向かって「写真を博士に」と言い、三吉がうなづいて膝の上の書類鞄を開け、中から一枚の大判写真を取り出し、博士に渡しました。

「ほう……」もともと鋭い博士の目が、さらに鋭い光を放ちます。

 それは何とも不思議な写真でした。

 背景から推しはかってみると、どうやら撮影場所は渋谷駅ちかくのようです。

 ピントが外れて少々ボヤけていますが、遠くに見えるのは東横百貨店でしょう。

 周囲には逃げる人々の姿が写っています。

 真ん中に、二人の人物……いや、いや、待ってください。その二つの影は人ではありません。人というには余りに異様です。

 一方は、深緑色のペンキを塗った金属の体です。近くに写っている自動車や逃げまどう人々との対比から、身長は二メートルを超えると思われます。

 腕も、両足も、胴体も、人間とは比べ物にならないくらいに大きく、太く、ゴツゴツとしていて、金属の頭にはガラス製の目玉が二つ付いています。

 そうです、そうです。写真の真ん中にある二つの人型のうち、一方はロボットなのです。

 ただのロボットではありません。お金持ちの家庭用ロボットが、こんなにゴツゴツとしている訳がありません。明らかに戦うために造られたロボットなのです。どこかの国の軍隊が、秘密のうちに作った物でしょうか?

 そんな物が、なぜ渋谷の街中に居るのでしょう?

 疑問は、それだけでは終わりません。

 戦争用と思われる緑色のロボットが、平和であるべきの街の真ん中で、ボロボロに壊されているのです。

 頑丈なはずの金属製の胴体は、まるで鋼鉄の拳で何度も殴られたように各所がへこんでいます。

 右腕がモゲて地面に落ち、肩から内部の歯車やら電線やらがのぞいています。

 ガラス製の目玉は片方が割れています。

 頑丈な軍用と思われるロボットをやっつけて、こんなに情けない姿に変えてしまったのは一体いったい誰でしょう?

 それは、ロボットに相対あいたいする格好で写っている、もう一つの人影に違いありません。

 ロボットと対戦するボクサーのように立つ人影……ああ、しかしその人影は黒インクか墨汁をベッタリと塗りつけたように、まっ黒なのです。

 輪郭からろうじて人の形と分かりますが、内側は濃淡さえなく唯々ただただまっ黒に塗りつぶされています。

 鴨山博士は、しばらくの間その鋭い眼光で貫くように写真を凝視したのち、顔を上げて探偵をに視線を移し、たずねました。

「これは一体、何だね?」

「二日前、軍用と思われる謎のロボットが渋谷の宝飾店を襲うという事件がありました。ご存知ですか?」

「いいや、初耳だな……そうか、そんな事件があったのか」

 博士は応接室をぐるりと見回しました。「大学を退官し、この夢野町に家を建てて隠居生活を始めた時、新聞の購読はめてしまった。ラヂオのニュース番組を聴く趣味も無いからな。すっかり世捨て人の仙人生活だよ。顔写真のサンプルを集めるために月刊のグラフ雑誌だけは取っているが」

「では、軍事用らしきロボットを連れた一味が、真夜中に銀行や宝飾店を襲って黄金やダイヤを奪ったという事件については、ご存知ですか?」

「ああ。それなら知っている。雑誌に記事が載っていたからな。確か東京の銀座で一度、名古屋で一度、大阪で一度だったか。どれも先々月の話だろう……その二日前の事件とやらも、同一犯の仕業だと?」

「いや、今はまだ分かりません」

「この写真は昼間に撮影された物だ。たしか記事によると、以前の犯行は全て真夜中だったはずだが、なぜ今回は白昼堂々と現れた?」

「それについても、今はまだ何とも言えません。過去三回の成功が連中を大胆にしたのかも知れないし、まったく関係のない別グループの仕業かも知れない」

「ロボットの外見から類推は出来ないのかい? こんな形のロボットが世の中に二台も三台も存在するとは思えんが」

「それに関しては、いま当局が目撃者に確認しているところでしょう。一連の事件でロボットの姿が撮影されたのは、実は、これが初めてなのです。以前の犯行は真夜中で、しかも犯人らの手際てぎわが素早かったため、誰もその姿を写していません。その写真は、二日前の犯行時間に偶々たまたま現場近くでレンズの試験をしていたカメラ製造会社の社員が撮影した物です」

「ふうむ……」博士は、もう一度写真に視線を落とし、ロボットの姿をまじまじと見つめました。「ひどく破壊されたように見えるが、ロボットをこんなにした相手は、やっぱりこの黒い『影』か?」

「はい。目撃者はそのように証言しています。全身黒い服に身を包んだ人物が、素手でロボットを破壊した、と」

「人物? この黒塗りの影が人間だというのか?」

「そうです。目撃者たちの言葉を信じれば、ですが」

「人間そっくりのロボットである可能性は? 金持ちが大金をはたいて造らせる家庭用ロボットの中には、人間そっくりの物もあると聞くが?」

「軍事用ロボットをここまで一方的に破壊できるほどの過剰性能を有する、見た目が人間そっくりの家庭用ロボット、ですか……」

「そんなものはこの世に存在しない、とでも言いたげだな」

「まあ、可能性はゼロじゃありません。しかし個人的には限りなくゼロに近いと思います」

「先進各国が軍用ロボット開発にけずるを削る時代だぞ。何があっても不思議じゃないと思うがな」

「確かに、アメリカとソ連は試作軍用ロボットを数体保有しているとおおやけに発表しています。おそらく、イギリス・フランス・西ドイツあたりも試作軍用ロボットの一体や二体は密かに完成させているでしょう。その筋の専門家は、どの国も量産化や実戦配備の目処めどは立っていないと考えているようですが、ある程度以上の軍事力を有する先進国であれば、一品いっぴん物の試作品を作る段階には達しているでしょう」

「ならば、やはり」

「いや、仮にそうだとしても……例え、二大軍事国の米ソであったとしても……見た目が人間そっくりで、かつ軍事利用も可能なほど強力なロボットを作るのは、容易たやすい事じゃないと思います」

「ふん」と不満そうに鼻を鳴らし、老人はソファの背もたれに体を預けて言いました。「これ以上、君と議論するつもりは無い。私の専門は顔相がんそう解剖学だからな。ロボットに関しちゃ門外漢だ……で、この私に一体いったいなにをして欲しいのかね? まさかこのロボットたちの人相を調べてくれとは言わんだろうね?」

「まあ、当たらずとも遠からずです」

「君、馬鹿を言っちゃいかんよ。冗談も程々にしたまえ」

「博士、私は本気です。もちろん壊れかけた軍事用ロボットの事じゃありません。私の興味は、もう一方の人影にあります。強力なロボットを相手に闘いを挑み、数分で破壊してしまう(目撃者によると、数分で決着が付いたそうです)ほどのとは、いったい何者なのか? それが私の探究心をひどくき立てる」

「しかし、もう一方と言ったって、墨で真っ黒に塗りつぶされているじゃないか。がんそう解剖学に生涯を費やした私でも、黒塗りの写真から元の人相は復元できんよ」

 その博士の言葉を聞いて、探偵は、いかにも残念だという風にガックリと肩を落とし、目を伏せました。

「そうですか……駄目ですか」

 本気で残念がっている探偵を見て、博士は急に興味が出てきました。

「待て……この写真には、まだ何か有るな? 私の知らない、私がまだ気づいていない事が有るに違いない。そうだろう? 小悟くん。ここまで来て隠しごとは無しだ。洗いざらい話してみたまえ」

「分かりました。その写真に関する最大の謎をお話ししましょう……いいえ、隠すつもりは無かったのです。今まで黙っていたのは、今回の本題とは直接関係がないと思ったからです」

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