〇
赤
プロローグ
〇──
「おめでとうございます! 当選作品は、『ネオ・ラグナロク』に決定しました」
クジ箱を持った司会の有名キャラクターが宣言すると、巨大な会場全体が拍手に包まれた。たった一つの当たりが引かれたことで、姉妹の後にクジを引くべく並んでいた長蛇の列も散開する。挑む前に大チャンスを失った彼等すらも、暖かな拍手の大波に加わっていった。盛大な拍手は地響きと化し、祝福モード一色の世界に、壇上の姉妹だけが取り残された。
「え、え、ええっ、えええっ───!?」
果たして何万、いや、何億分の一の奇跡なのか──幸運を前に、姉のプラは殆ど悲鳴のような声を上げた。妹のマイナも内心では叫び出しそうなほど驚いていたが、動転する姉に代わり平静に努め、拍手が鳴り止むのを待つと、正直に困惑を述べた。
「ありがとうございます。ですが、私達のような者が当選するなんて、正直、どう受け取って良いものか」
「そう難しく考えず、宝くじに当たったとでも思えばよろしいかと」
司会は甲高い、しかし落ち着いたトーンの声で返す。
「『私達のような者』と仰いましたが──仮に、お二人が自らの作品の格のようなものを気にしているとすれば、それは考えるに値しないことだとだけ申し上げておきます。我々は誰かの頭の中から生まれ出でた、実体のない創作物に過ぎません。間接的にしか現実世界へ影響を及ぼすことが出来ない──誤解を恐れず言えば、無意味で無力な存在です」
俄に会場がざわめいた。それは彼等──フィクションのキャラクター達──にとって、極めて刺激的な発言だったからだ。だが伝播する動揺に構わず、司会は凛として続ける。
「ですから神話にも、童話にも、大人気のアニメにも、そして更新の滞るアマチュアウェブ小説にも、貴賤はないのです。我々は現実に対しては等しく無力であり、従ってその例外についても──つまり、この奇跡のチャンスについてもまた、平等であるべきでしょう」
そして司会は懐から、自身が引いた「×」と書かれた一枚のハズレのクジを取り出す。彼は百年近く現実世界で人気を博している作品の代表的なキャラクターだった。その人気は凄まじく、彼の顔が印刷されたグッズだけで生活に必要な品を揃える事も容易だろうという程である。原作そのものは飽くまで未完の大作でありながら、キャラクターとしての知名度は現代でもトップクラスであり、古今東西のフィクションが集うこの抽選会場にあってもMCを務めるに十分な、実績に裏打ちされた風格を備えていた。
「クジなど普通、外れます」
そんな彼が、無造作に×印のクジを放り投げた。×が、ひらひらと舞う。
「このハズレクジには何の効力もありませんが、知っての通り──あなた方の引いた当たりクジは『何でも一つ望みが叶う』というものです。この抽選会はもう何期も開催されていますが、過去に『自分たちの作品を大人気にしてほしい』という願いが叶えられた際には、現実改変が行われました。『自分たちの作品を無かったことにしてほしい』も、同じことが起こった」
会場に集まったのは皆、自分の出演する作品を代表して訪れたフィクションのキャラクターである。この会場というのはだから、現実世界ではなくて、どこまでも真っ白な仮想の世界なのだ。読み終わった本の内容を忘れてしまうように、この場所は──彼らの意識は、この抽選会の終わりとともに消滅する。
「これは無力な虚構である我々が、現実に影響を与え得る唯一の機会です。誰が如何なる意図で、どういった方法でこれを可能にしているのかはわかりません。神か集合無意識か──ただ一つ言えることは、この当たりクジが引き起こす事象はそもそも私達どの作品にとっても越権的なものであり、虚構が現実を侵すなど本来あってはいけないということです。そして、この場にいるのは、それを承知で集まった共犯者だけ。罪と奇跡の大きさを分担しいているのです。ですから──」
会場のざわめきは止んでいた──皆理解したのだ。司会は自分達フィクションの価値を否定しているのではなく、戸惑う二人に激励を送っているのだと。
「──幸運を前に己を卑下し、誰かに遠慮する必要は無いのです。お二人はクジを引くことを決め、結果『ネオ・ラグナロク』は、見事
再び会場で拍手が沸き起こる。歓声とともに、幾つもの「《×》」が景気よく宙を舞った。
プラは泣いた。頭に巻いた「+」印の羽衣が感情に呼応して波のように揺れている。マイナには表面上の変化はなかったが、「-」羽衣も同様に感極まったようにゆらめいていた。
「コホン、少し語り過ぎましたね。さぁ、それではお二人の望みをどうぞ」
少し照れた様に咳払いした後、司会はマイクを悪キューレ姉妹に向けた。
「どんな願いでも叶います。作品をベストセラーにすることも、テーマパークを建てることも、或いはお二人が現実世界へ受肉し、転生することだって可能でしょう」
姉妹は答えを既に決めている。実現しようとは夢にも思ってはいなかったが、それでも夢見ていたことがあった。当たるはずのない宝くじの使い道──二人は声を合わせ宣言した。
「「デスゲームを開催します!」」
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