7月13日
『まもなく仙台、仙台。お降りの方はお忘れ物の…』
新幹線の車内アナウンスが流れている。家を出てから約二時間。もう少しで降りる駅に到着するようだ。
この週末、気分転換に旅行に行くという事を亮の両親に言ってみたら「そうした方が良い」って言ってくれた。…多分、来てもらった時の私は相当ヤバかったんじゃないかと思う。
行き先は本当なら亮と行きたかったところ。気分転換って事を考えれば、そういうのは避けたほうが良かったのかもしれないけど、陽茉は完全にノープランだったし、他に思いつかなかったし。
「今度はなんとか線ってのに乗り換えるんだっけ?」
「なんとか線…。まぁ、そうなんだけど、まだチェックインには早いんだよね」
「じゃあ、バス乗ろう」
「なんでバス?」
「城跡とか回る観光のバスがあるみたい」
「あー、そういうやつか。仙台って確か、伊達政宗だっけ?」
お土産を見るのは明日にしようと思ってたから、陽茉の提案に乗っかることに。駅のロッカーに荷物を入れてバス停へ向かう。
「前に来た時は乗ってないの?」
「乗ってないね。前は水族館に行ったんだよね」
「え、それも楽しそうなんだけど」
「今更何言ってんの。ほら、あれでしょ?」
路線バスとは違った、少し小さめのレトロな感じのバスが止まっていた。
「どうせ乗るなら、行けるとこ全部行きたいよね」
陽茉がそう言って、一日乗車券を買おうとしていたんだけど止めておいた。城跡に行って戻ってくるだけで結構時間がかかりそうだし。普段使ってるICカードをかざして乗り込んだ。
レトロなバスが市内を走っていく。途中で降りていく人も、乗ってくる人も私達と同じような観光客だろう。
…亮と乗ろうって話してたのにな。
せっかく陽茉と旅行に来ているのに、ふとした瞬間に亮の事を考えてしまう。せっかく気分転換に来てるのに。
街中を走っていたバスの景色が徐々に変わってきた。
「なんか都会っぽいところ走ってたのに、変わってきたね」
「街中に城跡なんてないんじゃない」
「それもそうか」
目的地には約三十分程度で到着した。伊達政宗の像を見たり、そこから市内を眺めたり、資料館を見たり、何故かこんなところにある牛タンの店でランチしたり。観光に来ていた外国人に写真を頼まれた。撮ってあげて、ついでに私達も撮ってもらった。せっかく来たんだから、それなりに楽しまないと。
いい時間にもなり、またバスに乗って駅まで戻った。預けていた荷物をロッカーから回収して、陽茉いわく「なんとか線」の電車に乗り込んだ。
「車両少なくない?!この電車、ボタンついてるんだけど!」
「それね、押さないと開かないみたいだよ」
「何で?面倒じゃない?」
「そう思うけど、こっちの人じゃないんだし知らないよ」
普段乗ってる電車と違うからか、陽茉のテンションが高い。前に来た時は私もそうだったような気がするけど…。
電車は街中を抜け、住宅地を西へと進んでいく。
さっきの城跡に行く時もそうだったけど、少し移動すると随分景色が変わる。ただ、今度はさっき以上に高い建物がなくなり、家すら少なくなってきたた。確か、目的地は山っぽかったはず。それでも、さっきいたところと同じ市内だって言うんだから不思議だ。
さっきまでテンション高かった陽茉が静かだなと思ったら、うとうとしてた。結構動いたし、疲れたのかな。
こんな風に友達とのんびり旅行なんてしていていいのかな。…でも、こういうの、ホント久しぶりだなぁ。前に来たのは何年前だったかな。亮と結婚する前だったよね。…こんなことになるなんてなー、想像してなかった。いや、普通しないけど。またいつか行こうって言ってたけど、先に来ちゃったなぁ。ごめんね。でも、約束してたあの時の亮はいないんだし、怒らないでよね…。
駅にきていた送迎の車から降りると、記憶にあるのと同じ建物が目に入った。
「結構大きくて立派なのに、こんなとこにあるんだねぇ」
「ね。私もそう思ったよ」
今回は前に亮と来た時より、少し高めの部屋を予約した。和室も洋室もあって、二人には充分な広さだった。そんないい部屋に荷物を置いてゆっくり…なんて事はせずに二人ともすぐに温泉に向かった。
「ちょっとサウナに行ってるね」
サウナに向かった陽茉と別れて露天風呂に入る。そんなに熱くなく、長く入っていられそうだ。お湯に浸かりながら見える景色は、普段見る景色と全く違う。いつもいる所と違って自然がいっぱいだ。見える山々のいろんな緑が重なっているのがとても綺麗で夏らしい。冬に来れば、これが一面真っ白になっているんだろうか。それもまた見てみたい。
結構な時間を露天風呂で過ごしてしまった。そろそろ夕食の時間になりそうだ。サウナを覗いてみると陽茉はいなかった。露天風呂に来ることもなく、先に出ていたようだ。
「部屋食じゃないんだよね?」
「そだよ。このままいっちゃおうか」
館内のレストランへ移動する。浴衣姿とはいえ、温泉から出たばかりで体が火照っていて少し暑い。
部屋番号と名前を言って案内された席のテーブルの真ん中には穴があいていて、そこに鍋を入れられる造りになっていた。
「ここの穴にさ、網置いたら焼肉屋みたいだよね」
「多分おかないでしょ」
私達が座るとスタッフの人が、しゃぶしゃぶ用の鍋を設置していった。
「ほら、網じゃないよ」
「わかってるって。そうみたいって言っただけじゃん」
野菜やお肉等、しゃぶしゃぶに必要な食材がどんどん運ばれてくる。その中に、普通こんなふうに出すか?というものがあった。
「え、これって…」
陽茉が驚いている。無理もない。私もそうだった。
「大根だね」
「何で一本まるまるなの…?」
「ほら、だいこんしゃぶしゃぶって名前だし」
「普通は切られてくるんじゃないの?」
「ここは違うみたいだね」
そう言って、一緒に置いてあったピーラーを渡す。
「え?それで、むけってこと?」
「そういう事だね」
「えー、面倒…」
文句を言ってた割に、始めてみると楽しくなってきたようだ。どんどん大根をむいて、いや、削っては鍋に入れている。
「ちょっと!入れすぎると微温くなるって」
「大根なんて、生でも大丈夫でしょ?気にしない気にしない!」
「そうじゃなくて、他のも美味しく食べたいじゃん」
調子に乗って大量に入れられた大根のせいで、鍋の温度が随分下がっているようだ。お肉をお湯に通しても、白くならずに赤い部分が多く残ったままだ。
「ほら見て。こうなるから、一旦やめて」
「わかったよー」
温度が上がるのを少し待ってると、前に二人で来た時の事が思い出された。
『美穂!この大根、うまいぞ!』
『えー、お肉のほうが美味しいでしょ』
『いやいや、ポン酢がきいててうまいって!』
『美味しいけどさ、そこまでじゃないんだけど』
『いや、うまいって!』
『はいはい。じゃあ、もっと削んなよ』
『よし、まかせろ!』
思い出して笑ってしまった。
「ん?どしたの?」
陽茉が不思議そうな顔をしている。
「いや…さっきの陽茉が面白かったなって」
「は?!何それ!」
再び食べ始めると、さっきの大根はすぐになくなってしまった。陽茉がまた削るのかなと思ってたら、じぃっと私を見ている。
「あれ、さっきみたいに削らないの?」
陽茉に大根を渡しても、削ろうとしない。
「…そのさ、せっかく旅行には来たけど辛くなってない?」
「え、今更?陽茉が行き先を決めてたら違ったでしょ」
「本当は別のとこも考えてたんだよ」
「そうなんだ?」
「でも、美穂の気分転換になればって思ったからさ、行きたいとこに行ってもらおうかなって」
「どうせ、亮と行ったとこは選ばないだろって思ったんでしょ?」
「さすがにねー。そりゃそう思うでしょ」
「…でもまぁ、選んじゃったよね。実際に来てみて、辛くないって言ったら嘘になるけど」
でも…。
「それでも、亮との思い出を振り返りたかったみたい。だから、思ってたよりは大丈夫かな」
「本当に?」
「うん」
「そっか。それならいいんだ」
陽茉がまたピーラーを手に取り、大根を削り始めた。
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