7月9日 (2)

 亮の両親が来てくれるまでの間、亮には聞かれた事に対してだけ、淡々と説明をしていた。今までの私からでは信じられないくらい、本当に淡々と。必要以上に話す気にならなかった。この人冷たいなって思われたかもしれない。


 亮の両親には、実家に連れてってもらうように頼んだ。何日かだけでいいから、と。何かを察してくれたのか、あまり多くは話さずに連れていってくれた。家を出る時、亮がどんな顔をしていたのかわからない。



 傍から見れば普通の夫婦だよ。

 実際はかなり特殊だけど。


 それはわかっていた。

 それでも……、それでも私なりに頑張って普通に過ごしてきたんだ。


 それがどうして、また壊れるの?

 一体、何が悪いっていうの?

 私といるから?

 私が悪いの?

 一緒にいちゃダメなの?

 一度ならまだしも、三回って……。


 本当の亮は面白がってんじゃないの。


 ふざけんな!

 

 ……亮の事が好きなのに、一緒にいたいのに別れたほうがいいのかな?


 もしかして亮は私の事が嫌いなの?

 だからこうなるの?


 もう、こんなの嫌だよ……。

 私の方こそ、こんな記憶なくしたいよ。


 ………ねぇ、亮。

 私達、もう無理なのかな……。



 何一つ改善する事なく、三回目の記憶喪失。


 今までもきっと本当はあったんだろう、抑えていた嫌な感情、嫌な考えがどんどん浮かんでくるのを止められなかった。


 ブ、ブーッ。ブ、ブーッ。ブ、ブーッ。ブッ…。


 そういえば結構前から何度か携帯が震えていた気がする。多分電話だったんだろうけど、それどころではなかったから忘れてた。


 ピンポーン。

 …………。


 ピンポーン。

 …………。


 ピンポーン、ピンポーン、ピンポ、ピンポ、ピンポーン!

 ガンッ!ガンッ!ガンッ!ピンポーン!


 え、誰?ドア叩いてる?


 ちょっと怖くて出る気になれかったけど、あまりの連打に文句を言いたくなった。うるさい。こんなの近所迷惑だ。怒りに任せてドアを開けた。


「はいっ!何ですかっ!」

「やっとでた!美穂!大丈夫!?」

「……え?ひ、ま?」

「そうだよ!あんた携帯、全っ然!出ないんだもん!来ちゃったよ!」

「あ、あー、陽茉だったのか。鳴らしすぎだよ」

「はぁ?!美穂がとっとと出ないからでしょ!」


 怒ってやるつもりだったのに、逆に軽く怒られてしまった。


 亮の両親に連絡した時に、陽茉にも連絡していた事を忘れていた。しかも、連絡っていうよりかメッセージを一言だけ。


「こんなの送ってきて!その後いくら連絡しても出ないんだから!なんかあったと思うでしょ!」

「ごめん…」

「…で?何があったの?旦那さんは?」


 普段の調子と変わらない陽茉が来てくれて、気が緩んだのか、涙が頬をつたっていた。


「ひ、陽茉ぁ、来てくれてありがとう。ゔーっ……」

「美穂?!だから、どうしたって聞いてんの!」


 陽茉とは高校の頃からの付き合いで結構長い。今でもちょくちょく会っている。もちろん、家の事情は話していた。


「……ハードだねぇ。いやね、聞いてたけどさ。でも三回目って。いやー、おかしいでしょ。漫画とかドラマじゃあるまいし」

「そう思う……」

「もちろん、好きで一緒になったんだから、なんとかしたいのはわかる。でも、どうにもならないこともあるよ。実際今がそうでしょ?だから、ゆっくり休んでさ、自分がどうしたいか考えてみようよ」

「どうしたいか……」

「また頑張るのか、それとも、例えば、ホントに例えばだけど……終わりにするとかさ」

「終わり?え?あぁ…」


 それは親にも言われた事がある。喧嘩になったけど。


「そうしろって言ってるんじゃないからね?急がなくてもいいから、それも含めて考えなって言ってんの。……仮にだけど、そうしたって誰も責めないと思うしね」

「…そうかなぁ」

「そうだよ!もし、私が同じ状況だったらもう別れてるよ!…でも、美穂はずっと一緒に居たじゃない」

「うん」

「だから、しっかり考えなよ。こんな状況でも今まで一緒にいたってことは、彼じゃなきゃダメなのかもしんないし。それは美穂にしかわかんないでしょ」


 確かにそうだよね。今までこうしてきたのも、自分が選んできたんだもん。…どれを選んだとしても、あーすれば良かったとかは思うだろうけどね。


「…ねぇ、美穂。週末、予定ある?」

「週末?…うーん、亮の実家に行った方がいいかなって思ってたけど」

「じゃあ、どっか泊まり行かない?」

「どっかって?」

「美穂の好きなとこでいいよ」

「……でも、いいのかな」

「いいでしょ!ずっと頑張ってたじゃん」

「…でも」

「ダメだった。それはわかる」

「じゃあ…」

「だからって、美穂には何も出来ないでしょ?」

「それ、は……」

「…あー、ごめん。言い方悪かった」


 ……でも、その通りだと思う。


「だからね?気分転換しに行こう」

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