7月9日 (2)

 病院から帰ってきてから、美穂は何も話すことなく無表情で外を眺めている。


 無理もない。先生が言うには記憶喪失だとか多重人格だとか。それらに当てはめてみるれば、元々の自分からみて記憶喪失なら二回目、多重人格なら三人目という事になる。当事者である自分が言うのはどうかと思うが、普通に暮らしていて、そういう事に遭遇する事はまずないだろう。そんな彼女にどう声をかければいいかわからない。しばらく放っておく事にして別の部屋でも見てみるか。


 寝室にある本棚にアルバムを見つけた。開いてみると、どこかに旅行に行ってる写真が目に入った。二人とも浴衣を着ている。旅館だろうか。景色の写真や、旅館内と思われる写真が何枚かある中に美穂が美味しそうに鍋を食べているのを見つけた。


 …何で何枚も?


 そんなに美味しかったんだろうか。鍋単体、食べている美穂含めて十数枚あった。


 過去の自分が撮ったであろう写真。鍋が好きなのか、美穂が好きなのか。まぁどっちもそれだけ好きだったんだろう。


 どうして今こうなっているんだろうか。他の写真を見ても幸せそうにしか見えない。先生が言うような事なんて本当にあったんだろうか。


 治まっていた動悸がぶり返してきた気がする。少し息苦しくなってきてアルバムを見るのをやめた。横になって休めば少しは楽になるだろうか。




 少しの間、眠っていたようだ。そのおかげなのか息苦しさは治まっている。耳をすませてみると隣の部屋から物音がしない。美穂も寝ているのだろうか。


 ドアを開けてみると、さっきと同じ体勢で外を眺めていた。相変わらず無表情のままだ。こちらを気にかける様子もない。


 …もう少し一人にしておこうか。


 そう思って戻ろうとしたら、さっきのアルバムが目に入った。


 あんなに幸せそうだったのに、今はあんな表情をしている。…早く記憶を戻して、またあんな顔にしてあげられるだろうか。それには今出来ることはなんだろう。もちろん記憶が戻せれば一番だろう。それは難しいから…まず話をしてみようか。


 アルバムを片手に美穂に声をかけた。


「いろいろ教えてくれないかな」


 今は話したくないかもしれない。それでも話をして関係を築いていかないといけない。元に戻らないといけない。


 美穂は少し考えるような表情をしてから言った。


「……じゃあ、何がいいかな。あ、今日は亮の誕生日なんだよ」


 …え、今日?本当に?


 素直に驚いていると、先程までの無表情ではなくとても優しい表情をしていた。どこか、してやったり!という顔に見えなくもない。


 写真の表情とは違っていたけど、これはこれで見れて良かったと思う。

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