光の勇者~闇を消す者~(ネタメモ)

もふっとしたクリームパン

第1話

光の勇者によって、闇は取り払われた。



闇は闇。光は光。

それは交わることのない、相反するモノ。

しかし、世界はそれらが無くては存在しえない。


人は、光に希望を見出した。

人は、闇に絶望を見出した。


されど、希望の中に絶望はあり。

絶望の中に希望はある。


闇は、悪だと、誰が言ったか。

光は、善だと、誰が言ったか。




――世界は大きく揺らいでいた。








…おい、聞いたか。光の勇者様が、南の地方に住んでいた闇術士を退治なされたそうだぞ。


…ああ、その話なら聞いた聞いた。

何でも、その闇術士はこの大陸を滅ぼそうと企んでいたそうじゃないか。

まったくとんでもない野郎だぜ。


…うんうん。本当に、闇術士とは恐ろしい奴らだよ。

あぁ、早く光の勇者様が奴らを滅ぼして世界を光で満たして下さればいいのに。


…そうだな。そうなれば、闇術士だけでなく闇の魔獣達も生きてはいけないだろうし。


…世界は永遠の平和を約束されるって話だ。


…光の勇者様、万歳!




 とある地下神殿にて


「どうするんだ…これから、私たちは…どうすればいい…」


「我らが闇術死の同士、ザイナンが殺されてしまった…。あれだけの実力を持つ者がどうして…」


「それだけではない。今やこの大陸、否、世界中の国々は闇術士である我々の居場所だけでなく、命すら狙っておる。……すでに私の弟子に当たる者たちが…その家族ごと処刑されておるのだ…」


「私の弟子も…幼い娘と共に火で生きながら焼かれたと…」


「何と酷い…」


 一人が立ち上がり、この場に居る誰よりも黒きローブを纏う男に詰め寄った。


「ザイナン殿は貴方のお弟子さんでしょう。何故黙っているのですか!」


「……皆さんに一つお尋ねしたい。何を恐れているのです?」


「何を…とは?」


「死を恐れているのですか」


「まさか!」


「死は恐れるものではない。そのことはここにいる誰もがよく知っている。…何より恐ろしいのは…」


「この世界から闇が失われてしまうこと…」


「では、次に何をすべきか…理解出来ておられるでしょう」


「………鍵は、やはり“光の勇者”…か」


「だが、倒すことは可能なのか? …勇者を倒すということは、その周り、光術士たちや光の神殿に仕える神官たちをも倒さねばならぬ。数で言えば多くの同士を失っている我らでは圧倒的に不利だろう…」


「倒す、必要などありませんでしょう」


「それはどういうことですか?」


「我々が出来ること、そして避けなければいけないこと…その二つを考えれば、自ずと答えは出る」


「……だがしかし、アレを行うというのは…」


「我らは闇と共に在り……闇と共に眠る」


 男の言葉に、地下神殿内が静まり返る。


「世界が闇を拒絶するというのなら、我々闇も世界を拒絶してしまいましょう。そうして、知ればいい…。どれだけ、光が脆く愚かであったかを」


 言い終えると黒きローブを纏う男はスッと、地下神殿の奥へその姿を消した。


「……本当にアレを執り行うのですか?」


「しかたあるまい。何より、闇に最も近き彼がそう望んでいる…。唯一の弟子を勇者によって失ったことがやはり許せんのだろうて…」


「……しかし、アレは我々に取っても諸刃の刃…失敗でもすれば…」


「失敗がないように我らが援護するのだ。それによって命が失われようと、彼の意思さえあれば、我々は何度でも蘇る。違うか?」


「それは…」


「…それにな、アレが成功しさえすれば、処刑された我が弟子達や、同士たちも蘇らせることが出来るやもしれん」


「!!」


「その家族まではどうなるかは判らんが……一度でも闇に属した者であれば…」


「…あの方はそこまで見越して…?」


「判らん。彼は過去もその心情も何も語らんからのう」


「しかしこれだけは言える」


「闇の消滅を避ける為に我らが出来ることはもう、アレ……常闇の儀をするしかない、ということじゃ」


 一人、また一人と地下神殿の奥に姿を消していく。


「…愚かな。人はどうして、大切なことをすぐに見失うのだろう…」


「今のままでは世界に平和などありえぬ。…何故、気付かない…?」


「…“光の勇者”………異世界より来たれし者…強すぎた光は、世界をその光で眩ませてしまった…」


 悲観に暮れた誰かの言葉は、闇の中に溶け消えるだけ。もう誰にも届かない。







世界から夜が消え去った。

毎日毎日、太陽は昇り沈むことなくその場にあり続けた。

その結果、気温は下がることなく日増しに強まり続けた。

そうなれば当然、水は干上がり、作物は枯れ、動物達は死んでゆく。


世界は大飢饉に陥った。


「何故、夜が消えたのか…」


「永久牢獄に繋いでいた闇術士をお連れしました」


「夜は闇の世界、闇が消えれば夜が消えるのは当然のこと。まさしく光が世界を覆ったのだ、お前達の望みは叶えられた。…これがお前達光が望んだ世界、そうだろう?」


「…夜を復活させるにはどうすればいい」


「闇を復活させること以外に方法などない。しかし、その肝心の闇をお前達は消し去った。もはや、闇は無い……闇ではなく、光によって世界は滅ぶのだ」


「そんな…」


「光のせいだって言うのか?! そんなはずない、悪いのは闇だろ!」


「闇が悪い? 何故、そういえる?」


「魔獣を生み出し、人々を苦しめてた!」


「魔獣は闇の眷属であり、闇の力を安定させる為に存在する。人を襲うこともあるが、それが目的で存在するのではない。大体、人々を苦しめたというが、他にも獰猛な獣や夜盗なども存在するこの世界で、魔獣だけが人々を苦しめていたというつもりか?」


「じゃ、じゃあ闇術士は、世界を壊そうとしてただろう?! あの…ザイナンとかいうヤツだって!」


「……ザイナン、か…。知っているか、彼には妹がいたそうだ」


「なんだよ、急に…?」


「しかし、流行病に冒され、ザイナンは妹を救うべく光の神殿を訪れた。医者には見離されたが、光の神殿ならば助けてくれると信じて、な。だが、結果は門前払いを喰らっただけだった。何せ金の無い貧しい暮らしだったそうだからな。病を治すためにかかる費用を用意することなど逆立ちしたって無理だった――そして、妹は死んだ」


「…だから、光を憎み、世界を壊そうと?」


「違う。この話は随分と昔の話だ。ザイナンが闇術士になる前の話…。ザイナンはその後、死んだ妹の遺体と共にある闇術士の元を訪れた。妹を蘇らせて欲しい、と。その闇術士はザイナンの才能を悟り、妹を蘇らせる代わりに弟子になるよう言いつけた。ザイナンは喜んで引き受けた」


「?! 闇術に蘇生術があるとでもいうのですか?」


「ある。しかしそれは、すぐに蘇生出来る、というものではない。綿密な術技と多くの時間が必要なのだ。しかも一度失敗すれば魂は消滅するのみ。」


「…その妹がなんなんだよ!」


「結論だけを言おうか。勇者よ、その妹をお前が殺した、だからザイナンは怒り悲しみ、世界……というより、お前を殺そうとした」


「?!!」


「ザイナンはただただ、唯一の肉親であり最愛の妹を殺した犯人に、復讐しようとしていただけなのだよ。だが、お前が勇者として世界に認識されていたが為に、世界を滅ぼそうとしたとなどといわれるようになったが……」


「嘘だ!」


「そうです、勇者様がそんなことをなさるはずが…」


「闇の力による蘇生術は!」


 勇者たちの反論を抑えるように、闇術士は叫んだ。


「完成するまでは、その者に自我はなく、感情すらない。自我が再び生まれ、感情を持つことが出来て初めて術が完成するのだ。その間の姿は生前のまま。成長もなければ老いもない。しかし、その体は闇に属するもの。存在だけを考えるならば、魔獣に近い。ザイナンの妹は、ようやく自我が生まれ始め、感情を認識出来てきた頃だった。段階で言えばもうすぐ最終段階といったところ……順調にいけば、後、2、3年で術が完成し、完全に蘇生出来ていただろう。生まれた自我とその感情をより育てる為には、他の人々と接触させるのが一番良いとされている」


 闇術士は勇者を見つめ、


「…覚えているか、勇者よ。ある街で、お前が遊んでいた子供たちの輪に加わり……遊びの一貫だったのだろうが、そこにいた少女に対しお前は…光の力を放った」


 一同が息を呑んだ。


「ただの眼くらまし程度の光であっても、それは闇の身には苦痛でしかなかったのだろうな。だが初めて感じる苦痛によって、闇のバランスが崩れ…少女は…いや、ザイナンの妹はその姿を変えた。その変化した姿は魔獣以外の何者にも見えはしなかっただろう…」


「あ…」


「思い出したか? あの時は人に化けた魔獣として、一時期は騒がれたからな。しかし、その段階ならまだ修正は出来たのだ。崩れたバランスを安定させれば再びその妹は本来の姿へと戻れた……だが、お前はその場を逃げ出した妹を追いかけ、街の外で殺した」


「あ、あの時の…が、…妹…?」


「……始めに言ったが、蘇生術は一度、失敗すれば二度目はない。ましてや、光の力によって殺されてしまったのだから…もはやザイナンの妹は蘇生させることは不可能になった。…あぁ、言っておくが、あの時のザイナンの妹に人々を殺す意思など無かった。当然だ、自我も感情も出来たばかりの…言わば赤子のように無垢なる存在だったのだから。なのに、お前は……非道にも殺したのだ! 希望を奪われたザイナンが復讐へ走るのも無理は無い…」


「し、知らなかったんだ!」


「知らない? 知ろうとしなかった、の間違いだろう? 闇の者たちの事情など、お前達には関係なかった。知る価値すらないと切り捨てた。その結果が、今、だ。世界は滅ぶ、光によって!」


 闇術士は声高らかに叫ぶ。


「光の勇者が、お前が、世界を滅びへと導いたのだ!!」


「違う!!」


「では、今の世界の情勢をどう考える? 闇が消失したことは最早世界の全てが知りうる事実。なのに、世界は確実に滅びへと向かっている…。何が原因か…闇が消失したことが原因だと、いずれ皆が知るだろう。では、闇を消失させたの誰か?」


 闇術士だけでなく、他の者もそっとある人物へ視線を送る。


「答えは一つ、光の勇者しかいない」


「違う、違う!!」


「あぁ、そうだな。光術士も光の神官共も共犯だ。それだけではない、世界中が闇を敵視したが為に何千人もの闇術士が殺されている」


「そ、そうだよ、俺だけのせいじゃない!!」


「では、世界中が自ら滅びを呼び込んだ、ということになるな。自業自得、とはまさに今この世界のことだろう。後は、もう世界が滅びるだけ…」


「…我々に出来ることはないのか?」


「では逆に問おう。お前達に何が出来る? 世界のバランスを保つ為、我々闇術士は闇の偉大さとその真実なる価値を細々とだが、布教してきた。均衡がどちらか一方に傾けば、我々にはこうなることは理解していた。だから、光と均衡を保てるよう務めてきた…その努力は無駄に終わったがな」


「何故、教えてくれなかったんだよ! 皆がそのことを知ってれば!!」


「何度も伝えた。ここの国王だけでなく、手紙で世界中の国王、および要人達に何度も訴えた。その結果が、居場所を探られ、捕まり、永遠牢獄への入獄行きだ」


「…!」


「伝えても、聴くものが居なければ結果は変わらん。そういうことだ」


「我々は、滅びゆくのを受け入れるしかない、と?」


「それも始めに言ったはずだろう。これがお前達が望んだことだ、と」


「……」


「お前達がするべきことは、どうすれば滅びを回避できるか考えることではなく、どうやって世界中に滅びを受け入れさせるか、だ」


「な、なんでそんなことを…」


「他の者たちからすれば、こうなった原因は…闇を消したここに集うお前達だと結論付ける。ならば、悪はお前達。悪は…退治するべき、なんだろう?」


「!!」


「まぁ、世界中の人々に滅びることを受け入れさせなければ、お前達が退治されるだけのことだ。飢饉に苦しむ多くの人々対、世界を救ったはずの勇者一行……さて、どちらが最後まで生き残るのだろうな」


「どの道、人々の怒りの矛先は我々に向けられる、ということですね…」


「そんな…」


「嘘だ。嘘だ嘘だ、全部、お前の言ってることは嘘だ!!」


光の勇者が突然動いた。


「勇者様?!」


「ぐっ……」


「闇が悪いんだ、光は悪くない…俺が悪い訳じゃない!!」


「がはっ……」


「勇者を止めろ! 闇術士は彼以外に残ってはいないのだ!!」


「…ぐ…う……」


「治療を! 早く!!」


「…おろか、なり、ゆ、うしゃ、……。力は、失え、ど…わ、たしは……」


「回復術は?!」


「ダメだ……闇術士に光の回復術は効かない!」


「くそっ、光の加護を受けた術道具もダメなのか!」


「なら、この血止め薬はどうだ?!」


「薬草なら…!」


「あぁ…傷が深すぎる…!」


「ちくしょう、何とかならねぇのかよ!」


「どうして…どうして、そんな嘘つきを助けようとするんだよ!!」


「そいつは敵だろう?! 悪い奴なんだ!!」


「だから…だから、俺が退治す――」


「いい加減にしろ!! 今のこの状況で、何でそんなことが言えるんだ!?」


「闇の力は封じていますが、闇についての知識は彼以外に持ち得ないのですよ!?」


「なんで責めるんだよ!! 俺は悪くない!! 悪くないんだ!!!」


「……わ、たしは……さいご、の……闇。この、世界に……のこされ、た………」


「今は話さないで下さい! お願いです、今は安静に…!」


「………闇、の………鍵人……」


「かぎ、びと…?」


「あの…方が……わたしに、言った……」


 闇術士は息も絶え絶えに、言葉を絞り出す。


「やみは、きえる……されど、うしな、われる…ことは、ない……と…。きえる…とき、は………さいごの…やみが、しぬ、とき……わたしが、えらば、れた…のだ……。かぎびと、として……やみが、きえる……最期の……きっかけ、として……」


「?!! どういうことだ?!」


「わたし、には…ふたつの、やくわりが………わたしがいきのこれば、やみはせかいがほろびるまえにふっかつする……しかし、わたしがそれまでにしねば…せかいがほろびるまでやみのふっかつはない…」


「だから、鍵人?」


「……ゆうしゃ、よ。やはり、ほろびへとみちびいたのは、おまえだったな……」


「………」


「…死にました…」


「…あ、こいつの身体が…!」


 闇術士の遺体は黒い闇の塊となり、さらさらと崩れ消え失せる。


「……最後の闇が消えた…か……」


「それはつまり………」


「希望も消えた、ということになるのでしょうね…」



 こうして、光の世界は、終わりを迎える。



【完】



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