おばあちゃんの日記
yasuo
おばあちゃんの日記
僕はおばあちゃんの自慢の孫だった。
だって僕は勉強も運動もできて優等生だった。
テストでいい点を取ったり、何かの賞をもらったりするとうんと褒められた。
近所から散歩にやってくる老人友達や、親戚にいつも自慢していた。
その様子を見て僕も鼻高々だった。
僕はひたすら勉強をした。
成績はずっと一番だった。
おばあちゃんは僕が一番になるたび褒めてくれた。
ずっと一番が続くと、一番じゃなくなるのが怖かった。
おばあちゃんががっかりしてしまうかもしれない。
勉強は大変だったけど、おばあちゃんのためだ。
頑張るしかない。
いい大学に合格した。
おばあちゃんはこれまた大層喜んでくれた。
頑張ってきてよかった。
その大学は実家から遠く離れているので、僕は一人暮らしをする。
寂しいけど、僕は遠い地で、また頑張るのだ。
実家を出る日、おばあちゃんは泣いてくれた。
僕もつられて泣いた。
「元気にするんよ」
「うん。おばあちゃんも」
本当は抱きしめたかったけど、なんだか照れ臭くて手を握るにとどめた。
いい大学には頭のいい人がいっぱいいて、僕は一番じゃなくなった。
大学生活はそれなりに楽しくて、それでもいいやと思った。
おばあちゃんに知られることもない。
***
おばあちゃんはたびたび入院するようになったらしい。
僕も年末やお盆の時期には帰省してお見舞いに行った。
おばあちゃんは喜んでくれたが、明らかに昔より弱々しかった。
顔や体も細くなっていて、僕の知らないおばあちゃんがそこにいた。
僕は悲しい気配を感じて泣きたい気持ちになったけど、笑顔で大学のことを話した。
成績のことは言わなかった。嘘はつきたくなかったし。
代わりにどんな勉強をしてるかとかを話した。
「難しいことしとるんやねえ」
「ごめん。わからんよね」
僕はわざと少し難しく話した。
すごいって思われたかった。
もうおばあちゃんは長くない、という予感がした。
もしかしたらこれが最後かもしれない。
最後だとしたら、何を言えばいいだろう。
でも、最後っぽいことを言ったら、本当に最後になってしまうような気がして、
「元気でな」
「うん、またおいで」
また、手を握った。
今度は照れ隠しじゃなくて、また会える、という願いを込めて。
***
家族から連絡があって、急いで家を出た。
奇跡的に乗れた高速バス。
窓から見えた空には暗い雲がかかっていて、隙間から差し込む光がとても綺麗だった。
焦りとか不安とか後悔とか、いろんな気持ちがぐちゃぐちゃになって泣きたいのに、そんな心を照らすような。
メッセージアプリで「旅立ちました」と呆気ない報告が来て、僕は声を殺して泣いた。
家族で遺品を整理していると、おばあちゃんの日記が出てきた。
日記は何冊もあり、ほとんどは古びていて、表紙にメモ書きが書いてあったり、生活感に満ちていた。
適当に一冊手に取り、開いてみる。
家族の記録がそこにあった。
今日は誰々が起きるのが遅かったとか、学校が休みだとか、晩御飯が何だったとか。
淡々と、たわいもない僕らの生活が書かれていた。
その中から僕に関することを拾っていく。
『◯◯はまたテストで100点。本当に賢い子である。』
『今日は運動会。◯◯はかけっこで一番だった。嬉しそうだったので、私も嬉しい。』
『今日は◯◯の誕生日。あっという間に大きくなる。』
おばあちゃんの気持ち。
僕の知らない、おばあちゃんの心。
たくさん褒めてくれたけど、こんなふうに思っていること、全然知らなかった。
別の一冊を取り、また拾っていく。
『◯◯は晩ご飯を食べたらすぐに二階へ上がる。受験のため、仕方ないけど寂しい。』
『いよいよ受験の日。私も緊張する。』
『◯◯が大学に合格した。本当によかった。今日はお祝いである。』
『今日、◯◯が家を出る。一人で心配である。』
『涙が止まらない。私のかわいい◯◯。元気でね。元気でね。』
『◯◯がいなくて寂しい。』
褒められるのが嬉しくて、もっと褒められたくて、がっかりされたくなくて。
僕は自分のことしか見えていなかった。
もっとおばあちゃんのこと、見てあげられたらよかった。
遠くになんて行かずに、ずっと一緒にいてあげられたら。
最期に間に合っていたら。
「日記、病室にもあったよ」
母に渡されたその一冊は、他の日記よりも小さかった。
開くと、最初の方に数ページ、ほとんど読めない文字が連なって、あとは白紙だった。
家族がいない病室で、字も書けなくなって、何を思っただろう。
最後のページに家族の写真と、折り畳まれたくしゃくしゃの紙切れが挟まっていた。
開いて皺を伸ばすと、字とも言えないような線。
弱々しくて、ふらふらとして、でも僕にはそれが、
『◯◯ 元気で』
——と、書いているような気がした。
僕は堪えられなくなって、涙がこぼれて止まらなくなった。
それはもう子供のように、声をあげて泣いた。
***
時は流れて、僕にも家族ができた。
あれから一度も後悔を忘れたことはない。
これからだって一生背負って生きていく。
でも、だからこそ、僕は大切な人を思って、想って、生きていく。
それがどんなに尊いことか教えてくれた。
おばあちゃんは、僕の自慢のおばあちゃんだ。
おばあちゃんの日記 yasuo @yasuo
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