第五話 みんな裏があるんだなって思ったけど、表と裏で一つだから
第五話(01) 陰キャが学校一の美少女と歩いてたらそりゃあね
「――嘘だろ、あの影山が?」
「夜中にあの目堂さんと一緒に歩いてたって……」
「え~! 影山って、日傘さしてる奴だろ~? なんかちょっと気味悪い感じのする……」
「……目堂さん、お、俺……ずっと憧れてたのに……」
廊下のどこかから声が聞こえる。僕はうんざりして溜息を吐いた。
あの夜から、数日――大変なことになってしまった。
どうしてか、僕と目堂さんが夜中に補導されたことが、噂になったのである。いったいそういう情報はどこから漏れるんだろう。
でも僕が危機感を覚えているのは、情報漏えいについてじゃない。
――みんなが僕を、見ている。
僕は目立ちたくなかったのに!
たくさんの方向から向けられる視線で肩身が狭い。まるで見張られている。
逃げるように教室に入れば、目堂さんと、その友達の女子数人が集まって話していた。
「……ねえ早織、あの噂、本当?」「あっ、あっ……私も聞きたかったの! 聞いていい?」「ちょっと! あたしも聞きたかったんだから!」
「何が?」
「……夜中に影山と一緒に歩いてたって噂!」「聞いちゃだめな話ならごめんね!」「早織……もしかして影山と……」
「夜中に一緒に歩いてただけよ? そんなに珍しい?」
目堂さんは、普段通りといった様子だった……変にはぐらかさず、そう答えてくれると「目堂さんだから」で、ミステリアスな感じがする故に許される気がする。僕は少し安心する。
「警察に補導されちゃって、びっくりしちゃったわ。大袈裟過ぎて」
ああ、僕も目堂さんみたいにさら~ふわ~とやり過ごせたのなら。
僕は自分の席について、そこからじっと動かなかった。トイレに立つのも我慢する勢いで、じっとしていた。
しかし、じっとしていても、噂はすぐに消えるわけではなくて。
一刻も早く事態を治めるべく、僕はやるべきことをやらなくてはいけなかった。
「――目堂さん、あの」
「キューくん、何かあったぁ?」
目堂さんにその日初めて話しかけたのは、放課後のこと。僕はもたもたしているフリをして、みんなが教室から出て行くのを待っていた。そして目堂さんは、僕の様子がおかしいことに気付いて、待っていてくれた。
ようやく切り出す時がきた。
「その……しばらく、距離を置かない? 僕今回のことで……ちょっと目立ちすぎたって、思うんだ」
ここしばらく、僕は考えていたのだ。この噂が流れてしまった中、どうやって煽ることなく落ち着かせるか。
答えは簡単。「僕と目堂さんにはなにもない」ということにすればいいのだ。ここで下手に目堂さんと仲良くしたり、怪異調査に出たりして、それを目撃されたのなら……。
――僕が顔を上げると、目堂さんは蛇を出しながら、首を傾げていた。
「ほ、ほら、あんまり目立つと、みんな勘違いするし……みんな色々探りたがるでしょ? そしたら下手すると……正体が、ばれたり……」
「それは……困るわね」
「そうでしょ? だから……しばらくの間は、あんまり一緒にいないようにして、あと怪異調査もお休みにした方が……いいと思うんだ」
慌てて説明すれば、目堂さんは顎に手を当てた。その俯きがちになった瞳が、何だかゆらゆら揺れているように見えて、僕は何か、間違ったことをしてしまった気になる。
どうしてか、すごく、目堂さんが寂しそうに見えた。角度のせいだろうか、それとも。
「あー……ごめん」
「――キューくんの言う通りね。夜中に警察に見つかったのは、ちょっとまずかったわね……」
顔を上げれば、そこにあるのは、いつもの目堂さんの顔だった。
「どのみち、明日から四連休でしばらく学校ないから、キューくんと会うことも少なくなるし……怪異調査の方も……実は家族で旅行に行ってくるの! 四連休全部使って!」
ああ、笑ってる。よかった。
気まずい雰囲気だった教室は、何だか柔らかな空気に包まれていた。外から射し込む夕日は、僕にとってはちょっと眩しすぎるけど、今日はそれでもいいかなと思えた。
が、平穏だったのは、一瞬だけだった。
「――キューくん! 影山久太郎くん! まだいる……っ?」
突然廊下の方から誰かが走ってくる足音が――いや、怒られない程度の早歩きの足音が迫ってきて、がらがらばん! とドアが開いた。
「――不純行為!」
そして鳥が鳴いたような、または悲鳴みたいな大きな声が上がった。驚いてドアを見れば。
「か、賀茂さん、どうしたの……」
賀茂さんが、腕を組んでいた。少し頬を膨らませているように見えた。眼鏡の奥では、眉を寄せて、
「どうしたの、じゃないよ! 補導されたって噂があったから……キューくん、そんな人だと思ってなくて……」
賀茂さんの視線は、ふわふわと、僕から目堂さんへ移る。
「し、しかも目堂さんと一緒に歩いてたって……」
そこから先、賀茂さんは唇を震わせ、何か言おうとしていた。でも出てくることはなくて、地団駄を踏むみたいに両手をぎゅっと握りしめた。
「風紀の乱れはよくないです! 私が許しません! キューくん、これからちゃんとしてよね!」
「は、はい……」
賀茂さん、すごく真面目で風紀委員やってるから、僕のことを見に来たんだろうな……。その勢いに、気圧されてしまう。
「あと、キューくん……私、知ってるんだから。キューくん、今日、図書室の掃除当番でしょ?」
「あっ、あっ、ごめんなさい……行きます」
別のクラスなのに掃除当番のことを把握してるなんて。
僕は急いでスクールバッグを手に取った。目堂さんに手を振って、それから賀茂さんに軽く頭を下げて、図書室へ向かっていった。
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