第四話(04) 君と僕と変わりゆく世界と
* * *
「ごめん、夜中に調査に行きたいから、うちに来ないかって誘ったんだけど、説明した気でいたみたい!」
カエルのスープは結構おいしかった。
食事の後、僕は目堂さんと一緒に出掛けた。気をつけるのよぉ、と、目堂さんのお母さんに見送られた……了承済みらしい。
「井伊くんがね、教えてくれたのよ。狼男がいたって噂の館について!」
どうやら、この街の片隅に『狼男がかつて住んでいた』といわれる館があるらしいのだ。もしもいまも狼男がいて館に出るのなら、夜に決まっている。ということで、目堂さんはお泊り会を――正しくは深夜の怪異調査を計画したらしかった。
僕のあれやこれやの不安は、必要なかったのである――深夜に出歩くのだから、警察に見つかったら補導されるかも、という新しい不安が出てくるけど。
「もしかしたら……仲間が見つかるかも!」
目堂さんの目はきらきらしている。人気のない道、蛇も月を見上げて踊っていた。
ところで僕は、不思議に思う――目堂さんのお母さんの姿を、思い出す。
「目堂さん……」
「なに、キューくん? 怖くなったぁ? ……こ、怖いって言わないでね、キューくんがいるから、あたしも行けるんだから!」
「目堂さんは……なんでそんなに、仲間探しを頑張るの?」
仲間が欲しいのなら、もういるじゃないか。目堂さんのお母さんにも、蛇が二匹いたし……目堂さんは家族と、とても仲がよさそうに見えた。
僕はてっきり、目堂さんは寂しくて仲間探しをしているのだと思った。
でも目堂さんは家族とあんなにも仲が良かった。
――目堂さんは、本当は何を望んでいるんだろう。
「あっ、ええと……僕、目堂さんって、家族とすごく仲良さそうに見えたから……なんか、他に自分みたいな人がいないって言っても、家族は、いるでしょ?」
目堂さんがきょとんとして立ち止まってしまったものだから、僕は慌てる。言葉が悪かったなぁと、僕は両手を見せた。
目堂さんは、しばらく僕を見ていた。やがて先へ歩き出す。
「家族は、家族なの。話が違うというか……」
そう、ぽつりと漏らすように答えて。
「……なんて言ったらいいんだろう。キューくん、なんていうか……家の中と、家から出た先って、違うでしょ? 外は広くて、本当に広くて……だからこそ、家族以外の仲間を、見つけたいっていうのかな?」
深夜の街は、本当に静かで、誰の気配もなかった。目堂さんの足音だけが聞こえる。暗い中、月の光に目堂さんの蛇の鱗が輝いていた。
「それにね……消えちゃうのかなって思うと、より探さなくちゃって、思うの。もしかしたら、広い世界のどこかに、仲間がたくさんいるかもしれないって。だから、消えちゃう前に……」
立ち止まって振り返った目堂さんは――そのまま、夜の闇に消えてしまいそうな気がした。
「愛佳に蛇がないの、気付いた? あたし、妹には蛇がないんだって気付いたとき、なんか……すごく嫌だった。一緒だったらよかったのにって、思ったわけじゃないけど……でも、すごく……寂しくなった」
妹の愛佳ちゃんには、確かに蛇はなかった。きっと、愛佳ちゃんはメドゥーサの血が薄いのだと思う。
――そうやって、かつて世界に存在していた怪物は、数を減らし、消えていった。
人間の世界に溶け込んで。
「それから、もしかすると……愛佳が羨ましかったのかもしれない。だって愛佳は……蛇を隠す必要がないじゃない?」
不意に目堂さんが奇妙なことを言うから、今度は僕は立ち止まってしまう。でも目堂さんは慌てて、
「あっ、蛇がいらないって言ってるわけじゃないの! 嫌よ、蛇なくなったら! 一応こいつ相棒なんだから……あ、相棒? 相棒なのかしら、ちょっと考えたことなかった……」
手に蛇を巻きつけつつ、もう片手の指で頭を撫でる。
「……あたし、メドゥーサの血を引いてることを隠すのに、疲れてるのかもね」
――狼男の館までは、再開発中の街の一部を抜けていくことになった。きっとこれから数が増えるんだろうけど、街灯は少なくて、僕達は懐中電灯をつけた。
光が照らし出すのは、新しく作られていくもの。ここに、昔何があったのか、僕は知らない。でも確かに何かがあったんだろう。まだ古い家が少しだけ残っている。ふと見上げれば、その家は店だったのかもしれない、看板があった。けれども錆びているのか、はげているのか、何かが描かれていた跡だけしかなくて、かつて何だったのかまではわからない。
消えていく、古いもの。
乗り込んでくる、新しいもの。
ぼろぼろの掲示板に、これまたぼろぼろの紙が貼られていた。『建設反対』。かろうじて読める。でもその掲示板のすぐ横では、新しい何かが作られている。この『建設反対』の声をあげた人はどこに行ったんだろうか。随分古いもののように見えるから、諦めたのかもしれない。仕方がないと思う。この辺りが古いのは確かで、新しくしなくちゃいけないと考えるのは、自然なことかもしれないから。
そうやって、消えていく。
さらに進んで、半ば森に入ったところ、例の館はあった。ぼろぼろの洋館だ。まるでホラーゲームに出てくるものみたい。でも、あんまり怖いと感じられないのは、ほとんど植物に飲み込まれているからだと思う……壁はツタ植物に覆われている。屋根を突き破って樹が生えてる。
見上げれば、館も僕達を見下ろしているかのようだった。背負うように夜空が広がっていて、あんなにも星や月が輝いているのに、この館は……死んでる。それが何だか寂しくて、忘れられちゃったみたいで。
「きゅ、キューくん……あたし一人で先に行かせないでよ!」
「あっ、待って待って!」
気付けば目堂さんはもう扉の前にいた。僕は急いだ。
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