第四話(03) お楽しみはこれから……

 そろそろと顔を出したのは小学校中学年くらいの女の子だった。これまた目堂さんに似てるけど、目は垂れ目気味。低い位置で髪の毛を二つに結っている。


「……だって、いつもおうちにないものが、あったんだもん」

「あれ、あたしのお友達のためのものだったのに! キューくん吸血鬼だから、トマトジュースが必要だったのに……」

「目堂さん、僕は大丈夫だよ……」


 今日の荷物の中にトマトジュースは入っている。そもそも、まさかトマトジュースを用意してくれているなんて、思っていなかったのだ。と。


「吸血鬼! お前、お姉ちゃんが言ってた例の吸血鬼だなっ!」


 愛佳、と呼ばれた女の子は、勢いよく走って来たかと思えば、僕に正面から飛びついた。僕はふらつくものの、倒れはしなかった、が、女の子は僕の顔を色々引っ張って、


「うわ~! 目ェすごい! 牙ある! ねぇねぇ、あれとかできないの? 蝙蝠になったり! あ、棺桶で寝てるゥ?」

「こ~ら~、愛佳ちゃん、お客さんにそういうことしちゃだめよぉ。宿題は終わったの?」

「終わってない! お姉ちゃん、あと吸血鬼! 手伝ってよ!」

「宿題は自分でやりなさい!」


 目堂さんがぐい、と愛佳ちゃんを僕から引きはがす。びっくりした……足までぎゅっと回されて、蛇に巻きつかれたみたいだった……。

 愛佳ちゃんは、さっき目堂さんがやったみたいに口を尖らせていた。


「いつも手伝ってくれるじゃん~」

「今日は別!」


 目堂さんは愛佳ちゃんの背中を押してキッチンから追い出す。戻ってくれば、


「キューくんごめんね! あれ、妹の愛佳あいか。まあ……あんな感じの奴なの」

「大丈夫だよ……ていうか、目堂さんちって、みんな仲いいんだね……」


 びっくりしたものの、すごく賑やかだった。なんだかいるだけで楽しい。


「そうかなぁ?」


 目堂さんは首を傾げるものの、目堂さんのお母さんはふふふと笑っていた。それもまた、仲良しに見える。


 僕の家ではないことだ。僕は部屋に引きこもってばかりで、両親と何を話したらいいかわからないし、兄弟姉妹はいないし。

 だから、すごくいいなと、思ってしまって。


「早織ちゃん、久太郎くん、お夕飯まで、もう少し時間かかりそうだから、待っててねぇ」

「あっ、夕食、ありがとうございます……今日は、お世話になります」


 僕は頭を下げた。そして顔を上げて、戸棚に映った自分の顔を見て、初めて自分が笑っていたことに気付いた。

 ここはすごく居心地がいい。


「ママぁ、今日のご飯、何?」

「今日は、早織ちゃんのお友達が来た嬉しい日だからぁ、カエルのスープよ」

「――えっ?」


 あれ? なんか、聞きなれない食材の名前が聞こえたような。


「やったぁ! カエル! ごちそうね!」

「えっ?」


 カエルは……ごちそう?

 ま、まあ、カエルは食べられるっていうのは聞いたことあるけど……普通の家じゃ、カエルって食べなくない……?


「キューくん、部屋で待ってよ! あたしの部屋、こっち!」


 目堂さんは廊下へと出て、僕も続く。まあ夕飯については、その家独自の文化みたいなのもあるかもしれないし。

 ところで。


「そ、そういえば目堂さん……僕、どこで寝たらいいの……?」

「んー?」

「いや……えっと、目堂さんの部屋で寝る……のかな……でも、それ、なんか……」


 僕はちょっと、やっぱり、心配していた。

 男の子が、女の子の部屋に泊まっていいのか?

 ――多分、僕は、一睡もできない。


「なに言ってるのキューくん!」


 けれども目堂さんは、僕が予想していたものは、全く違う返事をした。


「外に行くのよ! 寝てる場合じゃないんだから!」


 目堂さんの部屋に入る。普通の部屋かと思えば、ベッドには奇妙な生き物のぬいぐるみがいっぱいあった。そのベッドの上にはノートも広げられている。


 ――街の片隅にあるらしい、無人の館の噂について、まとめられていた。

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