第二話(05) みんな消えていく
* * *
「『狐月山の迷い道』は本当だった……でも、本当だって話がなかったのは、多分『本物だって気付かなかったから』かもね」
目堂さんはちぎるように涙を拭えば、すぐに得意げな顔に戻ってくれた。
僕達は鳥居の前へやって来た。ゴールだ。
「そうか、本物だって気付いても……誰も信じないだろうしね」
「そう! あたし達は『本物がある』って知ってるけど、普通の人は何を言っても『本当は全部嘘』ってきっと考えてるからねっ!」
帰ってこなかった人、というのは聞いたことがないから、ある程度あがいたら、そのうち抜け出せるのだと思う。
今回は僕が迷い道の幻を破いたことにより、全部の幻がとけたようだった。迷い道に入ってしまった目堂さんも、しばらく同じ場所を歩き続けていたらしい。
「で……これを仕組んだ奴はどこにいるの? 本物だったじゃない! 妖怪は間違いなくいるのよ! 妖怪じゃなくても、天狗とか、神様とか……」
目堂さんは両手で腰にあてれば、辺りを見回す。蛇もきょろきょろとした果てに「シャーッ!」と虚空に向かって威嚇し始めた。
「こんにちは! あたしたちも、そういう者でーす! 誰か、いるんでしょーっ?」
目堂さんの声が、山に響く。鳥が驚いて飛び立った。
それだけだった。何も出てこなかった。
でも『狐月山の迷い道』は本当だったのだ。
「……目堂さん、あそこ」
僕も見回して、誰かいないか、何かいないか探した。そこで気付いた。鳥居の向こう側、岩壁が――歪んで見えることに。
目堂さんが首を傾げる。
「何にもないわよ?」
それでも僕がその岩壁に触れると、空間が大きく歪んだ――洞窟が現れる。
「洞窟? 化かされてたってこと? キューくんすごい! キューくん……目がいいんだね!」
「そう……みたい」
この目は遠くまで見える、それだけじゃなかったんだなぁと、今回の冒険で知った。
洞窟の中に明かりはなかったけれども、外からの光に、なんとなく中の様子が見えた。
奇妙な場所だった。広くはない空間にあったのは、古びたちゃぶ台に、ぼろぼろの座布団。和箪笥もあって、隅にはぼろぼろの布団が丸められていた。
誰かが、住んでいた。
「何これ、秘密基地?」
「古いものばっかりだし、いまじゃ狐の住処になってるみたいだけど……」
丸められた布団の上に、明るい茶色の生き物がいた。僕達の気配に気付いたのか、慌てて顔を上げて、ぴょんと飛び降り身構える。
「――キューくん! あの尻尾!」
目堂さんがはっとする。
ただの狐じゃなかった。尻尾が二本、あった。
――狐は力をつけると、尻尾が増える。
「化け狐よ! ということはこいつが……って」
目堂さんは目をきらきら輝かせながら、狐に近付いていった。けれども狐は、さっと逃げてしまう……まるで動物みたいだ。
「どうして逃げちゃうのよ! 化け狐なら、言葉わかるでしょ?」
狐は全身の毛を逆立てて、僕達に敵意を向けていた。言葉を理解している様子はなさそうだった。化かすようなそぶりも見せず、ぱっと外に逃げてしまう。
「ま、待って!」
「……目堂さん、あの狐、多分僕達と同じで末裔なんだよ」
僕は目堂さんを止めた。
「尻尾こそ二本あるけど、きっと……それだけの、ただの狐だよ。迷い道を作るくらいのすごい能力も、なさそうだし」
だってあの様子、普通の動物みたいじゃないか。
それだけじゃない。なんとなく、わかる。あれがただの動物だって。
もしも魔力とか妖力とかあったなら、僕にはわかるような気がした。
「じゃあ、あの迷い道は……?」
「……昔の狐の力が、まだあの場所に残ってるんじゃないかな」
きっと、昔この山にいた狐は、すごい力を持っていたんだろう。
「この洞窟の入り口も隠してあった……多分、あの迷い道は昔、狐が自分の住処に人を近寄らせないために作ったものだったんじゃないかな」
「うーん……セキュリティ?」
「うん。それがいまも残ってて、子孫を守っていただけ……みたいな」
そして子孫だからこそ、ただの狐に退化しても、あの狐はここにいたのかもしれない。
「――じゃあ、じゃあ妖怪は、化け狐は、ここにはもう、いないってことね」
狐が戻ってくるような気配は、一つもしなかった。もし本物だったのなら、きっと僕達が何者であるか調べに来たと思うし、それ以前に正体に気付いて話の一つでもしてくれたと思う。
ここに残っているのは、全部、過去の幻だ。
「――化け狐といえば、尻尾は九本だった」
目堂さんは、ただの動物の住処になってしまったその場所を、見つめていた。
「メドゥーサは、髪の毛全てが蛇だった」
髪の毛の蛇と一緒に。
「――蛇も、いつか消えちゃうのかな……いたことすらも、世界から忘れられて消えちゃって……」
その声が、あまりにも弱々しくて。
「人間の世界になって……みんなみんな、消えていくのね」
後姿は、寂しそうで、何かに怖がっているように思えた。
目堂さんは、どうしてか。
――消えそうに見えた。
……だからなのだと、思う。
だから目堂さんは、仲間を探しているんだろう。
やっと気付く。消えていくものが、まだ残っていることを確かめようとしているのだ。
僕は今日、特に何も考えずに来た。軽い気持ちで来た。
でもこんな後姿を見てしまって。
……なんだかすごく、申し訳なくなってしまった。
「目堂さ――」
「まっ、未調査だったもの一つが終わったわね!」
が、ぱっと目堂さんの声は明るくなる。髪の毛を広げて振り返れば、僕に笑顔を向けてくれた。
「キューくんありがとう! あたし一人じゃ、ずっと調査できなかったわっ! 仲間を見つけられなかったのは残念だけど……次は会えるかもしれないじゃない?」
僕は少し、不安を覚えた。
――目堂さんはこれから何回、がっかりするんだろうか。
――仲間を見つけるための調査だけど「仲間がいないことを証明する調査」になってしまわないか?
目堂さんは、自分で言っていたじゃないか。僕以外に仲間を見つけたことはなかったと。
僕だって、僕以外の怪物に出会ったのは、目堂さんが初めてだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます