第11話 幸せの終わり

焼肉を食べ終えた俺達は店を出て家路についた。時刻は20時頃、未だ街は賑わいと夜の活気に満ちている。




「焼肉美味かったな!帰りのことを気にしなきゃいけないのが残念だ。」




「またお前に肩を貸しながら帰るのは御免ごめんだ。」




「兎はちゃんと分かっている。今日は歩いて帰れるぞ。」




「それは何よりだ。」


言葉の通り兎は飲食の量を加減していた。今だって並んで真っ直ぐ歩いている。




「ところで焼肉って家でも出来るのか?」




「出来るぞ。肉の質のコスパは店のほうがいいがな。」




「じゃあ同志!いっぱい仕事して高い肉買うぞ!酒も家なら飲み放題だ!」




バタン!!




「おい、あんまりはしゃぎすぎるなよ。……兎?」




「いてて……あれ、立てないなぁ……?」


はしゃいでけただけかと思ったが、兎は地面につくばっている。手を地面について立ち上がろうとしているが上手く立ち上がることが出来ないようだ。明らかに様子がおかしい。




「おい、大丈夫か!?」


慌てて兎に手を差し伸べた。だが兎は差し伸べられた手を引き立ち上がろうとするも、その場に尻餅しりもちをついてしまった。




「背中に乗れ!病院に連れて行く!」


兎を背負い、ギルド附属病院に向けて駆け出した。夜開いている最寄りの病院はあそこだろう。繁華街からならばすぐに付くはずだ。




「同志は……素直じゃないなぁ。さっきは肩を貸すのは御免ごめんだ、なんて言ってたのに。背中ならいいのか?」




「うるせぇ!言ってる場合か!……待ってろ、すぐに着く。」




「ありがとう……同志は優しいなぁ……ずっと。あのときと……同じだ。」


あのとき……こいつと初めて会ったときか。あのときも瀕死の兎を背負って病院に駆けた。そして兎は助かった。……今回だって助かる。そうだよな?そうに決まっている。






夜の街の中を、人の間をうようにして走った。行き交う人はみな笑顔を浮かべていたが、俺の顔はさぞ対照的だっただろう。




雨が振り始めた。さっきまで雨雲なんて一つもなかったのに。予報でも晴れだった。街行く人々も傘など持っていない。彼らの表情も曇り始めた。俺の悲痛な顔もきっと街に馴染んだと思う。




よぎる不安にさいなまれないよう心を殺して走った。気がついたら病院の前に居た。震える手で扉を開ける。春雨は温かいというが嘘だ。でなければ手が震えるのに説明がつかない。悪寒おかんだってきっと雨のせいだろう。




ビショビショで、更には息を切らしてギルドの中に入って来た俺に視線が集まる。ギルドでたむろしている傭兵たちがざわざわしているのに気が付いたのか、受付嬢が駆け寄ってきた。




「どうされました!?びしょ濡れですけど大丈夫ですか?」




「俺はいい……早く、こいつを病院に……。」




「!!」


彼女は後ろに担がれている兎に気づいたようだ。




「すぐに先生を呼んできます!!」


言葉より早く受付嬢は併設された病院の方へと走っていった。




駆けつけた医師達に運ばれ、兎は検査室へと運ばれていった。検査は難航しているようだった。一睡もすることなく、俺は朝を迎えた。朝方、医師に呼ばれて診療室に通された。医師に告げられたのは、兎の全身に未知の物質が沈着ちんちゃくしていて、それにより全身が障害されている、という話だった。おそらくは全身の細胞を刺激し、活性化させ一時的に機能を向上させる働きをもつ薬剤である。しかしながら消耗した細胞は線維化せんいか癌化がんかなどするとのことだ。生検せいけんをしていない為、確実なことは言えないが、血液検査の結果を見る限りでは兎の細胞もその状態にある可能性が高いらしい。




つまり、医師の診断が意味するのは、兎はもう長くないということだった。

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