目覚まし時計

鳴代由

目覚まし時計

 どこかでベルが鳴っている。けたたましい音。頭に響いて、うるさくて、ずっと聞いていたら気が狂ってしまいそうだ。

 私はそれを、どこか別の場所で聞いていた。だというのに、ベルの音は耳のすぐ近くで鳴っているような気がする。早く止めたいと思っても、どうやったら止められるのか、わからない。両手両足がふわふわとする感覚だ。歩いているのかすらもわからないし、歩いているとしたら自分がどうやって足を動かしているのかもわからない。

 不思議な感覚だった。自分がこの世のものではなくなったような、そんな感覚。それでも、直感で、私はあのベルのところまで行かなくてはならないと思った。行くべきだと、自然とそう考えていた。

 ふと、ぷつり、とベルの音が消えた。

 ……助かったのか?

 そう思った矢先、私は言い知れぬ感覚に襲われる。暗い穴の中に落ちていくようでも、ふわふわ漂うようでもある、どことなく不安なものだった。だが恐怖は感じない。私はその感覚に身を任せ、意識を手放した。


 どこかでベルが鳴っている。また、あの音が耳に響いてきた。その音でだんだんと意識を覚醒させ、目を開けようとする。重たいまぶたを半ば強引に開き、自身が置かれている状況を目にした。

 そこは白い部屋だった。眩しいくらいの白。扉も、窓も、家具も、ひとつもない。真っ白の部屋だった。ただ、床と壁、壁と天井の境界線も白くてわからないというのに、なぜこの場所が部屋であると認識できたのだろう。一瞬、私の思考はその部屋に向いてしまうが、それもすぐに、ベルの音に引き戻される。

 私はその場に立ち尽くしていた。ぐるりと首だけ動かして一周見回しても、じいっと遠くの方を見つめても、音の出どころとなるようなものはひとつもない。さっきよりも手足の感覚ははっきりしているのに、周りが全て同じ色であるから、動くに動けない。

 ……否、動けないのは色のせいではなかった。足がその場に縫いついたみたいに動けなかったのだ。腰から下が石のように固まり、その場でベルの音を聞くしかなかった。

 私は静かに数字を数えて、時間が過ぎるのを待った。心を落ち着けたかった。でもあのベルが鳴り続ける限り、気持ちが落ち着くことはない。そうとわかっていながらも、今の私にはどうすることもできないのだ。

 ベルの音を聞きながら、私は静かに目を閉じる。

 すると、ぷつり、とベルの音が消えた。


 どこかでベルが鳴っている。……そんな気がした。

 実際にはベルは鳴っていないというのがわかるのだが、なんとなく、ベルはまだ止まっていないように感じた。さっきまでずっと頭の中に響いていたから、気のせいだろうか。聞こえないのに聞こえるような気がする、見えないのに見えるような気がする、というのはよくあることだ。私はそれが、今の自分の身にも起こっているのではないかと、静かに耳を塞いだ。


 どこかでベルが鳴っている。今回はちゃんと鳴っている、と認識できた。

 目を開ければさっきの白い部屋。部屋かどうかすらも怪しいが。ベルのところへ行かないと、そう思って私は足を動かす。どうやら体の不自由も消え去っているみたいだ。それなら、動けるときに早く止めてしまおうと私は急いだ。

 だが足を一歩、二歩、と進めたあと、私の中に疑問が浮かび上がり、その足を止めてしまう。

 ……なぜどこからもベルの音が聞こえる?

 前からも、後ろからも、右からも、左からも、下からも、上からも、私の四方をベルの音が取り囲んでいた。

 私は叫びそうになった。気が狂ってしまいそうだった。


 どこかでベルが鳴っている。

 ……行かなきゃ。

 ふらふらとした足を無理に動かして、ベルの音に向かって歩いた。もう本当にベルの音が聞こえているかもわからない。私の妄想が作りあげた世界なのかもしれない。

 私は浅く、息を吸った。


 どこかでベルが鳴っている。

 もう動く気力もなかった。呼ばれていると感じるのに、足は愚か、腕すらも、首だけでも動かない。



 どこかでベルが鳴っている。



 どこかでベルが鳴っている。



 どこかでベルが鳴っている。




 どこかでベルが──




 どこかで──





 ──

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目覚まし時計 鳴代由 @nari_shiro26

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