『出る』──出てくる怖い奴──

ぶらボー

一泊二日

 クエストを受け出張で県外を訪れた勇者ノリオ一行は、いい感じに風情のあるボロ宿に泊まることとなった。三人パーティーの彼らは畳に腰を下ろし、くつろぎ始める。天井からぶら下がったランプの光はやけに頼りない。


「さっきたまたまネットレビュー見てたんですけど──」


 ノリオより十歳程若い部下の賢者・タクヤが恐怖と好奇心が混ぜこぜになったような笑顔を浮かべて話しかけてくる。


「出るらしいっすよ、この宿」




「出るって──」


 言葉を返すノリオは少々だるそうとも眠そうともとれる顔になっている。


「出るって…交通費?」

「いやなんでですか」

「交通費じゃなかったら何よ」


「幽霊ですよ幽霊」


 調子を崩されたタクヤが困り顔になる。


「だいたい交通費は宿が出すもんじゃなくて会社…冒険者ギルドが支給してくれるもんでしょ! 今回何故か出してくれないそうですけど!」

「うん、まあそうなんだけどさ…」




「幽霊が出るって言われても反応に困るでヤンス」


 もう一人の部下、盗賊のヤンスデス・チェンテナリオ百世も会話に加わってきた。


「だよなあ…」

「二人は幽霊とか怖くない方なんですか?」


 タクヤがまるで何かを説得しようとするかのような調子で二人に聞く。

「うーん、だってなあ…」


 ぼりぼりと頭をかくノリオの隣でヤンスデスは鼻をほじる


「昨日も散々倒したでヤンスよ。おばけナイトとか骸骨戦士とかゾンビとか…」

「いやあんなもん…こう、モンスター感マシマシの奴じゃなくてですよ?二人はホラー映画とか見ないんですか?ほらジャパニーズホラーとかで色々不気味なのあるじゃないですか」


 ノリオは凝った肩をぐるぐる回す。


「うーん、つまりあれか、なんかこう、白装束ですごいロン毛ですごい顔を隠してるような奴とかか」

「ああいうの怖くないんですか?」

「うーん…」


 ノリオはペットボトルのお茶に手を伸ばした。




「正直交通費出ない方が怖いな…」

「いやなんでですか」

「だってここまで来るのに結構かかってるでヤンスよ? 飛行機だって使ってるでヤンスからねぇ」


 ペットボトルのお茶を一口飲んでノリオはうんうんと頷いた。


「今回の出張で稼ぐ分から差し引いたら、利益はかなり少なくなるんじゃないか。やっぱり交通費出ないのは怖いよ」

「お姉さんもそう思うでヤンスよね」


 ヤンスデスは虚空に向かって話しかけた。




「…」

「…」

「ヤンスデスさん?」


タクヤはややこわばった表情になっている。


「どこに向かって話しかけているんですか?」

「どこってひどい言いぐさでヤンスね、隣のお姉さんでヤンスよ」


 ペットボトルを手に持ったままノリオもヤンスデスに聞いた。


「いや、俺たちからはその…お姉さんとか見えないんだけど」

「いるじゃないでヤンスか、白装束にめっちゃすごいロン毛でめっちゃ顔隠してる別嬪さんが」


ヤンスデスは虚空に向かって、ねー☆といった感じのジェスチャーをした。




「…」

「…」

「…ノリオさんビビってますよね?」

「え、いや…」


ノリオは再びお茶を一口飲んだ。


「交通費出ない方が怖い。」

「そんなわけないでしょうが!」

「いや交通費出ない方が怖い」

「おかしいでしょうがこの状況で!めっちゃ目泳いでるしプルプルしてますやん!」

「俺はこの道三十年の勇者だぞ、目に映らないもんにビビるわけがないだろ!」

「声震わせて言っても説得力無いですよ!」

「いいか? たとえ本当にヤンスデスの隣に白装束ですごいロン毛ですごい顔を隠してるような奴がいたとしてもだな、ブラックドラゴンやアークデーモンや交通費不支給や健康診断の方が絶対に怖い!!」

「変なとこで意地張るなやこの中年管理職!!」




シャーッ!


突如部屋の入口のふすまが開き、正座した老婆が現れた…宿の女将さんである。

急な登場にノリオとタクヤはヒッ!と情けない声を出す。

宿の女将さんは言った。




「冒険者ギルドから連絡を頂きました、交通費は私どもの宿が負担致します」

「「「出るんだ交通費!?」」」


おわり

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