第28話 大悪党
【side栗栖くるみ】
ぺたっ、ぱたっと上履きが床に打ち付けられる音がシンと静まり返った廊下に響く。かかとを踏み潰した上履きが、間の抜けた音を繰り返し打ち鳴らしている。
窓の外、グラウンドから「いっち。にー。いっちにー。そーれ」と運動部の声がかすかに聞こえた。
土曜日の誠真学園は
この学校は部活動が盛んなわけでもないため、登校している生徒の数は少ない。
文化系部活動は軽音楽部と吹奏楽部くらいで、それらの部活も土日は活動していないのだ。だから、休日の校舎内はほぼ『無人』と言えた。
私は部室の並ぶ第二校舎を一人、ぺたぺたと歩く。
(えー……っと。バスケ部の部屋はどこだったっけか)
部室には表札などなく、いちいちドアノブを引いて、部屋の中を確認しなくてはならない。本人たちはどの部屋なのか分かっていて不便ないのだろうが、部外者からしてみれば良い迷惑である。表札くらいつけたらどうなのか。
一つ一つドアノブをひねって、引いていく。
(ここは野球部…………か)
ドアを閉じて、次の部室に向かう。
真先輩の頼みとは言え、本当に面倒くさい。
ぶっちゃけ私はトドゴンがどうなろうが、ガネっちがどうなろうが、知ったこっちゃないし、生徒会長が自責の念に押しつぶされようが、別にどうでも良かった。
だが、真先輩は別だ。真先輩に嫌われることだけは絶対に避けねばならない。
あの先輩はいつもこうだ。
いきなり一方的に無理難題を押し付けてくるのだ。そして頬をかきながら、申し訳なさそうにこう宣う。
——1番信用している栗栖にだから、つい甘えちゃうんだけどさ。
そんな前置きをされて、断ることなどできるだろうか。
いや、できない。できるわけがない。
トドゴンがさらわれた日もそうだった。真先輩が私に面倒ごとを押し付けきたのだ。
その時はスマホで依頼してきたんだっけ。私は日ごろの真先輩への行いが悪過ぎて、着拒&ブロックの刑に処されていたから、真先輩から連絡が来たときは本当に嬉しかった。嬉しかったのだ。
その内容を見るまでは。
『もしトドゴンに何かあったら、必ず僕に連絡して。万が一連絡して来なかったら、ブロック期間延ばすから』
私は深く考えなかった。
真先輩もなんだかんだトドゴンが心配なんだな、と思った程度だ。面倒だとは思ったが、こんなことでいつまでもブロック期間を延ばされたら、たまったものではない。
私は『りょ』とメッセージを送った。
だが、そのメッセージはいつまで経っても既読が付かなかった。
嫌な予感がして、私は念のため。いやホント念のため、確認した。いやいや、そんなバカなことはない、とは分かっている。でも、確認せずにはいられなかった。なにせ相手はおバカを地で行く真先輩なのだ。
既知の確認手順を踏んでスマホを操作していく。
その結果は——
やっぱりだァァァアアアアア! 未だブロックされとるゥゥウウウウウウ!
真先輩のおばかぁ! 依頼したなら、ブロック外してよ!
これで、どうやってトドゴンのピンチを報告すれば良いっていうのか。私が送った『りょ』も真先輩には届いていない。
ブロックされていては、こちらから連絡取れないではないか。だが、そこは変態暴君真様。『ブロックされているから』なんて理由で、許してくれるような人ではない。
仕方がないので、不本意ながら策を労して桃香先輩を使って、真先輩に連絡させた。
本当は私が真先輩に助けを求めるヒロインやりたかったが、背に腹は代えられない。
桃香先輩は訝しんでいたが、必殺『
そうすると、『解決』はあっけなくやって来た。
桃香先輩経由で真先輩に連絡を送った翌日には、全て
何故かトドゴンだけでなく、真先輩までボロ雑巾のような有様で帰還し、肝を冷やしたが、幸い真先輩もトドゴンも命に別状はなく、全治1週間程度の怪我で済んだ。
ガネっちとトドゴンの抱えた問題は、
奇跡である。
めでたしめでたし、である。
あっぱれあっぱれ、である。
雨降って地固まる、とはこのことだ。
……………………とか、ゆって〜。
桃香先輩やガネッち、トドゴンは確かにそう思っているだろう。
しかし、事実は全く異なる。
あれが単なる「雨降って地固まる」なんかなわけがない。
全ては
とは言っても、始まりのカツアゲ暴行事件——虻川の妹が暴行を受けた件、あれについては本当に偶然だろう。
真先輩は私と一緒にガネっちの家にいたし、誰かと連絡を取り合っていた様子もなかった。
おそらく真先輩は、カツアゲ暴行事件の話を聞いて、今回の計画を立案したのではなかろうか。
真先輩の不審な点はいくつもあった。
まず、第一の襲撃からして不自然だった。
体育館でトドゴンが襲撃された日のことだ。
真先輩はひょっとこのお面を指してこう言った。
——これから使うことになる
まるでこれから何が起こるのかあらかじめ知っているようだった。
あの日、真先輩に呼び出された私はバスケ部の活動が始める午後3時頃からずっと体育館にいた。襲撃があったのが午後5時頃。真先輩は襲撃の2時間も前に、襲撃があることを知っていたことになる。あるいは、『今日あるかもしれない』程度の認識だったのかもしれないが。
いずれにせよ、近いうちにトドゴン襲撃があることを予期していたのは確実だ。
おそらく、トドゴンが疑わしいとクレッシェンドをそそのかしたのは山田竜也ではなく、真先輩だろう。
真先輩は2つの情報をクレッシェンドにリークをした。
1つは『虻川の妹を襲ったのは等々力だ』という根も葉もないリーク。
もう1つは『等々力が白金を心無い言葉で振った』という事実のリークだ。
後から廃工場での話を聞いた限りでは、どうやら先輩はトドゴンがガネっちを振った方のリークは追加燃料程度のつもりで、1つ目のリークを主軸にクレッシェンドを動かそうと思っていたようだ。
実際は真逆になったわけだが。
そうして真先輩は体育館での襲撃をあえて引き起こし、トドゴンを強制的に入寮せざるを得ない状況を作った。
つまりトドゴンは真先輩のせいで、酷い目にあったということになる。
まぁ、私としてはトドゴンがガネっちにひどい言葉を投げつけたのは事実なのだから、自業自得だとは思うが。
ともかく、トドゴンは真先輩の手によって強引に入寮させられた。
これが一つ目の襲撃の真実である。
同様に仲良し寮へクレッシェンドが押し入った件も真先輩が図ったことだ。
クレッシェンドが寮に襲撃を掛けたのは体育館での事件の2週間も後になってからだった。
体育館での襲撃の後、私たちがトドゴンを寮に運んだ時は、もう日も暮れていて寮の周辺にはほとんど人もいなかったし、誰にも目撃されないように細心の注意も払って、仲良し寮までトドゴンを運んだ。
つまり寮生と教師以外誰もトドゴンが仲良し寮にいることを知らなかったはずだ。
もし仮に誰かが目撃していて、それをクレッシェンドに漏らしたのだとしたら、仲良し寮は2週間も経たず、すぐにクレッシェンドの襲撃を受けただろう。
奴らは血眼になってトドゴンの情報をかき集めていたのだから。
だが、実際には襲撃があったのは2週間後。唐突に、だ。
寮生の誰かがリークして、すぐにクレッシェンドが来た。
そう考えるとつじつまが合う。
2週間もかかったのはタイミングをはかっていた、というところか。
では誰かとは、誰か。
トドゴンがどこにさらわれたのか、何故か知っていた真先輩以外いないだろう。
その時点で真先輩は既にクレッシェンド内の一人と内通していたのだと思う。
もう一つ不自然なのは、真先輩の突然の門限破りである。
真先輩は普段は意外にも寮内のルールはきちんと守る。門限を破ったことなど、これまで一度もなかった。それなのに、である。
トドゴンがさらわれるタイミングでの初の門限破り。
それも、その瞬間どこにいたのかと言えば、ガネっちの豪邸である。
実のところ、私が一番許せないのはこれだ。
私というクッソ可愛い後輩美少女がいるのに、何コテコテの引きこもりギャルとお家お泊りデートしてんだ、あ゛あん?
まぁ、これも真先輩の策略だとは分かっているが、気に食わないものは気に食わない。
引きこもりのガネっちを外に引っ張り出すためには、ガネっちの目の前で「これから死にに行きます」とアピールしなくてはならなかったのだろう。
真先輩は多分クレッシェンドの内通者から『今日、襲撃する』とだけ知らされていて、襲撃の時間までは分からなかったのではないだろうか。
だから、襲撃の連絡が来るまでガネっちの家で待つ必要があった。
それゆえの門限破りだった、というわけだ。
こうして2度のトドゴン襲撃は真先輩のせいで
見方によれば、今回の騒動の黒幕はカツアゲ暴行を
というか、トドゴンが無事だったからよかったものの、本当に殺されてしまう可能性もあったように思えるが、よくそんな危なっかしい
真先輩のことだから、殺害はされないよう何か策を立てていたような気もするし、『死んだらしゃーない』と割り切っていたような気もする。
真先輩は人に対しても自分に対しても、命の重さを軽く見積もっている…………ような気がする。
加えてギャンブラーな一面を見せる時もあるのだ。
トドゴンの命をチップにギャンブルを仕掛けていたとしても不思議ではない。
まぁ、こればっかりは、真相は真先輩のみぞ知る、だ。
なんにせよ真先輩のしたことは、正義のヒーローなんて呼べるようなキラキラしたものではない。
むしろ、大悪党である。
でも、先輩の手腕でトドゴンとガネっちが寮生になったのもまた事実。
目的のために手段は選ばない、そんなところもカッコイイ……❤︎
私は、辿り着いた真実は誰にも口外せず、永久に私の中に留める、と心に決めた。
バドミントン部の部室に鍵がかかっていることを確認してから、次の部屋に行こうとしたところ、「イェエエエエエエエイ!」と耳障りなはしゃぐ声が隣の部屋から聞こえてきた。
(ここだったか)
男子バスケ部はトドゴン以外、話したこともないが、この不快な感じはきっと男子バスケ部だろう。勝手にそう決め込んで、ドアの前に向かう。
さてさて、では一仕事、頑張りますか。
頬を叩いて、気合いを入れ、気持ちを演技モードに切り替えてから、勢い良くドアを開く。
間抜け達が私を迎えた。
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