白く染める

神楽堂

第1話

新潟に嫁いでいた姉が里帰りした。


年末年始は嫁にとって忙しい時期だが、

正月の慌ただしさも一段落し、姉は里帰りを許されたのだった。

姉の嫁ぎ先は、麻織物を伝統的な手工業で生産している旧家だ。

姉の言葉遣いも、そして、服装も、すっかり嫁ぎ先の色に染められていた。

姉はいつの間にこんなにお酒を飲むようになったのだろうか。

昼間からお酒を飲んで、ごろごろ寝てばかりいる姉に、私は幻滅してこう言った。


ねえぢゃ、こだなこんなにお酒、飲んでだっけ?」

「向こうじゃお酒、隠れて飲まんばいけねぇすけ、帰ってきた時ぐれぇ、ゆっくり飲ませてけれ」


結婚したら人は変わるって言うけど、姉の変わり様には驚いたというか、呆れたというか……


* * * * * *


私の名前は眞白ましろ。私が生まれた日に、雪が降って辺り一面真っ白だったことから、私は眞白ましろと名付けられた。

この名前、実は結構気に入っている。

友達からは、

「眞白ちゃんって肌が白いから、ホント、名前の通りだよね」

なんて言われることも多い。


私の住む山形は、夏はそこそこ暑くなるけど、冬にはしっかり雪が降る。

寒いのは正直辛いけれど、辺り一面が雪で真っ白に染められる冬は私の好きな季節だ。


私はいつまでも真っ白でいたいな、と思っている。

それは、肌の色だけではなく、心も、という意味で。


とは言っても、私もいつかは姉みたいに嫁ぎ先の色に染められてしまうのだろうか。


私の脳裏に幼馴染の順平じゅんぺいくんの顔が浮かんできた。

順平くんの家は、織物の手工業をしている旧家だ。

私はひそかに、順平くんに憧れている。

いつかは順平くんの家にお嫁に行きたいなんて、夢みたいなことを考えている。

勘違いかもしれないけど、順平くんも私のこと好きなんじゃないかな、なんて勝手に私は思っている。



私の家は代々、染め物をしている。

ここらあたりでは、織物や染め物を昔からやっている旧家が多い。

私の姉が新潟の麻織物の家に嫁いだのも、伝統工芸がらみでの縁談によるものだった。


同級生たちは伝統工芸を継ぐのを嫌がって、みんな都会に行きたがるけど、私は染め物を続けてもいいかなって思っている。

順平くんと私が結婚して、順平くんが織った織物を私が染める。


きゃ!


想像しただけで照れてしまった……


でも、こんなお花畑みたいなことを考えている場合ではなかった。

同い年の美紅みくちゃんも、順平くんのことを狙っているからだ。


私と違ってぐいぐい行くタイプの美紅ちゃんは、順平くんに積極的に話しかけたり、プレゼントをまめに渡したりと、あたかも順平くんの彼女であるかのように振る舞っている。


あまりにも仲良くしているので、前に順平くんに、


「美紅ちゃんと付き合ってるの?」


と聞いてみたことがある。


んねずちがう


順平くんはそう言ってくれた。

しかし、順平くんがだんだんと美紅ちゃんの色に染まっていくように見え、私は心配が尽きない。


表向き、私は美紅ちゃんとは仲良くしている。

美紅ちゃんは私の肌をいつも褒めてくれる。


「眞白は白くていいにゃ。色の白いは七難隠すって言うにゃ~」

「あははは……ありがと」


七難隠すって……私には隠さなきゃいけない欠点がたくさんあるって言いたいの?

正直むっときたけど、美紅ちゃんには悪意がないのかもしれない。


あ、美紅ちゃんは、「~にゃ」なんて言葉を使っているけど、何かのキャラのなりきりをしているわけではない。

美紅ちゃんのところの本家は、新庄の方にある。分家してこっちに移り住んできたのだ。

にゃ~、は新庄地方の方言。

この方言、ちょっとかわいいかも、なんて思って、私も使おうかなと思ったこともあるけど、なんだか私が美紅ちゃんに染められたみたいで、それは嫌だった。


あるとき、順平くんが「~にゃ」なんて言葉を使っていたことがあってびっくり。

順平くんが美紅ちゃんに染められてしまうのは嫌だ。


美紅ちゃんは順平くんに、やたらとプレゼントを贈りたがる。

順平くんを美紅色に染めるためなんだろうな。

順平くんがおしゃれな服を着ていたり、センスのいい小物を持っていたりすると、それ、美紅ちゃんからの贈り物なのかな、って疑ってしまう。


私も何か、順平くんにプレゼントしようかな……


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