第4話  座敷童子?

驚きのあまりそれ以上声も出ない蒼音あおとは、恐怖心から言われるがまま煎餅を一枚、目の前で微笑む女の子に差し出していた。


『ありがとう』


(お・・・・女の子だ。

小さな女の子だ。どこの誰なんだ?

どうして僕の家に女の子が居るんだ?

僕なんにも聞いていないよ!

前にここに住んでいた子なのかな?


でも・・・・

ここは新築のはずだけど・・・)


彼はこの状況を冷静に判断しようと、脳内をフル回転させ思案した。

ぽりぽりと無言で煎餅を食べ終えた目の前の女の子は、うろたえる蒼音にお構いなく満足した様子でお礼を言った。


『ありがと美味ちかった』


「いえ・・・それはどうも・・・」


不可解なこの状況が飲み込めない蒼音は、曖昧な返答で、この場を乗り切ろうと頑張った。

しかし無理だった。


「あ、あの君どこの子?

どこから入ってきたの?」

わからないことはうだうだ考えずに、身近な人に訊ねることが一番早い解決方法だ、と、田舎の時子おばあちゃんこと、時バアが教えてくれた。


『う~ん・・・・・わかんない』

「え、わかんないって、お家がどこかわからないの?

じゃあどうやってここに来たの?」


『それもわかんない、気がついたらいた』

蒼音は困り果てた。完全に混乱していた。


(どうしよう・・・・・

僕、越してきたばかりだから近所に知り合いもいないし、土地勘もないし・・・・

お母さんかお父さんの会社に電話したほうがいいのかな?

・・・・それとも警察に、僕んちに迷子がいるって、知らせた方がいいのかな?)


蒼音が考えあぐねている間にも、おかっぱ頭でくりくりお目目の女の子は、微動だにもせずこちらを見詰めていた。


ふと、気がついたことある。


(あれ?この子・・・・)


不思議なこと、に女の子は和服を着ていた。

蒼音にも詳しくわからないけれど、女の子は赤いとんぼ柄の、襦袢のような服を着ていた。


(どうしてこの時期に、着物なんて着ているんだろう?

お祭りでもあるのかな?この町内で・・・・


でも・・・妙だな。

それとも、この辺りの子じゃないのだろうか?)


蒼音は不思議に思った。

ふいに、ざわざわと、再び鳥肌がたつのが感じられた。


この子の格好や様子からして・・・

蒼音は想像をふり払おうと試みたが、じわりじわりと恐怖が先行した。


(もしかして・・・・・

この子・・・・・・

座敷童子ざしきわらし!?)


(まさか・・・・まさかね・・・・・

だって今はまだ明るいし、第一どうして僕んちに妖怪が出なきゃいけないんだよ。

そーだよ、この子は道に迷って、僕んちに勝手に上がり込んで来たんだ、そうに違いない)


蒼音は納得できる結論を求めて一人必死に答えを探した。


見ると、猫の小町が女の子にすりよっているではないか。

警戒心の強い動物が、自らそばに寄るくらいなのだから、妖怪であるはずがない。そう自分に言い聞かせた。


「あの君、どうやって僕の家に入ったの?

どこか鍵が空いていたの?」


蒼音は気を取り直して、ソファーの前にきょとんと突っ立つ女の子に、再び問いかけてみた。


『う~ん。わかんない。

あたちなんにもわかんない』

「わかんないって・・・・

じゃあ名前は?名前はなんていうの?何歳なの?

それくらいは本当のことを教えてくれなきゃ困るよ僕」


『でも・・・本当にわかんない』


わからないと連呼するわりには、さほど困った様子も見せない女の子に業を煮やし、蒼音は少しむっとした。


「なんだよそれ!

人んちに勝手に上がり込んでおいてわかんないって。

じゃあどうするの?

交番に行く?」


『ふっ・・・・ふえ・・・

ふえ・・・・・

だって、気がついたらここにいたんだもん。

あたちだってわかんないもん・・・・

うぇーん・・・・・・!!』


どうやら、年端もゆかぬ童女どうじょを、威嚇したあげく泣かせてしまったらしい。

蒼音はますますお手上げ状態で焦っていた。


「ご、ごめんよ・・・

ちょっときつい言い方だったね。

でも、気がついたらここにいたって言われてもな・・・

どうしよう」


蒼音こそ泣き出したいくらいだった。

今日は転校初日で、精神的にも疲れていたし、宿題もあったし、自分の部屋の荷物も片付けたかった。


『ぐすっ・・・・ひっく

・・・・・・呼ばれたの

・・・・誰かに呼ばれる声が聞こえたの、そうちたら、あたちここにいた』


女の子は声をしゃくり上げながら、ようやく答えてくれた。

「呼ばれたって誰に?」

『また怒らない?

あのね・・・わかんないけど、聞こえた。

”誰かそばにいてよ”って叫び声が聞こえた。

そちたらここにいたの。

そちたら、目の前で蒼音が煎餅を食べてたの。


美味ちそうだな~って思って声に出ちたら、蒼音が気づいてくれたの』


「え?どうして僕の名前を知ってるの?

自分の名前も思い出せないのに僕の名前は知っているの?」

蒼音はぎょっと後ずさった。


『うん、ちってるの。

どうちてかな。

前からちってたみたいにちってるの。

でも、それもわかんない』


(なんなんだよこの子?

呼ばれたからここに来たって?

それって僕がさっき叫んだ言葉じゃないか・・・・

ってことは、僕がこの子を呼び寄せたっていうのか?)


彼はとっさに、そばにある引越しのダンボールを開けて中身をかき回すと、一つの手鏡を探し出した。


そして目をつむりながら、それをおもむろに女の子の顔に向けた。


以前テレビか本で聞いたことがあった。

お化けや幽霊は鏡に映らないってことを実証しようと試みた。


目を開いて、おそるおそる鏡を覗き込むと・・・

青ざめながら冷や汗を一つ垂らした。


(やっぱり!・・・)


手鏡には、女の子の姿だけ映っていなかったのである。


(やっぱり、この子は人間じゃないんだ・・・

そういえば・・・・

さっきから気になっていたけど・・

この子・・・・


すこ~しふわふわ宙に浮いてない?

なんで?どうして?)

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