第20話 1ー紅時18 大福
若紫達の大立ち回りにより、噂が噂を呼び廓が慌ただしくなった。
贔屓の旦那さんだけでなく、顔見世だけする客と茶を飲み話をする客も増えてしまい、寝る時間を削って若紫が対応した。其れに伴い夕顔と空蝉改めお京とが空きを埋める形となった。話題の人となったお京は年増のねえさんを携えて対応に当たった。
末摘花だけが閑古鳥である。
「客から豆大福を貰ったよ」
縁側に座っている紅時の後ろに立つ末摘花。
「皆。旦那さんの相手で忙しいので私は前座しか手伝わないので……」
「禿が気にする事ないよ。男の相手等、新造になったら嫌とでもするのさね。私より噂話が上手い女郎が茶屋まで呼ばれてたよ……。嫌な話さね」
「見てきた話を其の侭するとは限らないですね。ねえさんは味方ばかりではないですし……」
「だったら、わっちを呼べってえの」
横にどかっと座り込んだ末摘花が豆大福をむさぼる。
片手から出された笹に包んである豆大福を紅時も受け取った。
ちょこんと頭を下げると、笹を開いた。
柔らかい餅から豆が溢れる程、混ぜてある。
「頂きます」
紅時が口に含むとこし餡の優しい味がした。
「どうせ。包まれて輪上屋のうまい話にしかならないさ。おかあさんは上手だからね。楼主め上物の着物で組合に出掛けて行ったよ。」
「若紫の株が上がるのは嬉しいです。」
末摘花が呆れた顔をした。
「だから、あんたは若紫に守って貰えるんだろうよ。女の中にいるのに、女の臭いがしないよ。あんたは……」
紅時は黙りながら食べた。
前世は男なのだとは云えない。答えても若紫しか信じて貰えない。
先生を探せるのは何時になるだろう……、悩んで考えるのを止めた紅時。今考えても今日を生きるのに精一杯だ。
「美味しいです」
「当たり前さね。伊勢の旦那はんの奢りだわ。」
紅時が絶句した。豆大福を見詰める。
「私だけ大門を抜けられるのさ……。年休が明けてるからね……。誰にも内緒だよ。」
紅時が末摘花の顔を驚いて見た。
「色々、聞きたいですが……、何故?廓から出ないのですか……」
「私の顔じゃね。夜鷹がいいとこさ……。御国は口減らしだからないし、帰れる場は何もないのさ……。」
紅時は納得していない。
末摘花が笑った。
「だから、伊勢の旦那はんに付け文で呼ばれたのよ。若紫を本当に心配していたわ。あそこまで廓の内情を知らなかったのが、悪かったみたいね。でも、成金だから風習をいけずで教えて貰えなかったみたいね。でも、悪いのは伊勢の旦那はんだけど……」
「豆大福。賄賂です」
「私はきちんと袖の下を貰ったわ。諜報の対価だわ。店の内情は解っても、若紫がおかんむりなのは本当さね。だから、もう過去の事さ……」
末摘花が豆大福を二つめを食べている。
苦々しく紅時が見ていると、末摘花は鼻で笑った。
「食べな。割り切れないのが人生さ」
「頂きます」
餡こは甘い。
「でね。紅時……」
末摘花が遠くを見た。
狭い中庭に遠くはないが、虚ろを見ている。
「先生なんだが……」
紅時が豆大福を落とした。呆けて末摘花を見てから、慌てて土の付いた底を払い、口に入れた。
餅が喉に詰まるかと思ったが、喉を通過した。
「何と……」
「紅時の伊藤明継先生。何だがね。」
「ど、どう云う事です……!? 」
末摘花が変な顔をした。イントネーションが変な所を付いたからだ。
「先生をお知りになっているのですか? 」
紅時の顔を見た。額に汗を嗅いている。
「紅時。御前……。何かを隠してるね……」
「其の様な事どうでもいいです。教えて下さい」
「豆大福の駄賃だ。話な……」
末摘花が口を開かなかった。
紅時は未来の話をして、前世の前世も話した。
長い沈黙の元、末摘花が切れるような溜息を吐いた。
「信じないと話にならないから、飲み込もう。良いかい。もう、先生の話なするな。いいね。誰にもだよ。約束をおし。今迄話た者は冗談か夢の話だと思わせておきなさい。」
「ねえさんとおかあさんには……」
「もう話すな。若紫なら大丈夫かもしれないが……」
「分かった……。新しい情報を教えて。」
末摘花が嫌な顔をした。
「伊勢の旦那はんが若紫の為に調べさせたのだわ。表は塩で儲けて、裏では軍事で名を馳せている伊藤と云う名家がある。其の当主の幼名が明継。花魁道中で出会った男さ。」
「先生があの場に居た……。でも、先生を探しました。居なかった……。あの場所には居なかったです」
「大勢いたんだ。見間違いではないか……」
「いいえ。私を見付けたなら、先生なら話し掛ける筈です。其れか花魁道中だったから……」
紅時が薬指の痣を撫でた。ヒリヒリと傷んだ。
「なら、何か口を噤んでいる理由があるか……」
末摘花が豆大福を噛んだ。
理由は解らないが、紅時に話し掛けられない状態。其れも伊勢の旦那さんの要件が終わっているのに……。
紅時は不安な瞳で居た。
「胸に沈めます……」
「誰も居ない時、私にだけは話しても大丈夫さ……。若紫だけには伝えとく……。」
紅時の悲痛な表情に末摘花が絆された。其処まで思い詰めているのだ。
紅時には先生しか光はないのだ。
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