第5話

 今日もザロモンは標的であるポヴィタの後をつけて歩いていた。

 その姿は以前つけた時とは異なり、如何にも下町に住んでいそうな年寄りといった風貌からどこぞの大店の商会のご隠居といった小綺麗で洒落たものへと変貌していた。


(これなら以前断念した宿泊街でも追跡できるだろう)


 ザロモンはポヴィタが泊まるであろうホテルまで尾行しようというのだ。

 こうと決めたザロモンは早速実行に移し、見事ポヴィタが泊まるホテルまで突き止めることができた。

 とは言え、突き止めたは良いが棒立ちでいるわけにもいかず、ホテルに入ることにした。

 ホテルロビーは南地区にあるものにしては割かし高級そうな装いであった。

 丁度ポヴィタはロビー受付でチェックインしようとしているらしく、ザロモンはさも無関係な宿泊客を装い隣の受付でポヴィタの部屋の鍵番号を確認したり、会話を盗み聞ぎした。

 チャックインを済ませるとザロモンはポヴィタの後を一定の距離でつけていき、ポヴィタが確と部屋に入るのを見てから自身の部屋へと向かっていった。

 そして、自身の部屋に入ると部屋の間取りと各部屋に併設されているベランダ周りの確認を行った。

 一通り確認を済ませるとザロモンはロビーへ降りていき、従業員へ新聞とコーヒーを頼むとロビーに幾つかあるソファに座ってポヴィタが現れるのを待つことにした。

 三十分から一時間程は何事も起こらず購入した新聞を読みながら時間を潰していた。


(降りてくる気配はないか)


 そうザロモンが諦めかけた時、ホテル入口から細身の男が現れるのが見えた。

 男にしては少し長いように感じられる光沢のある艶やかな黒髪を靡かせながら男はロビーに現れた。

 着ている服はそこらの庶民では一生をかけても買えなさそうな高級そうなもので、遠目ながら襟や袖口、ボタンなどにアクセサリーとして宝石が使われているのが確認できた。

 また、男の肌は顔や手などの見えているところを見ても日焼けをしているような様子は見えず白磁の陶器か何かのように白くザロモンは少し薄気味悪く思った。

 ザロモンは何か妙なやつが来たぞと思いながらさも興味なさそうに新聞を読むふりをしながら男を注視していた。

 男はホテルに入るとロビーの受付で何事かを言っていた。

 どうも誰かと待ち合わせをしていたらしく、先にチェックインしている待ち合わせの人物に連絡を取ってほしいと言っているようだった。

 受付従業員は電話の受話器を取ると該当の宿泊客へと確認の電話を取った。

 少しすると電話が繋がり電話先の主と二言三言言葉を交わすと確認が取れた様子で頷き、受話器を置いた。

 それから男に向き直り何事かを話していた。

 その時、受付従業員が男のことをアポロニオ・ゾオと呼んでいるのが耳に入ってきた。

 ザロモンは驚いた。

 まさか仕掛けの標的を追っていたら別の仕掛けの標的に出くわすとは!

 ザロモンはすぐさま意識を切り替え、アポロニオ・ゾオをよく観察することにした。

 彼は受付従業員から待ち合わせ相手がこちらに来ると伝えられてようで近くのソファにゆったりと座り、待つことにしたようだった。

 少しするとエレベーター付近が騒がしくなり、周りの宿泊者たちも何事かとエレベーター付近に目をやっている。

 ザロモンも周りに合わせるように顔を向けるとそこには標的であるポヴィタが少し駆け足気味になりながらロビーへと向かっているのが見えた。

 ザロモンは思いもかけない人物の登場に驚いた(勿論、表面上は億尾にも出さないが)。

 ポヴィタはロビー付近のソファに座って寛いでいるアポロニオ・ゾオを見つけるや否や「アポロニオ!」と大きな声で男の名を呼び、近付いて行った。

 なんと、アポロニオ・ゾオの待ち合わせ相手とはポヴィタのことであったらしい。

 ザロモンは本日二度目になる偶然に内心驚きながらも冷静な部分ではどうやって仕掛けようかと考えていた。

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