第4話

 今日はこの濃い霧で休みであるし、そもそも数日間は休みにすると扉に張り紙が貼ってあったはずだ。


(はて、誰だ?)


 ザロモンは作業室から扉横に移動するといつでも動けるように護身用に肌身離さず身につけている刃渡り15㎝はあるだろう短剣を握っていた。


「誰だい?」


「私でございます、ザロモン様」


 声を聞いた瞬間、ザロモンは警戒を解き入口扉を開けた。

 そこにいたのはスチームタウン北地区にある料理屋『祝祭食堂』の従業員アルホであった。

 彼は料理屋『祝祭食堂』の従業員でもあると同時に『祝祭食堂』の主にして北地区に隠然とした影響力を持っているヤスユ・ガチーシ配下の者でもあり、ヤスユ・ガチーシが何かしらの用事を言づけるときに使う伝令役でもあった。


「さあ、入ってください」


「では、失礼いたしまして」


 ザロモンはアルホを店内に入れるとカウンター裏の作業室には案内せず、二階にある自宅へと案内した。

 ザロモンの自宅は一階の煙草屋の商品が所狭しと並んだ雑然とした様相とは異なり、必要最低限のものしか置かれていないひどく殺風景な、人によっては生活感を感じさせないものであった。


「何もないところですが」


「いえいえ」


 ザロモンは台所から作り置きのコーヒーを温めたものを出しながらそう言った。

 アルホが来たということは何らかの用事(十中八九仕掛けだとは思われるが)をヤスユ・ガチーシから言付かっているのだろうと予想できる。


「それで、まあ、予想はつきますけどねえ。今日は何用で?」


「人を殺してもらいたいので」


「それで?」


 アルホが言付かってきた殺しの標的はアポロニオ・ゾオという。

 彼は自治都市であるスチームタウンと領地を接するゾオという土地を治めるゾオ伯爵の三男坊であり、自身も騎士爵を有するれっきとした貴族である。

 兇人としては大物の標的でといって良い。


「まあ、急ぎではないのでゆっくり殺してもらえれば。差し当たって一年程掛かってもらっても大丈夫です」


 そう言ってアルホはヤスユ・ガチーシから預かってきた前金500万ギアを出した。

 ということは初めの依頼人は繋ぎ役であるヤスユ・ガチーシに仲介料も含めて2000万ギア程の大金を寄越してこのアポロニオ・ゾオ殺しの依頼したということになる。

 事が貴族殺しであるからいくら大物でも平民が依頼したとは考えにくく、必然的にこれは貴族同士のいざこざが発端で当事者同士では処理できかねるほどに拗れた為、どこかから聞きつけた兇人の噂なりを辿ってヤスユ・ガチーシに行き着き依頼したに違いなかった。

 ザロモンは当然知らぬことだが、実際にこのアポロニオ・ゾオに端を発する騒動が発生している。

 そのおかげでゾオ伯爵家は長年友好関係にあった幾つかの貴族家と現在係争の最中にあり、宮中やサロンなど上流階級の間ではもっぱらの噂であった。


「では、お頼み申し上げます」


 アルホはそういうといつの間にやら温くなったコーヒーを一気に飲み干し、ザロモンの自宅から出て行ったのだった。

 残ったザロモンは温くなったコーヒーを飲みながら仕掛けのことについて考えていた。

 折しも仕掛けが重なってしまったが両方とも時間は十分にある。

 まずは先約の方を片付けるべきだろう。

 そう結論付けるとザロモンはコーヒーを飲み干し、途中であった蒸気銃の整備に取り掛かるべく動き出した。

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