第2夜「ゆきおんな」

 明け方。尿意を覚えて目を覚ますと、わたしの布団の右側に雪女が寝ていた。こちらに横向きに体を向けて。

 薄闇の中に青白い細い顔がしっとり浮かび上がって見えた。

 白い着物は死に装束だろうか。まだ子供だったわたしには、衿合えりあわせの左右の差異まで分からなかった。


 すぐに、わたしと目が合った。


 わたしはとっさに、哀れみをおうと、

「あなたに殺されてもしかたないです」と訴えた。


 子供ながらに卑屈ひくつな命ごい。正直なところ、面倒くさかったせいもある。


 雪女は何も聞かなかったていで身じろぎをし、くるりと背中を向けた。長い黒髪が、こちらにうねった。

 冷ややかなシーツに乱れた毛先が、夜目にも意外とパサついていたことが、わたしに、思いがけず場違いな優越感を与えた。


 寝返りを打っただけかも知れない。だが、彼女のハートが情けを帯びて暖まると、彼女はとけて水になって死んでしまうのだと、その瞬間わたしは察した。

 しかし、そんなのは仕方ないことじゃないか。


 そんなことより、こうして身じろぎもせず尿意をこらえていなくてはならないことが、たまらない。

 わたしは、彼女にいわれのない怒りを覚え、その直後には、命がけの親切をふるまってくれた雪女に怒りを覚えた自分に、嫌悪を感じた。


 その直後には、わたしは、彼女にいわれのない怒りを覚える自分に嫌悪を感じた自分を、いとしく感じた。

 その直後には、わたしは、彼女にいわれのない怒りを覚える自分に嫌悪を感じた自分をいとしく感じる自分を、恥ずかしく感じた。

 その直後には、わたしは、彼女にいわれのない怒りを覚える自分に嫌悪を感じた自分をいとしく感じる自分を恥ずかしく感じる自分を、いとおしく感じ……




 エンドレス




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る