第9話 ユニティ.orgとファースト・コントラクト
「『統一機構』…通称『ユニティ.org』、単に『ユニティ』という名でも呼ばれる事がありますが、それは各人や各社会集団に与えられた『1票』…人権に基づきその裁きが正しいか常に審査されています」と言い、どこからか取り出したように、急にメガネをつけて、また冷静な講義口調に戻る。
「そのように各人や各社会集団からの訴えを、『法』ではないのですが、俗称で『統一法典』とも呼ばれる『ルールブックス』を用いて統一機構の審判院は審判しています。そしてそれは、一番重要な成人になる15歳の時にほぼ誰もが正式に結ぶ『原初契約』、通称『ファースト・コントラクト』に反しないようルールは定められています」と述べ「ここ重要ですからね!」といつものメアリーの口調に戻って、ウィンクして言う。
「統一機構は、『国家』の時代で言うところの『司法権』に似た立場だと言う人々もいますが、基本的に全ては『国家』のような『法律』『憲法』で行われるのでなく、私達の自由なグローバルソサエティでは、あくまで個人としての『契約』に基づいています。」
「15歳成人になると『原初契約』に同意して正式な契約とするか、が求められます。ちなみにその原初契約の最後の第17条では、『各人が統一機構の審判院を紛争解決の管轄審判者とする』と同意しています」と、「ピレネーも15歳の時にしたことがあって、覚えていますよね?」と言葉を続ける。
「原初契約…ファースト・コントラクトに反しない限りの、ルールブックスに基づき企業やコーポレーションなどに特定のプロジェクトの実施を、各社会集団に執行を委託する事はありますが、立法も行政も担わず淡々と裁定を下すだけで、統一機構には実の所、権力はありません」とメアリーはすらすらと言う。
俺も2年前、捨て子なので拾われた日だが、成人とみなされる15歳の誕生日に、産まれた段階では仮契約している状態とみなされたいた「原初契約」への正式な同意を求められた。
条文は17条なので子供でも読めて、内容はそう難しいものでなかったので同意したが、同意しなかったらセキュリティランク制度にそもそも入れず、ブラックランクですらない立場になるらしい。
その場合は、「無契約者」として集落や都市にすら立ち入る事ができず、何の権利もないのでその場で殺されても文句が言えないという、恐ろしい契約だ。メアリーの「『ほぼ』誰もが」」ということは、同意しない人間もいるということなのか。
実は…どこか遠くなのか近くなのか、場所は全然知らないのだが、荒野のどこかなのか未開拓の山の中なのか、「無契約者」の集落というものがある、と以前ヨヨギ・ヴィレッジの酒場で流れの土木系レイバーが内緒話だと言って教えてくれたが…本当にあるのだろうか。
「その上で、各個人や各社会集団からの『ルールブックス』の新規制定や改廃の請求を受け、それをどうするかについての各個人や各社会集団の投票がネットワーク上で行われ、公正な票の行使がなされているかを判断するだけで、統一機構自体は政治権力を有していません」そう言い、メアリーは言葉をいったん言葉を切り、こほんとして続けた。
「それに例えば、15歳未満の未成年契約や脅迫による契約など無効や取り消しなどの、『契約の中の契約』である、原初契約…『ファースト・コントラクト』に反する契約でない限りは、各人や各社会集団どうしの『契約の自由』が原則です」と、またもや「ここ、レポートで大事ですからね!」とエミリーは付け加えながら言った。
「そう、そして、人々は、やっと『国家』から解放され、イデオロギーの呪縛も宗教の呪縛も無い、永遠の平和と繁栄を手に入れたのです」と、気が付くと各地の戦争からの復興の様子が目まぐるしく周囲に投影される中、メアリーは祈るような微笑みを浮かべ、復興の様子を慈しむように見渡し、「以上の歴史で、何か質問はありますか?」とこちらを微笑みながら向いて尋ねた。
俺は本当は「無契約者の集落ってあるの?」と聞きたいと思ったが、「いや、特に質問は…でも、『統一機構』から食料とか配給されているけど、あれはなんなの?」と俺はふと思いついた事を尋ねて誤魔化してみた。
メアリーは微笑みながら、「良い質問です」といい答えた。
「それは厳密には『統一機構』が行っているのではなく、ルールブックスで制定されずっと改正されてさた、現在の場合は、貧困救済プロジェクトver138.03に基づいて、統一機構が拠出金をそれに基づいて配分して委託したコーポレーションなどの社会集団に行われているものです。飢えの根絶を目指して制定されたものですね」と言い、付け加えるように続けた。
「これはレポートに出ませんが、ver1.00の成立は2042年1月20日で、提案した社会集団は『汎ヨーロッパ・ユーラシア社会統合戦線』です」と答え、「他に質問はありますか?」と尋ねた。
珍しい名前だが聞いた事ないな…と思いつつ、「その、『汎なんとか』って今もあるの?『イスト』の仲間?」と尋ねてみる。するとふるふると首を振ってメアリーが答えた。
「残念ながら2067年に内部分裂を起こして、3つの社会集団に分かれました。さらにその1つが分裂して2派に分かれ、それら4つの集団のどちらも正統な後継団体である事を主張しています」といい、「ええ、『イスト』とも俗語では呼ばれていますね。興味があるのですか?」と微笑んで言い、「他に質問はありませんか?」と尋ねられた。
「統一法典」…ルールブックスを、それより偉い決まりの「原初契約」、ファースト・コントラクトを踏まえながら裁くのは分かったが…やっぱり気になったため、尋ねてみた。
「確かに『国家』が暴力を用いて人々を支配していたのは想像できるよ。ただ、統一機構も、究極的には強制執行官とかで、暴力で強制するんじゃないのかな…?」
そう尋ねると、メアリーは「とても良いところに気が付きましたね!」と微笑んでどこからか出したメガネを付けてくいっとした。
「確かに強制執行官などは、武装するのも許されていますが、原則的に統一機構の各支社に属する各審判院の許可が下りない限り、非殺傷の無力化武具しか用いる事はできません」
「また犯罪や債務不履行で確保され、有罪となり損害賠償ができない場合は、本人の希望で統一機関名義の『被登記者』になる事が許された者などを、収容し被害の損害賠償や債務返済のため、一定の賃金で働かせる『レイバーキャンプ』は確かにあります」と言い言葉を切った。
「ただ、レイバーキャンプは一般的なイメージとは異なり、キャンプへの出入りは完全に自由で、かつての『国家』による『刑務所や強制労働収容所での強制労働』とは全く異なります」と一言一言を子供に言い含めるようにメアリーは語った。
「もちろんレイバーキャンプで働かない間は、弁済しなければならない損害賠償の遅延損害金がかかり続けます。また、返済し終わるまではセキュリティランクが停止状態、つまり『無契約者』と同じような立場になり、『人権』がないので、外で生きるのはつらいと思います」と今度は肩をすくめて首を横に何度か振りながら答えた。しかし、今度は一転して人差し指をを立てて名案が浮かんだような表情で、
「しかし、レイバーキャンプでは参加している間は金利は止まりますし、ルールブックスでは、レイバーキャンプの参加者は、社会の『共有財産』として保護されていて、それを『損壊』をする事は原則禁止され、レイバーキャンプ内では大切な共有財産として守られます。よってレイバーキャンプはあくまで保護施設なのです」とメアリーは、そして一転してまた明るく、「他に何か質問はありますか?」と尋ねてきた。
とりあえずは一応何となくわかったと思ったので、「あ、他には特にないかな。また質問が思いついたら今度質問するよ」と答えた。少々Diveに疲れてきた俺は、「ちょっと疲れてしまった。今日はここまででいいや」といい、メアリーは「分かりました」と微笑んでDiveから現実へと戻った。
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