第5話 「一票の重さ」と「人権」

 先述の炊き出しをしている「イスト」達に「委任状」を渡すのは論外として…ブローカーに売ったほうが臨時収入になり大きいのだが、どのブローカーに「委任状」一番高く売れるか、今のうちにアンテナを張っていないと、と考える。


 「委任状」とは、このあらゆる格差が大きい社会でも、「統一機構」、正式名称はかなり長いらしいが、通称「ユニティ.org」、まあ俗には「ユニティ」なり「オーガ」とも市民に呼ばれる、社会全体を統括する特殊な組織で、世界で原初契約とルールブックスに基づいて裁きを下す機構がある。


 ただし、それを間違えても人前で「政府」や「国家」などと呼ぶと、少し厄介な事になるが、それに参与する「人権」として与えられる一票を行使する権利を委任する同意を指す。つまり、票は売れる。


 そうその統一機構に対しての意思決定に参加できるよう、ブラックランクのようなのは例外として、誰でも最低1人1票を、俺達レッドにも平等に「人権」として付与されている。


 ただ、その基礎票の1票に加えて、統一機構への拠出金、社会信用ポイントと、セキュリティランクの負付加ボーナス票、社会的地位での責任、その他様々なものに応じて計算される付加票数がそれらの人々に付与されるため、ある意味本当に平等な1人1票なのは俺達レッドくらいだ。


 本来なら「人権だ」と票など与えられても興味がないが、ここには俺のようなレッドの1票や、ランクとしての付加票を合わせ最低2票持つオレンジの市民に対し、「投票権をすべて委任します」という「委任状」を買い取る契約をして集める様々なブローカーがいて、「委任状」はそれなりの値で売れる。


 毎年1回の各人への票の付与日は、俺達にとってはボーナスデーであり、貴重なマネー収入だ。今回のように臨時に付与される事もあり、有り難く買い取ってもらう事にする。


 話によると富豪なりメガコーポレーションなり様々な大きさの中小のエンタープライズや中小の各種グループが、ブローカーからさらに票を買いとるらしい。


 あとは「人権を持つ」と認められたAI、ルールブックス上は「電脳人」とも呼ばれるらしい、正式名称は確か、「Human Artificial Intelligence」、略称で「HAI」と略されるAIなどの存在が最近は台頭してきているようだ。


 そういった票が必要な存在にブローカーは買い取ったものを売って儲けている。そういった票を買える力を持つ個人なり法人なり電脳人なりの存在が、統一機構の運営についての権利をそれぞれの目的のために行使しているらしい。


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 例の様々な「イスト」の各団体も、炊き出しと引き換えなのか、理念に賛同してなのかは分からないが、とにかく委任してもらった票を、団体としての理念に基づき行使するらしい。


 実際問題、俺達が団結して投票をしたとしても、そう一致して行使するにしても、富豪やメガコーポレーションや中小のエンタープライズやHAI達が各付与条件で付与されている票数で既に相当な票数で、太刀打ちしようとする気が起きないだろう。


 一応は「イスト」達の言う話には、レッドとオレンジの票を足せば、票は過半数以上を占める事ができるらしいが、それは夢物語だ。誰だってそんな夢物語よりボーナスを選ぶ。


 だがまあその「委任状」のブローカーの買い取り相場が、今年は前回よりかなり下がったから、「イスト」達の炊き出しに結構人が集まっているらしい。


 そのためなのかは分からないが、それぞれの団体の「イスト」達は、「我々の訴えと投票の行使で、無料配給の味が改善された!」と、それぞれ自分のところの手柄だと訴えている。


 だが俺にはマネー収入が一番だ。無料配給の味が上がろうが下がろうが…まあ、上がった方がもちろんいいが、「イスト」達のやることは基本的に俺には関係ない。


 むしろ票を売らず、何かあった時にための総合保障保険などに入らず、まったく蓄えがないとどうなるかは、このゲットーの道端に無料の「診療所」では対応できなかった、死にかけ寝転がってる者たちを見れば嫌でも分かる。


 飲み干したエール2杯の代金を払い、俺はさてぶらつくかと酒場を出て大通りへの道へと扉を開いた。


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