第227話 「忘れたのか?」

 刀の里の者達が避難している洞窟内にも、グエルヤの魔力が引き起こした鳴動が伝わってきていた。


「きゃあーーーっ!」

「わぁぁぁ!」

「静まれ! この程度の揺れでこの洞窟が崩れることはない!」


 泣く子供達や動揺する母親達を宥めつつ、ルナ姐は思案する。


『……月鉱石が混ざってるんだ、少々の揺れではビクともしない、が……これ以上の振動がこないとも限らん。』


 里長として、全員の命を預かるルナ姐の判断は早い。


「皆、立ち上がれ! 裏出口に向かうぞ。」

「長、わるいやつがくるの?」


 泣きそうな顔で聞いてくる男児の頭を撫でながら、ルナ姐は微笑みかける。


「心配ない、悪い奴はリーバ爺がやっつけてくれるさ。」

「ホント?」

「ああ、本当だ。さぁ、急いで移動しよう。リーバ爺の邪魔にならないようにな。」

「うん!」


 男の子が元気を取り戻すと、他の子供達も一緒に立ち上がる。

 落ち着いた親達も子を伴って移動を始め、ふと安堵して周りを見ると、ルナが一人動かずに元来た道の方をずっと見つめていた。


「娘? どうした?」


 ルナ姐が我が子を抱き上げるが、ルナはそれでも道の方から目を離さない。


「……娘?」

「いま、だれかがいったの。『との約束は、もう破らせない』って。」

「約束?」


 ルナ姐には、娘の言っている意味がよく分からなかった。だが、なんとなく気に掛かる。そのには自分も含まれる、そんな気がしたのだ。

 幼子おさなごの戯れ言かもしれない。或いは、緊張と恐怖で幻聴が聴こえたか。そう考えてもおかしくないが、ルナ姐には何か大事な意味があるように思えた。

 だが、ルナ姐はかぶりを振って、里長の責務へと意識を戻す。


「……まずは、皆の安全だな。娘、行こう。」



  ― ◆ ―


「この揺れは……節操のない魔力だねぇ。」


 地底湖に出来たさざ波を眺めながら、エメルが呻く。

 外でリーバが対峙している相手は、武士のベテランの彼女でも今迄感じた事のないような強大な魔力の持ち主だった。その恐るべき魔力の齎す結果を想像して、額から冷や汗が流れる。


「リーバは大丈夫でしょうか?」


 同じく魔力を感じ、不安そうなケネット。

 だが、エメルは答えられない。想像を口に出せば、その通りの結果になってしまうような気がしたのだ。


 そんな二人の傍らで、リコは膝をつき湖に向かって、ただ、祈っていた。


『ビトーお願い、気づいて――早く戻ってきて!』


 それは、ビトーに頼りたい・縋りたいという思いからの願いではない。

 このままでは、ビトー自身の大切な者が奪われてしまう。それが、怖かった。

 だから、リコは祈る。ビトーの為に。ビトーが後悔し悲嘆に暮れることになってしまう前に、間に合うように。


《―――――!》

「……え?」


 リコの願いに、今、確かに誰かが応えた。

 それがルナの聞いた声と同じものだとは、この時のリコはまだ知る由もなかった。



  ― ◆ ―


「喰らってみるがいいさ。『真技・龍斬剣』をな。」

「真技? 面白い、まだ何かあるのなら、見せてみろ!」


 雷の結界の中で、対峙する強者二人。

 片や、満身創痍、余力僅かの獣人。

 片や、最強の鎧を纏った、本領発揮の魔人。

 周りで見守るだけしか出来ない者達にも、明らかにリーバの分が悪いと分かる。


 それでも、リーバの眼は死んでいない。

 その戦いを、生き様を、最期に弟子達に見せてやるつもりだった。


『残りの魔力では、真技を使えるのは一度きり……全く、無茶な賭けだぜ。』


 リーバはギャンブルが嫌いだった。地道に積み重ねていけば辿り着くであろう処に、一発逆転で行こうとするその根性が気に入らない。金でも、力でもだ。

 だが、そんな彼でも今は、今だけはこの一発に賭ける。

 逆転を、などとは思っていない。そんな都合のいい奇跡は起こらない。

 只、次に戦う者ビトーの為に少しでもダメージを残せたら。いや、せめて、体力を消費させられれば。いやいや、多くは望まない、時間を少しでも稼げれば。

 ――リーバの覚悟は決まっている。


「いくぜ! 真技・龍斬剣!――」

「ハハッ!」


 前傾姿勢から、リーバが出足鋭く飛び出す。

 当然、グエルヤはその速度も見切って、槍を合わせる。


龍腕断りゅうわんだち・霽月せいげつッ!!」

 

 寝かせていた刀を半円を描くように振り上げ、そのまま斜めに斬り下ろす。


突撃槍円斬ランスザッパー!」


 グエルヤも似たような軌跡で槍を振り、リーバとは左右逆の方向から振り下ろした。

 剣速は、互角。

 まるで二人で✕字を作るように、刃と刃が中央でぶつかり合う。


「ガウアァァァァァァァァァァ!!」

「フハハハハハ!! これだ、これこそ俺の望んでいた――」

 

 凄まじい威力と威力の衝突で、二人の姿が眩い光に包まれる。


「ううッ!?」

「先生!」

「せんせーーーい!!」


 雷唵陣ライオンジンがあるため、その衝突の余波は周りの者達までは届かない。

 逆に、閃光で視えないその結界の中は、溢れ出そうとする魔力とそれを抑えようとする雷光で、地獄絵図となっていた。


『先生は、これも見越して雷唵陣を張ったのか…!』


 フキは、リーバの覚悟に戦慄を覚えた。

 例え自分の剣で勝てなくても、結界に蓄積された魔力の暴発で一矢報いるという、強い気迫。

 敵の技の威力まで利用しての、自爆技だった。

 だが、それも長くは続かない。結界を張っている者の力が尽きれば、当然法術は消える。


   ドゴオォォォォォォォォォォォ!!


 雷唵陣の中で昇華しきれなかった分のエネルギーが、爆風となって全方位に吹き荒れた。


「く!」

「うぅ、うわぁぁっ…!」


 その魔力の嵐を受けて、未熟な者は吹き飛ばされて周囲の木や岩に叩きつけられる。

 フキと幾名かの武士は、その場で留まり続け、爆風の中心へと目を凝らす。

 フランもまた、水法でガードしつつその場に残っていた。

 そして風が収まり、砂煙が晴れていく。


「………先生っ!」


 中心で肩で息をしながらも、一人仁王立ちしているのは、グエルヤ。

 その足下で、リーバが倒れていた。右肩から下…右腕全体が、無い。斬り口からどくどくと血が溢れていた。


「先生!」

「畜生、よくも!!」


 獣人達が飛び出すより先に、フランが動く。


水法ロマ・エラスヴェ!」

「ハァ、ハァ…今更、法術の波だと?」


 息を荒げているグエルヤに、津波が迫る。

 反射的に跳び下がるが、波はそれ以上ついて来ない。

 引き潮のように退がっていくと共に、その波の上にリーバを乗せ、フランの方へと引き戻していた。


「始めからそれが目的か…む!」


 グエルヤへ飛び掛かったフキが、大上段から斬り掛かる。


「竜角折り!」


 既に魔力を使い果たしているフキには、法技は使えない。

 通常の竜斬剣は、残念ながらグエルヤの魔力の手甲で軽々と受け止められてしまう。


「くそ!」

「そんな撫でた程度で、斬れるかよ!」


 突撃槍を大きく振ってフキを弾くと、その剣圧だけで他の武士達も跳ね返された。

 倒れる武士達を見下し、グエルヤは吠える。


「貴様らなんぞ、この戦いの余韻を台無しにするだけだ! すぐ、消してやる!」

「させるかよぉぉぉぉ!」


 そこになんと、チロロが叫びながら、空中を高速で飛翔し向かってくる。

 ……実際には、飛んでいるのではなく、ナザリの鎖で反対側から引っ張られていた。


「何だ? 女?」

風法・ストラール!!」


 空中を飛び接近しながら、チロロは左手を開いて突き出し、風法を繰り出した。

 竜巻状の激しい風が、グエルヤに襲い掛かる。


「チィ、この程度で!」


 竜巻は並の魔人なら飛ばされるほどの威力だったが、グエルヤは微動だにしない。

 だが、チロロの狙いはグエルヤの動きを封じその場に留める事だった。

 風法がブレーキとなって急着地したチロロは、まだ続いている竜巻の中に、今度は右手で発した雷をぶち込んだ。


雷法・アルドリィド! くらいやがれぇぇぇぇ!!」


 攻撃法術を連続して使うと、テンションが上がるのか口が悪くなってしまうチロロ。

 その右手から発された雷球は、威力重視だがすぐ放電してしまう為、普通なら至近距離でしか使えない法術だ。

 だが、竜巻で無理矢理拡散を抑えられ、暴風と混じりながら風雷の大砲となってグエルヤに迫る。


「なんだこの法術は!?……ぐぁあ!」


 荒々しい暴風と雷光双方を喰らい、鎧がありながら痛みを感じた。

 

『この魔力の鎧をもってしても、ダメージを与えてくる法術だと?』


 そもそも法術は、魔装に対しての効果は物理攻撃よりは高い。

 それでも、魔装のレベルが上がると、通じなくなってくる。ましてや、グエルヤが纏っているのは心器を鎧化したものだ。並の法術など、通る筈もない。

 だが、チロロは二つの法術を組み合わせることで、僅かではあるがグエルヤに痛みを覚えさせた。それは、人族の法術士がまた一つ高みへと進歩した瞬間だった。


『あの法術は危険だ。広まる前に、使い手を抹殺する!』


 魔人族の本能からくる警鐘が、強者をより増やすかも知れない者を生かしておきたいという個人的欲望に打ち勝った。

 グエルヤは、チロロに狙いを定める。


「ウチの団員をやらせるか!」

「させない!」


 波で戻ってきたリーバを受け止めたフランが、今度は自らグエルヤに斬り掛かる。

 更にはナザリが、鎖のついたクナイを狙い撃つ。

 その全力の法術刃も、死角からのクナイも、超反応で躱し切るグエルヤ。


「どいつもこいつも、蝿みたいにたかりやがって!」

『多少消耗はしているが、負傷は無いか…なんて鎧だ!』


 爆発の時、グエルヤは心器の出力を最大まで高め、鎧の防御力に全振りしていた。その防御力はあの至近距離での魔力の暴発にも耐えきるものだった。


「纏めて寝ていやがれ!――はぁッ!!」

「ああぅ!」

「うわぁ!」


 グエルヤが鎧から巻き起こした波動を浴びて、まるで正面から丸太をぶつけられたように跳ね跳ぶフランとナザリ。そしてその余波は離れているチロロにも及んだ。


「きゃあ!」


 チロロは頭を打って気を失い、ナザリも至近距離で真面に喰らって身動きが出来なくなる。

 フランも咄嗟に水法で防御したものの、強い衝撃を受けて転がり、横たわるリーバの処まで戻されていた。


「う、う…フランか。」

「先生、意識がっ」


 フランがぶつかった事で、リーバの朦朧としていた意識が戻る。が、もう立ち上がる力も残っていなかった。


「か、刀は…」

「先生、動いては駄目ですっ!」


 焦ったフランが自身も痛みを堪えながらリーバの体を押える。だがリーバは無理矢理身を捩って刀を探す。

 雷鳴ノ夜はすぐに見つかった。失った自分の右手に掴まれたまま、転がっていた。


「ハ、あれでも、折れねぇたぁァ、流石はミツキ姐の刀だぜ……ぐ、ガハッ」

「先生!」


 大量の血を吐き出し、自分に死が迫っているのを悟るリーバ。

 そこにグエルヤが近寄って、獅子の巨体を見下ろす。フランが抵抗しようとサーベルを掴むが、それをリーバは首を振って止めた。

 周りの者達も、動けない。それほど、心器による攻撃は深く強い。意識のある者は、先生リーバを助けられない悔しさに身を震わせながら、見守るしかなかった。

 

 だがグエルヤはすぐには攻撃せず、存外静かに話し掛ける。最期のやり取りのつもりだった。


「あの魔力の奔流でも死に損ねるとは、見た目通り頑丈だな。」

「……テメェこそ、俺を陣の中で殺しきれねぇたぁ、詰めが甘いじゃねぇか。」


 あの✕字の衝突の直後。

 さっさとリーバにとどめを刺して雷唵陣を解除出来なかったのは、ぶつかり合った時の真技の威力で、グエルヤの両腕が痺れていた為だ。そのため、防御に集中して魔力の暴発に耐えるしか無かったのだ。

 その荒獅子の強さとしぶとさは認めるグエルヤだったが、横たわりながらもあまりに穏やかな表情をしている事を、不審に思う。


「……貴様が力を出し切って満足なのは分かるが、これから待つのは仲間達の死だぞ。そんなに安らかな顔をしていてイイのか?」

「フン、確かに俺は死ぬだろうが、弟子達は死なないさ。死ぬのは、テメェだよ。」

「なに?」

「……忘れたのか? お前らが、誰を探して遥々この秘境まで、やってきやがったのか。」


 そう、リーバは全てを諦めたから取り乱さないのではない。と信じているから、落ち着いているのだ。


  ドゴォォォォォォン!!


「!?」


 リーバの言葉と同時に、響き渡る激しい爆発音。

 その音が聴こえた時にはもう、グエルヤの目の前に迫るがいた。


「真技ッ! 龍斬剣!!」

「竜斬りかッ!」


 突如現れた竜斬りビトーの放った、爆音が鳴り響くほどの蹴りで加速した突き。

 受け止めた突撃槍との間で、激しい光が明滅する。

 だが、それも一瞬。


「なっ…う、うおぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 グエルヤは突きの凄まじい威力に押し負け、驚愕の叫び声を残して、そのまま背から森の奥へと突っ込んでいった。


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