第228話 ビトーの力④

 グエルヤを吹っ飛ばした方向を、刀を構えたまま睨むその剣士は。


「ビトー!」


 大きな声を出すのも苦しい状態でありながら、フランがその名を叫ぶ。

 振り向いたビトーは、直ぐにリーバとフランの下へ駆け寄った。


「先生、フラン。」


 そしてリーバの傍らにしゃがみ込み、上着を脱いで裂き、傷口を止血する。


「先生、――ごめん、俺が遅れたせいで。」


 唇を噛み締めながら、周りを見渡す。

 負傷し、力尽きた仲間達が倒れている。フキやチロロの姿もあった。


「――! フェイと、マルティンの魔力を感じない……あの野郎ッ!!」


 額に幾本もの青筋を立て、ビトーから怒気が溢れ出す。

 それは、仲間であるフランさえも思わず震えるような激怒だった。


「落ち着けビトー。二人は生きてる。怪我は負ったが、大丈夫だ。」


 リーバが、子どもに語り掛けるような口調でビトーを諌めた。


「先生。」

「俺も、心配ない。腕は失くしちまったが、死にゃあしない。ちょっと疲れて立てないがな。」


 それが嘘であることは、戦いを見守っていたフランには分かるが、リーバの意図を理解して何も言わない。


「ビトー、冷静になれ。そうすりゃあ、お前はあんなヤツには負けん。」

「先生、俺は…」

 

 何かを察して悲痛な顔するビトーに、リーバは父親のように優しく笑いかける。


「……その朧月夜は、刀だ。遠慮はいらん。……見せつけてやれ、ビトー。お前の真の力を。俺達の龍斬剣の、真の極致を。」

「――はい、先生!」


 師の後押しを受けて、ビトーが立ち上がる。涙はない。

 只、自分のやるべきことをやるだけだ。


「野郎が戻ってくるぞ。……怒りで視野を狭めるな。感覚を拡げろ。そして、野郎を斬り裂く――」

「「意識の牙を剥け!」」


 大きく頷き、気合いを入れ直したビトーは、もう振り返ることなく走り出す。

 その後ろ姿を、霞んでいく視界で見送るリーバ。


『……お前は、自慢の弟子だ。今までありがとな、楽しかったぜ………あばよ……』



  ― ◆ ―


「はあッ!!」


 自分に降り積もった土や倒木を気合いで跳ね除けて撒き散らかし、グエルヤが立ち上がる。


「竜斬りめ、ディーディエに負けた割りにはやるじゃないか。…む!」


 前方から猛スピードで迫ってくるビトーを見留みとめて、警戒する。

 そしてビトーはあっという間に数mの距離まで来ると、ピタリと立ち止まった。


「わざわざ迎えに来てくれたのか。それとも、動けない仲間のためか?」

「お前を一時でも長く生かしておきたくなかっただけだ。」


 内包する憤怒を表に出さず、朧月夜を抜くビトー。

 同時に、その刀身が蒼白い耀ひかりに包まれる。


『魔力刃か。だが、大した魔力量ではないな。』


 ビトーの魔力を感知し、荒獅子を超えるものではないと把握するグエルヤ。

 警戒していた表情にも、余裕が表れる。

 対して、ビトーは目の前のグエルヤの強力な魔力を感じながら、顔色一つ変えない。


「一つ、聞いておきたい。お前らの狙いは俺の筈だ。何故、里の皆に手を出した。」

「愚問だな。俺達は、魔人だぞ? その本能は闘争だ。そこに強者がいるのなら、捻り潰して上を行く。それだけだ。」


 薄ら笑いを浮かべて言い放つグエルヤ。そこに、他者の尊厳への思いは無い。

 魔人以外の種族、いや、仲間の魔人さえ駒や踏み台に過ぎなかった。自らの強さだけを追い求め、その為なら他を踏み躙っていく男。それがグエルヤだった。


 強さを追い求める者――ビトーは、自分と死闘を繰り広げたもう一人の魔人を思い出す。



《俺は、お前と闘いたいだけだ。町の人間にもお前の仲間にも手出しはしないさ。》

《流石だぞ、ビトー! やはり貴様は、命を懸けて闘うに値する男だ!》

《俺の力とお前の力、どちらが上か………勝負!》



「――違うな。お前は、あいつとは違う。少なくともあいつは、いつも正面から挑んできた。闘いに、誇りを持っていた。……お前はただ、手に入れた強さで自分の残虐な欲望を満たしたいだけだ!」

「あいつ?……ディーディエか。そりゃあ、あいつとは違うさ。あんな弱者と一緒にされては困る!」


 グエルヤはせせら嗤いながら、突撃槍の魔力を高めていく。


「強さを目指すのに、欲望以外に何がある! 偉そうに講釈垂れながら、一撃で終わりなんてやめてくれよ。俺を、存分に愉しませてくれ!竜斬り!」


 ビトーも上段に構えた。魔力を集束し、刀身の耀が限りなく細くなっていく。


「――真技・龍斬剣。」

「そうだ、それでいい! 戦いで雌雄を決すればいいだけのことだ!」


 突撃槍を向けビトー目掛けて、グエルヤがラッシュをかける。


「くらえ、戦騎アリュディの突撃槍アリュディ・ランス!!」

龍腕断りゅうわんだち・霽月せいげつ!!」


『さっきの荒獅子と同じ技だが…やはり、魔力は俺が遥かに上だ!!』


 糸を引くような光跡を描きながら、振り下ろされる朧月夜。

 グエルヤは、リーバの時より更に魔力を篭めた突撃槍で、粉砕するつもりだった。


    ズバアァッ!!


 刹那の交錯、そして勢いのままお互いを通り過ぎる二人。


「終わったァ!……あぁ?」


 勝利を確信した途端、急に右手が軽くなった感覚に、グエルヤはバランスを崩しかける。

 見ると、右手から心器が無くなっていた。――いや、右肘から下が無くなっていた。


「な、なにィ!!? ――うぐあ!」


 一瞬遅れて噴き出す血を、反対の手で押さえる。何が起こったか理解出来ない。だが、焦りながらも後ろを振り向く。

 とうに振り向いていたビトーは傷一つ負っておらず、切っ先をこちらに向けて構えていた。

 龍斬剣の鋭い斬撃が、グエルヤが気付くより早く、心器ごと右腕を斬り飛ばしていたのだ。


「ば、馬鹿な!? 俺が打ち負けたのか? ヤツの魔力は、俺の五分の一も無いんだぞ!?」


 グエルヤは、圧倒的に魔力が上の自分が、斬り負かされたのが信じられない。魔力だけじゃない。速度でも腕力でも、自分が勝っていた筈なのだ。


 ビトーは、朧月夜に認められて新たな主となったが、だからといって劇的に魔力が上がったり、能力が向上した訳ではない。

 単に、「今までやりたくても出来なかった事を出来るようになった」だけだ。


 真技・龍斬剣は刀身に魔力を流し、斬撃の威力を高める。だが、今までの愛刀・大鋼では、全力の魔力を流す事に耐えられない。使うには、力をセーブするしかなかった。

 だが、朧月夜は違う。ビトーの全魔力を何度吸い取っても平気だったように、魔力刃を使ったがために崩壊するような事は有り得ない。


 そして。ビトーは歴代の武士の中でも突出して、魔力操作が巧みだ。

 より繊細に、一点に、体内の魔力を集めることが出来る。以前、里に居る時からも優れていたが、これまでの戦いの日々で、その精度は極限にまで研ぎ澄まされていた。

 その魔力操作で、朧月夜の刀身、その刃、更にその僅か一ミリの刃先に、魔力を集束した。光が細くなったのはそのためだ。そこまでの集束は、リーバにさえ不可能だった。

 限界まで魔力を集束した事で、今までと同じ魔力量でも、その威力・斬れ味は飛躍的に向上していた。グエルヤの心器を、ものともしない程に。

 

「――なんだ、に言い返してたクセに、大したことないな。」

「ぐ! きさまぁ〜!」


 失った腕の代わりに黒い光が伸び、肘から生えるようにして心器が再び精製された。


「フン、残念だったな! 心器は魔力の塊そのものだ! 核がある限り何度でも作り出せる!」

「――どうでもいい。」

「は?」

「どうでもいいんだ、そんな事は。お前がくたばるか、とっとと逃げ出すか。それだけだ。」


 どっちにしろ、「お前は俺にやられるしかない。」冷めた顔のビトーにそう煽られ、グエルヤが激昂する。


「舐めるなよ! 俺は、『商団』特務隊長グエルヤ! この時代で、初めて『王の領域』に辿り着く者だ!」

「だから……どうでもいいって言ってんだよ、そんなことは!!」


 自分を凌駕する怒気に晒され、グエルヤが慄然とする。

 それはまるで、野獣に狙われた哀れな小動物の気分だった。

 それを僅かにでも感じた屈辱に、グエルヤがまた吠えた。


「〜〜ッ!! 認めるか! 俺が、この俺が、人間に慄いたなどと! あるハズがない!」


 全身から黒い陽炎が立ち昇り、今までで最大級の魔力を発揮する。

 そのグエルヤの様子を眺めながら、ビトーは表情を変えない。相手を蔑んでいるのではない。努めて冷静に、先生リーバに言われたことを守ろうとしていた。


『感覚を拡げろ! 意識の牙を剥け!』


 魔力に依る身体能力向上を加味しても、速度ではグエルヤが断然に上だ。

 ビトーは魔力感知を最大にして、汎ゆる攻撃に対処するしかない。

 怒りはある。だが、怒りで心を染め上げる訳にはいかない。そんな場合ではなかった。

 

「死ねッ!」


 魔力を充実させたグエルヤが超高速で突進する。破壊力の篭った、鋭い突き。

 しかし、突撃槍という大型武器の形状からなる攻撃は、ビトーには読み易かった。

 槍を寸前で左に躱し、そのままカウンター気味に斬る。


「龍尾薙ぎ・彗月すいげつ!」

「ぐぅっ、おのれ!」


 グエルヤも反転して避けた為に直撃には至らなかったが、鎧の脇腹部分に大きく亀裂が入った。

 裂け目から黒い煙が出て忽ち鎧を復元するが、その分の魔力は消費している。


無敗鎧ウィガルゥを斬り裂くだと!? なんなんだコイツは!』


 信じられない、理解を超えている、という表情しながらも、攻撃の手を緩めない。


突撃槍連破ランスラッシャー!」


 大振りでは不利とみて、加速ではなくその場で連突きを繰り出す。

 だが、その尽くをビトーは魔力刃で流麗に受け流していく。


『凄い刀だ、朧月夜。まるで体の一部のように魔力を操れる!』


 洞窟内で何日間も言う事を聞かないじゃじゃ馬であったのに、今は手足と同様に使いこなせる。

 感動すら覚えるその反応の良さを、ビトーは朧月夜の意思として受け止めていた。


「任せろ、お前の願いも叶えてみせる! で、なんとかする!」


 ビトーの言葉に答えるように、朧月夜がその耀を瞬かせた。



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