第147話 手を振るあなたへ

 リューベ王宮の貯水池に架る三つの橋の一つ、南側の橋。

 橋の袂に馬車が停まっており、そこには旅支度を終えたビトー、フェイ、マルティン。そして、それを見送る者達がいた。


「これ、ありがとう。前のがボロボロだったから、助かったよ。」


 ビトーは、自分が着込んでいる新しい竜革の鎧を指して、礼を言う。


「礼には及ばない。それよりも、キミ達がやり遂げてくれた事の方が遥かに大きい。恩に着るよ。」


 ロトリロの騎士の代表として、ルイジールが礼を返した。


 フランとジェリンピオの試合から三日。ビトー達は、旅立ちの時を迎えていた。

 レオーネ達メノテウス公国の一行は、二日前に既に帰国の途についた。ビトー達と違い、公国をいつまでも留守にしている訳にはいかない立場だからだ。


「何かあったら、遠慮せずに来いよ!」


 レオーネは明るく言って去っていった。

 何故だか分からないが、ビトーも、そしてレオーネも、やがてその時が来るであろう事を、なんとなく予感していた。


 その同日にポーリとジェリンピオも騎士団の再編の為、一旦、旧第三騎士団の駐屯地に戻っていった。その際、同じ方角のアルマンド市に戻るフラッツ・ナンシーニェ侯爵も出発したのだが、父親のバーロも半ば強制的に一度連れ帰る事になった。


「嫌じゃ、ワシは王都に残る!」

「駄目だ、ここに一人残していたらまた女性に不誠実な態度を取るからな!」

「まだキスしかしとらん!」

「そう云う問題ではない!!」


 息子の拳骨を受けて漸く大人しくなったバーロは、カナやファービィにハンカチを振りながら泣く泣く故郷へ帰っていった。

 その事を面白可笑しくビトー達に話して聞かせているのは、新しい騎士服に身を包んだメレッテである。その肩には、青い薔薇の紋章が入っていた。


「メレッテも、『薔薇の騎士団』に入ったですぅ?」

「ええ、そうなんですよ! 少数精鋭の騎士団に入団出来るなんて、大変光栄です!」


 メレッテが相好を崩して喜ぶ。第三騎士団への未練より、新騎士団加入の嬉しさの方が勝っているようだ。

 そこに、同じ薔薇の騎士服のフランとルカがやってくる。


「済まない、申し送りで遅くなってしまった。」


 謝るフランを、ビトー達は笑顔で迎えた。


「大丈夫、そんな待ってないよ。」

「ルカ、似合ってるぅ〜!」


 リリアンが、初の騎士服を着たルカを褒める。

 

「あ、ありがとうございます。」


 照れながら頭を下げるルカ。その頭の上の三角帽子も新調して、薔薇の紋章が入っている。

 リリアンと引率のラネルカは、当初の予定通り王都リューベの法術学校に短期留学する事になった。ラネルカは一応、事の次第を本国トゥルコワンに報告はしていたが、特に帰還命令が出なかった事に安堵していた。


「リリアンのせんせー。」


 ラネルカは予想外にビトーに呼ばれ、少々驚く。


「はい、何でしょう。」

「…リリアンのこと、よろしく頼みます。」


 ビトーは多くは語らないが、彼がリリアンの大きい…大き過ぎる魔力の事を心配しているのは伝わった。

 ラネルカは、しっかりと頷く。


「勿論です、大事な生徒ですから。」


 それを聞いて嬉しそうなリリアンに、ルカも安心していた。

 そんなルカに、フランが耳打ちする。


「心配なら、お前も残ってもいいぞ?」

「な、何を…僕は絶対ついて行きますよ!?」

「冗談だよ。…最近やられてばっかりだったからな、やり返した。」


 ニヤリと笑みを浮かべたフランに、ルカは言い返せず。帽子を深く被り込んで、赤面を隠した。


「ささ、では揃ったところで行きましょうか!」


 メレッテが意気揚々と馬車に乗り込もうとするが、それを全員が静止したまま眺める。


「………あ、あれ、乗らないんですか?」

「いや、馬車には乗るが…メレッテは、連れて行かないぞ?」


 フランの言葉に、目を白黒させるメレッテ。


「だ、団長!? 私も『薔薇の騎士団カヴァリエリ・デラ・ローザ』の一員ですけど!?」

「うん、それはそうなんだが…ビトー達に同行するのは、私とルカと、法術士のチロロだけだぞ。」

「えぇ!!?」


 女王直下 『薔薇の騎士団』に所属するのは、騎士・法術士合わせて11人。

 そして早速、女王アレッサンドラより魔人の情報を探る指令が出た。

 そのうち3人が魔人出現情報のあったノルクベストへ派遣、3人がデフェーンとの国境付近での奴隷商騒ぎに魔人の関わりが無いかの調査、3人が魔人を追うビトー達に同行して協力しつつ情報収集。残り2人が、王都にて各々から送られてくる情報の取り纏めと、女王への報告、である。

 まさに少数精鋭の、特殊隠密部隊であった。


「で、メレッテは、王都居残り組なんだが……なんで聞いてないんだ。」

「あ、えーっと……なんででしょう??」


 一昨日の結成式において、当面の行動は全員に周知した筈であった。

 ……が、『薔薇の騎士団』に入れた事に浮かれすぎて、メレッテは聞き流してしまっていたのだ。


『あ〜あ、やっぱり聞いて無かったんだ…』


 ルカは実は結成式の際、終始ニッコニコでお花畑気味だったメレッテに、もしかしたら耳に入ってないかもと危惧はしていた。

 しかし、本来であればその場で注意して気を引き締めさせる団長が何も言わなかった為、多分大丈夫なんだろうと思ってスルーしていたのだ。


『実際は、なんてことはない、フラン様も浮かれてメレッテさんの浮かれ具合に気付いてなかったんですね……』


 結成式の際、女王自らの下知で「ビトーに同行するように」との任を受けたフランは、その時点で超ご機嫌状態スーパーハイテンションだった。

 ちゃんと結成式や、それぞれのメンバーへの任務は伝えたが、メレッテの浮かれに気付く程、研ぎ澄まされてはいなかった。

 メレッテに文句を言いつつ、その事に自ら気付いたフランは、あんまり強く注意出来ないでいる。結果、メレッテはそれほど怒られる事無く、任務忘れの失態から逃れられたのだった。



  ― ◆ ―


 橋を渡る馬車は大きく、ビトー達全員が一度に乗り込めた。

 ビトー、フェイ、マルティンの3人に、フラン、ルカ、そしてチロロの『薔薇の騎士団』3人の、計6人だ。


「初めまして、元第一騎士団所属でしたチロロ・ビレーです。」


 ルカの隣に座る新顔のチロロが、ペコリと頭を下げた。騎士服ではなく、法術士の法衣を身に纏っている。体格は小さく、背はルカと同じくらいの女性法術士だった。髪は所々青色が縦に入った金髪で、その不思議な髪色は法術の研究の影響で偶然になったという。


「ちっちゃくて可愛いですぅ!」


 対面に座るフェイが、手を伸ばして法衣ローブの上から頭を撫でる。


「わ、わわっ」

「フェイ、歳下だと思ってるのかもしれんが、チロロは私と同期だぞ。」

「はえっ!?」


 驚いて手を引っ込めるフェイ。

 見た目はルカと変わらないくらいの女の子に見えるチロロだが、フランと同い年の24歳。歴とした大人の女性だった。


「……ロトリロの人は歳が分かんないですぅ。」

「確かにな。」


 隣のマルティンも笑いつつ、頷く。

 フランの母アンチェも、姉と言っても通じる若さだったし、女王アレッサンドラは年相応の見た目とはいえ、しっかりし過ぎていて大人の風格があった。


「チロロは三つの系統の法術が使える、第一騎士団でも一、二を争う法術士だったんだ。きっと活躍してくれる。」

「へぇ、凄いな。」


 素直に感心するビトーが、チロロをまじまじと眺める。

 その視線から、両手で顔を隠して逃れるチロロ。


「だ、団長、あんまり上げないでくださいよ〜〜。期待が怖いです〜。」


 馬車の隅で震えるチロロを、ビトーとフェイは口をあんぐりと開けて見つめ、マルティンは呆れながらフランに聞く。


「……大丈夫なのか、これ。」

「心配ない。戦場ではバンバン法術を使うからな。」


 元々同僚だったフランが言うのなら、問題無いのだろう。そう思い込んで、不安を消そうとするマルティン達であった。


「………ん?」


 と、急にビトーが何かに気付いたような顔をして上を向く。


「どうしました?」

「ああ、ちょっと――このまま、馬車走らせててくれ。」


 言い終わらないうちに、ビトーは扉を開いて外に飛び出した。



  ― ◆ ―


「今日は、実にいい天気だな。」


 アレッサンドラが、窓の外を眺めながら呟く。周りには遮蔽物は無く、何処までも広がる青い空が展望出来る。……が、彼女は空を見ていない。

 視線は下。広がる王宮の端。

 その端から王都の街へと繋がる、橋の上を行く馬車である。

 

 アレッサンドラがいるのは、水の精霊像の中、最上層の一室である。

 そこは、フランが閉じ込められていた部屋とは階段通路を挟んで反対側にあり、精霊像の顔の中に位置する。ちょうどその瞳の部分が、透明度の高い水晶の窓になっていた。


「………ふぅ。」


 大っぴらに外まで見送りに出る事も出来ない。女王とは、なんとも不自由な立場であろうか。アレッサンドラは珍しく、そんな風に嘆いていた。

 仕方なく、一番長く見送る事の出来る精霊像まで登って来たのだが、離れていく馬車はまるで手乗りの玩具のようなサイズに見え、余計に切なさが募ってくる。


「…まあ、こうやって気付かれずに静かに送るのも、乙なものだろう。………ん?」


 突然、見ていた馬車の扉が開き、その屋根を掴んで逆上がりするように、誰かが馬車の上に登り立つ。


「!……ハ、ハハハ…鋭すぎる魔力感知というのも、考えものだな。折角、浸りながら見送っていたものを。」


 馬車の上で彼は、水の精霊像の顔に向けて、両手を大きく振っていた。

 それに合わせ、彼女も小さく片手を振った。見える筈も無いのに。

 だが何故か馬車の彼は、反応したようにより大きく飛び跳ねながら、全身を使って手を振り出した。彼女は、それを見て軽く吹き出す。


 馬車が橋を渡りきり、王都の街並みに消えるまで、二人はお互いに向けて手を振り続けていた。


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