第121話 一騎討ち

 フラン達が砦壁から地上へと降り立った時、既にビトーの姿は無かった。


「アイツ、もう特攻していったのか?」

「違うです、右から大きく回り込んでるみたいです。」


 ペロザ砦と枢機卿軍の間は、なだらかな斜面で、短い草木や小さな岩などはあるものの、行手を遮る物は無い。

 そして、ペロザ砦は主に『下から上へ』と登ってくる敵を想定している為、下向きには砦周辺に塹壕や柵を用意しているが、山頂から砦に向けて来る場合、砦側を守る物は何も無く、守護するのは砦自体の壁のみである。よって、枢機卿軍に近付くにしても、隠れる場所は周辺には無いのだ。

 それでも、砦と王都を結ぶ道を外れれば、森もあれば岩場もある。道の周りに陣取る枢機卿軍を欺くため、ビトーは砦から見て右側の森を進んでいた。


「こっちはどうする?」

「ビトーのような速度は出せないからな。開戦まで待とう。」


 下手に迂回していたら、その間に敵が前進して、先に砦に辿り着いてしまう事もあり得る。フラン達は、相手が動き出してから混戦に乗じて近付く事を選んだ。


「ビトーも待ってもいいのにな。なんか張り切ってるな。」

「一刻も早く、黒マスクの脅威を打ち払いたいのだろう。あれが戦場に出てくると、拙いのは確かだ。」

「アレっしゃんのためにも、早く王都を取り戻すって言ってたですぅ。」


 フェイが中庭での会話を話し、マルティンが納得しつつ、息を吐く。


「女王様の為、か。アイツ、女子供には弱いとこあるよな。」

「……陛下のためもあるだろうが、それだけでは無いだろう。」


 フランは、先程ビトーを呼びに行った時の事を思い返していた。



  ― ◆ ―


 フランは眠っているビトーを迎えに行く為、駐屯兵用の宿舎を訪れたがそこには居なかった。

 別箇所を探す為に中庭に出ると、ちょうど、病室のある棟から出てくるビトーを見つける。

 駆け寄ると、ビトーも手を振って応えた。


「ビトー、ここに居たのか。」

「ああ、ルカのお見舞いにな。」


 それを聞いて、フランは立ち止まる。


「……会ったのか?」

「いや、起きたって聞いて行ったんだけど、また眠ってたよ。俺もさっきまで寝てたし、仕方ないか。」


 会えなかった事に、少し残念そうに頭を掻くビトー。

 そして、何も言わないフランの、複雑な表情に気付く。


「起きた時、フランは会いに行ってないのか?」

「……ああ。恥ずかしながら、何と言って声を掛ければいいか、まだ分らなくてな。あるじ失格だな。」


 自嘲するフラン。その中では、ルカに対する心配や申し訳なさ、主としての責任など、様々な感情が渦巻いていた。

 そんなフランを元気づけようと、ビトーは大袈裟に明るい表情を作る。


「なら、寝顔だけでも見とくか?」

「いや…今は、いい。折角ならこの戦いに勝利して、その報告をしてやりたい。」

「そっか。じゃあ、絶対に負けられないな。」


 フランの意気、そして想いに寄り添うように、ビトーは普段より柔らかな、優しめの声色で言った。

 フランは少しだけ、楽になったように思えた。



  ― ◆ ―


 見張り台の上で、ポーリと参謀達は相手の動きが読めず苦心していた。

 枢機卿軍の半円攻撃陣は、既に完成している。常識的では無いとはいえ、前進する為の陣形だ。そのまま矢を放ちながら向かってくると思っていた。

 しかし、敵軍は矢の射程圏外のところで静止してから、暫く動く様子がない。


「…何を企んでる? 持久戦にするなら、密集した攻撃陣ではなく砦を包囲する陣を敷く筈だが…」

 

 その時である。


「ぐぁ!」


 見張り台の下の砦壁に配置していた兵士が、矢に射たれて倒れた。


「な、なに!? まだ射程の外では…」

「団長! 矢が、矢が飛んできます!!」


 見上げれば、敵軍から放たれた無数の矢が弧を描きながら迫ってくる。


「盾だ! 急げ!」


 兵士達は弓に替えて長方形の大盾を持ち上げ、矢に備えるが、間に合わなかった者達が犠牲となる。


「ぎゃ!」

「うぐぅ!」


 距離が距離だけに盾を貫通まではしないが、革鎧は貫いてくる威力があった。


「なんだ、何故届く!」

「風の法術です!」


 ちょうど隣の見張り台から移動してきたメレッテが、叫んだ。


「風を付与して矢の飛距離を伸ばす最新の法術があると、ラネルカ氏から聞きました!」

「風の法術か…!」


 ロトリロの騎士団員が使うのは殆ど水の法術で、風の法術を使う者は少ない。

 しかし、枢機卿の私軍の法術士には、水以外の法術を使う者も多くいた。

 先程までの暫時の間は、法術を付与する為の間であったのだ。


「こっちは技術が遅れてるってことだな。だが、落ち着いて盾を並べれば只の矢に過ぎん! 皆、慌てるな!!」


 ポーリの号令で持ち直した兵士達は、後方支援部隊が追加で持ってきた盾を並べて、隙間なく詰める。


「これでは、こちらからも攻撃出来ませんが…」

「構わん。籠城で長い時間持ち堪えれば、こちらが勝つ!」


 だが、その前に枢機卿軍が動く。


「ぜ、前進! 敵が矢を放ちながら、全軍前進してきます!」


 2000の軍勢が、半円の形を保ったまま、歩兵の速度で進む。その光景は、異様な迫力があった。


「こちらの射程に入りました! 射ち返しますか!?」

「くっ…!」


 ポーリは悩む。こちらの射程に入ったとはいっても、まだ全員の弓が届く距離ではない。逆に敵側は、全ての矢をこちらの壁の上まで到達させてくる。下手に盾を減らせば、一気にやられてしまう。

 しかし、射たなければ、敵は恐れることなくどんどん迫ってくる。

 それでもポーリは、矢での射ち合いを圧倒的不利と認め、断念した。


「……法術隊用意始め! もう少し引きつけて、波で押し流す!」

「了解!」


 多人数で同じ法術を放てば、その威力は跳ね上がる。

 だが、参謀が異を唱える。


「いえ団長、上り坂で波は効果が半減します。ここは氷系で…」

「しかし氷を使える法術士は少ないぞ! 水の壁を作るのはどうか?」

「それでは向こうの法術で突破されるだけだ!」


 幹部騎士達が怒鳴り合うように意見をぶつける。そこには焦燥が見て取れる。

 第三騎士団は、攻めの部隊。防衛戦は経験が少なかった。

 それは承知の上で、ポーリは再度命令する。


「静まれ! 最初に言った通り、波だ! 少々の上り坂などに負けるか! 波で蹴散らしてやれ!」


 ポーリが指示を変えなかったのは、頑固で融通が利かないから、ではない。

 慣れた波の法術なら放つのが早く、使える者も多いからだ。経験の少ない戦いだからこそ、慣れた法術を使う方が騎士達も焦らないで済む。

 また、意見が多々交錯した時、誰か一人の意見に流されると士気に関わってくるという理由もあった。

 その間にも、敵軍はどんどん距離を詰めてきている。


「タイミングを合わせろ! 一斉に放て!」

 

 砦壁の上に立つ兵士が斜めに構えていた盾を上に持ち上げるようにし、その空いた正面側へと、騎士が前に出る。


「「「水法ロマ・エラスヴェ!!」」」


 数十人の騎士から放たれた法術は、砦の前方に大波を起こし、激流となって敵軍に襲いかかる。

 だが、敵軍は陣形を半円から三角形に近い形に変え、法術を繰り出した。


「「「土法ミューン・シュルト!!」」」


 地面から土壁が生えるが、只の壁ではない。先頭を頂点として、三角形に軍を守るように土壁が敷き詰められている。

 そこに波が突っ込んで行くが、巨大な三角形が水を掻き分け、左右に波が割れていく。


「な、なんという躱し方だ!」


 船が海を割って進むようなその光景に、ポーリ達は度肝を抜かれていた。


『敵の軍師、何者だ? 戦い慣れている!』


 第二騎士団のマリオンは既に死んだと聞いている。しかし、用意されていたような水法への対策に、ポーリは、水に慣れたロトリロの騎士の手管を感じていた。



  ― ◆ ―


「コディーロ団長! 成功です!」


 見事な法術の切り返しに湧く、枢機卿陣内。


「流石です、コディーロ様!」

「世辞はいい。波をやり過ごしたら、土壁を解除して再び前進! 弓隊は攻撃の手を緩めるな!」

「は!」


 中央で指揮を取るコディーロは、枢機卿軍に加わったのは遅かったものの、兵達の信頼を得つつあった。やはり、長年の実績も効いている。


『……の記憶にあった戦術、なかなか使えるではないか。』


 コディーロは内心でほくそ笑む。砦への侵攻まで黒マスクを温存しておきたいコディーロにとってみれば、人間達だけの力で戦術が嵌っているのは僥倖であった。


「このまま砦まで取り付ければ……うっ!?」


 刹那だった。

 左の上空から降下してくる影が見える。


「りゅ、竜斬りだとッ!?」


 土壁が出来たことで、外側から接近するビトーに誰も気づかなかったのだ。

 このチャンスに一気に土壁の間際まで近付いたビトーは、そこから跳躍して軍を飛び越え、直接コディーロを狙ってきた。


「竜頭割り!!」

「舐めるなあァ!!」


 振り下ろされた大剣を、コディーロは手にしたロングソードで打ち止める。

 降下する勢いも相俟って、通常なら大剣を止めようとすれば折れてしまうところだが、その長剣は紫に輝いていた。

 打ち合った後、ビトーは戦車の上に着地した。


「また魔力刃か! お前、昨日のやつだな!?」


 昨夜、神殿で戦ったマリオン。それは既に、操られた死体だった。それに比べ、目の前の敵は顔色に生気があり、死んでいるようには見えない。

 それでビトーは、その敵がゾンビ達を操っている主かと思ったが、それにしても違和感が拭えない。


「……それも、操ってるだけか?…いや、ガワだけ人間で、中身は魔人か!」

「チッ…魔力が読めるっていうのは、本当に厄介だな。」


 舌打ちするコディーロの魔力が一気に膨れ上がり、体の周りに紫色の陽炎が立ち昇る。


「だ、だんちょ…ぐえぇ……。」


 凶悪な魔力に当てられて、戦車の操者が泡を吹いて倒れる。

 その異様な雰囲気に、周りにいる枢機卿軍の騎士達は、敵であるビトーに気付きつつも、動くことが出来ない。


「私はサリオル様直下筆頭司祭トゥーラン。名乗った以上、この名に懸けて死んで貰うぞ、竜斬り!」


 右手に剣を構え、左手にはまるで熊の手のような紫の魔装を纏っている。

 対してビトーも、大鋼を横にして構える。敵陣にも関わらず、その意識は正面の只一人に集中していた。


「……どうせ名乗るなら、顔も出せよな。」

「フ、あまりルックスには自信がないのだよ。」


 コディーロの顔で笑うトゥーラン。

 枢機卿軍のど真ん中で、一騎討ちが始まろうとしていた。


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