第109話 いざ、リューベ王宮へ

 日が落ちて、人影の無くなる王都リューベ。

 二日前までは、夜でも王都の街を見廻る騎士の姿が見られたが、今では殆ど見なくなった。

 ペロザ砦が第三騎士団の手に落ちて以来、王都にいた枢機卿の私軍と第二騎士団は、外敵に備え王都周辺の守備を堅めている。また、王宮の警備も増やしている為、王都内を見廻る方には人数を割けなくなっているのだ。

 その静かな街並みを幸いに、移動するビトー達。

 既に二手に別れ、神殿組は王宮の東側に回り、陽動組は西側に回っていた。まずは陽動組が突入して騒ぎを起こし、その後に神殿組が忍び込む手筈だ。

 王宮の見える位置にまで辿り着いたビトーとフランが、建物の屋根の上から様子を眺める。


「……でっかい池? の、上に宮殿と石像が浮かんでる??」


 リューベ王宮を見るのが初めてのビトーは、その構造に驚いていた。

 

「浮かんでるのではなく、溜め池の底まで柱が伸びてるんだ。」

「へぇぇ、あんな大きな像を支える柱なんて、とんでもないな。」


 水の精霊ロマ像は、100mを越える巨大像である。その巨体も夜の闇の中では見えない筈であるが、精霊像が肩に担ぐ水瓶がぼんやりと青く光り、周辺を薄明かりに包んでいた。

 それは元々は照明として作られたものではなく、水を常時発生させる為に動き続けている魔道具が、魔力の光を放っているという副産物であった。だが、今ではその柔らかな光は、王宮の象徴のようになっている。


「ロトリロの誇るべき美しい輝きだが……真の闇にならない分、侵入は難しくなるな。」

「あと、道も三つしかないのもな。」


 貯水池の上にある王宮へとつながる道は、等間隔に三方向に伸びた石橋だけだ。貯水池は、有事の際の堀の役割も果たしていた。


「また泳いでいく?」

「いや、それは時間がかかりすぎるし、見つかれば隠れようがない。陽動組が引き付けてくれている間に、橋を強行突破しよう。」


 フランの策は、少ない見張りに見つかるのは仕方ないというスタンスだ。

 陽動組の奇襲が始まってしまえば、後は時間勝負だった。


「分かった。じゃあ、もうちょっと橋のそばに行っとこう。」

「ああ。」


 屋根から飛び降りようとするビトーに続いて、降りるための法術を編もうとするフランだったが、振り向いたビトーに止められる。


「あ、法術は温存しときなよ。」

「ん? う、うわっ」


 言うが早いか、ビトーはフランを抱え上げ、そのまま飛び降りた。

 足の魔力を操り、静かに着地する。


「この方が早いし楽だろ?」

「あ、ああ、そうだな、助かった。」


 地面に下ろして貰うと、つい不自然に顔を背けてしまう。


「どうかしたか?」

「……何でもない! 行くぞ!」


 赤い顔を見られないように、先を走るフランであった。



  ― ◆ ―


 同じく北西側の橋の近くに、陽動組の三人が到着していた。


「……今頃は仲良くやってんのかね。」


 ジェリンピオが呟くと、フェイが不思議そうな顔をする。


「何の話です?」

「何の話だろーねぇ。」


 意味ありげに笑うジェリンピオと、首を傾げるフェイ。

 そんな二人に構わず、マルティンは王宮の方を凝視していた。


「橋の上には誰も居ないな。橋の向こうに門番が、数名。」

「見えるです?」

「……まあな。」


 マルティンの金色の眼は、通常の視力はそれほど高くない。だが、高温を事が出来るので、夜間の生物の動きや、遠方の明かりなどを感じるのに適している。蛇の獣人の血を引く蛇鱗族の特性であり、マルティンの嘗ての仕事をする際に大いに役立った能力だ。


「橋を渡れば、確実に見つかるな。」


 言いながらジェリンピオは、脇に抱えていた二本の両刃剣を取り出している。既に突入する気満々だ。

 いつも背負っている大剣は、流石に担いで泳ぐのは無理だったので砦に置いてきていた。


「見つかるのも仕事の内、だからな。」

 

 マルティンもダガーを一本抜いて逆手に持つ。左腿にも一本、そして腰の後ろにもう一本あるが、常に両手持ちではなく、状況に応じて自由に使いこなせるのが強みだ。

 フェイも鞘に納まったままの刀をその手に掴み、いつでも抜刀出来る構えだ。


「もう、見つかってもいいんです?」

「……取り敢えずは、目の前の敵をなるべく早く倒す事を心掛けてくれ。」

「分かったです!」


 フェイが握りこぶしを作って見せると、マルティンも同じ様に拳を突き出し、合わせた。そこに、ジェリンピオも重ねる。


「それじゃあ、いっちょやりますか!」

「おう!です!」


 走り出したジェリンピオを先頭に、二人が続く。

 走る速度ではマルティンやフェイの方が速いが、ジェリンピオの要望で先を譲っていた。


『どうする気だ?』


 策があるとは言っていたが、詳しくは聞いていない。

 マルティンが前方の敵と同時にジェリンピオの動きにも注視すると、走りながら法術を準備しているようだった。

 手際良く構築された法術式が、発動する。


水法ロマ・ウィーンテリオール!!」


 橋の半分を過ぎた辺り。その橋の上に周りの溜め池から大量の水が掻き集められ、水流による巨大な竜巻を作り出す。

 それを見て、漸く異変に気付いた門番達が騒ぎ出すした。


「な、なんだあれは!?」

「て、敵しゅ…うわぁぁぁぁっぁぁぁ!!」


 竜巻は轟音を起こしながら橋の上を進み、門に激突する。

 その威力で門番は吹っ飛ばされ、扉は大破した。


「わーー、すっごいです!」

「ワッハハハ、だろ?」


 目を輝かせるフェイに対し、自慢げに胸を張ってみせるジェリンピオ。

 その様子を門の惨状と共に言葉もなく見ていたマルティンだったが、頭を振って気を取り直す。


「幾らなんでも、派手過ぎるだろう!?」

「まーいいじゃねーか。敵がこっちに集まれば、それだけ向こうがやり易くなる。さ、行こうぜ。」


 ジェリンピオに反省の様子はなく、そのまま門を通リ抜けていく。


「ジェリーは、騎士団から離れてる方が楽しそうですぅ。」

「全くだ。好き勝手しやがって。クソ、どうなっても知らんぞ!」


 ニコニコと追いかけるフェイ。マルティンも悪態をつきながらも続いていく。始まった以上、やり切るしかない。


「敵襲だ! 集まれ!!」

「絶対にこれ以上進ませるな!」


 門を抜けた先の石畳の道では、既に兵士達が集まってきていた。

 予想以上に集合が早いのは、先程の破壊音のせいだろう。


「ほーら、ワラワラ集まってきやがった。」

「ですぅ!」

「ち、仕方ない。戦いつつ、内部に移動するぞ!」


 陽動の為、少しでも王宮に進撃する素振そぶりを見せなくてはならない。

 マルティンは今の現場より先を視て、進むべき方向を読む。


「でりゃああ!!」

「がるっ!」


 ジェリンピオのロングソード二刀流で敵兵士が斬られ、その間にフェイが居合抜きで一人斬る。

 二人とも強いのはいいが、放っておけば戦いながらどんどん真っ直ぐに進んでいってしまいそうだ。


「これは、骨が折れそうだな。……おい、二人ともこっちだこっち!」


 マルティンに呼ばれ、追いかけて斜めに走りながら敵を倒していく。


「出来るだけ多く引き付けるぞ! 立ち塞がるヤツを優先して斬れ!」


 指示を出しながら、マルティンも前方の敵の喉をダガーで斬り裂く。

 その冷静かつ素早い戦闘に、ジェリンピオが舌を巻いた。


「なんか玄人っぽい動きだな。やるな。」

「ありがとよ! 一応、元プロだ!」


 隣に来たジェリンピオの賞賛に答えつつ、風法で敵を蹌踉めかせ、腹を刺す。

 その二人の間から、フェイが跳び出す。


「フェイも武士もののふです、負けないです!」


 抜き放ち両手に持った刀で、瞬く間に数人の兵士を斬り伏せていく。


「だから、行き過ぎるなよ、フェイ〜!」

「はい、です!」


 マルティンに釘を差され、少し速度を落とす。それでも、三人の勢いを止める程の敵はいない。そのまま王宮内へと侵攻していく。


『……歯応えが無いな、黒マスクが出て来るかと思ったが……。』


 敵の弱さを少々疑問に思ったマルティンだったが、まだ奇襲が始まったばかりだからだろう。そう思い、目の前の状況に集中するのだった。



  ― ◆ ―


「何事だ!」


 食後の酒を愉しんでいたフィリポにまで、門が破壊された衝撃音は伝わっていた。

 慌ててディナールームに伝令が飛び込んでくる。


「敵襲です! 西門が法術による攻撃で大破しました!」

「門を大破、だと?」


 それ程強力な法術が使える者は、そう多くはない。


「……第三の称号騎士か。敵の数は!?」

「大部隊ではないようです。現在確認中ですが、恐らく数名かと。」

「数名? そんな程度で王宮を落とそうなどと……まさか、暗殺か!?」


 少人数での特攻なら、自分を狙いに来たに違いない。そう思ったフィリポは顔色を青くする。

 

「第二騎士団は至急、侵入者を迎撃せよ! 我が法術隊は、王宮中央部に集めてワレを守れ! オルジャソル、オルジャソルはおるか!」

「――此処に。」


 フィリポの呼び掛けに応え、オルジャソルがディナールームに現れる。


「おお、オルジャソル。我を守れ! 大丈夫なんだろうな!?」


 血相を変えて駆け寄るフィリポだが、オルジャソルは動じていない。


「ご安心下さい、数人程度の戦力では此処まで辿り着きますまい。仮に来たとしても、私が始末致します。」

「おお、おお、頼りにしているぞ!」


 取り乱した様子から少しだけ落ち着き始めたフィリポ。

 だがオルジャソルは膝を着きながら、別の事を考えていた。


『恐らく、西門の連中は囮…。本命は、他にいるだろうな。』


 オルジャソルにとっては、どちらが本隊でも構わない。ただ、竜斬りのいる方に遭遇したいだけだ。


『両方とも枢機卿狙いならいいが…別の狙いなら、そっちはリーダーに任せるしかないな。』


 「別の狙い」の方に、竜斬りが行ってしまえば戦えなくなる。それは残念だ。出来るなら、この王宮最深部まで辿り着いて欲しい。

 オルジャソルは、フィリポとは全く反対の願いを抱いていたのだった。


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