第97話 出陣

 ペロザ砦は、上から見ると正方形に近い形をしており、その四つ角が東西南北を向いて、其々に見張り台がある。

 その内の一つ、西側の見張り台で、兵士が真面目に周囲を見渡していた。

 そう簡単に敵方が山を攻め上がってくる筈はない、とは思ってはいる。だが、第三騎士団が麓に陣を張っているのは事実であり、いつ何時、事が起こってもおかしくはない。

 それでも、夜には継戦の雰囲気も少々落ち着いてくる。険しいトロゥパ山の暗い道を軍勢を引き連れて登る事など、通常では考えられないからだ。

 日が沈んで暫くすると、見張りの兵士は、交替した後に食べる夕飯の事などを考え始めるくらい、気が抜けてきていた。

 それでも時間までは、見張りをさぼらず続ける。

 と、突然、


  ボッ ボッ ボッ


と、遠くに幾つかの小さな火が灯る。

 だがそれはあっという間に「ボッ」いう音が連続して広まり、数百にも及ぶ火の玉が、闇の中に浮かび上がっていた。


「て、敵襲!!」


 それは火の玉ではなく、行軍する敵が持つ松明だった。

 兵士は慌てて、見張り台に下げられた鐘を打ち鳴らす。甲高い音が砦に響き渡った。



  ― ◆ ―


「こっちに来ない、だと?」


 砦の指揮官を任されている第二騎士団の大隊長が、突如現れた敵とおぼしき軍勢が、砦に近づいているという報告を受けたのはつい先程の事だ。

 そのため砦の守りを堅めて備えようとしていたのだが、続いての報告は、敵は砦の目と鼻の先(凡そ2km)まで寄りながらもこちらに攻め込まず、山を登るルートを取っている、というものだった。


「馬鹿な、夜の山を道を使わずに進むというのか?」


 王都リューベは孤立した土地ではなく、ちゃんと麓に通ずる道が作られている。その中で最も大きいのが王都東側の道で、最も緩やかな勾配であり整備も為されているので、多くの人数が一度に安全に進む事が出来る。

 流通の為には当然必要な道ではあるが、敵に攻め込まれる危険性も上がる。その防衛の為に、東の道の途中に作られたのが、ペロザ砦なのだ。

 勿論、道を通らずに登山する事も不可能ではない。しかし、険しいだけでなく、所々に軍事拠点となる塹壕もあり、攻め入るのは困難を極める。


「……いや、そもそも夜闇の中、軍を率いて道を登ることすら非常識なのだ。とすれば、第三の奴らめの狙いは……。」

「大隊長、これは陽動ではないでしょうか。」


 司令室に詰めていた中隊長達の一人が、意見する。


「わざわざ松明まで灯して居場所を知らせて、我々を砦から誘き出して叩くつもりでは? で、あれば、出撃して追えば思うツボです。」


 その意見には、大隊長も行き着いていた。しかし。


「……だからと言って、放置は出来ん。現時点では陽動であろうと、我々が無視していれば、奴らはそのまま王都に向かって行くだろう。」


 砦は、王都を守る為にある。陽動を恐れて敵を放置すれば、本末転倒である。


「第三め、無茶苦茶だが理に適っているな。」


 大隊長は、敵の罠だと分かっていても、出撃せざるを得ない状況を作った第三騎士団の手並みに嘆息した。

 だがそれでも、第三騎士団にも、砦と、王都からの援軍で挟み撃ちになるリスクはある。戦力の限られている状況で、その危険を冒してまで急に行動を起こした意図を測りかねていた。


『第一と合流するまでは動かないと思っていたが、何があった…?』


 だが思案している時間は無かった。砦の外で戦う以上、急いで出撃しなくては、山の上方であるという地の利も取れなくなってしまう。


「シャラウ中隊だけ砦に残して、他、三中隊は出撃する!急げ!」

「は!」


 指示を受けて中隊長達は敬礼すると、出撃準備の為に急いで司令室を後にした。

 

「……まともにぶつかれば数で劣る我々が不利だが、王都から援軍が来るまで耐え切れば勝ちだ。」


 大隊長は法通紙を取り出し、第二騎士団長マリオンへ、援軍の要請を出した。

 後は無理をし過ぎず、援軍到着まで敵の進軍を妨げれば良い。まだこちらが有利である、と考えていた。

 ……だが、大隊長が出撃の準備を整えた頃になっても、返事は来なかった。



   ― ◆ ―


 後方の、砦と第三騎士団双方を臨める位置から眺めていたフェイが、作戦通り敵を引き寄せる松明が一斉に点灯したのを目にして、何度も瞬いている。


「あれだけの灯りを一気に点けるの凄いです! 法術です?」

「ええ、団長の火法です。ロトリロでは火法の使い手は貴重ですから、敵も驚いていることでしょう。」


 フェイの疑問に答えたのは、第三騎士団の騎士メレッテだ。

 以前にペロザ砦に駐屯していた事があり、内部の案内役として同行している。若手だが、剣と法術の腕は確かだと、ポーリから紹介されていた。


「じゃあポーリ団長も称号騎士です?」

「いえ、ロトリロの称号騎士は現在、ジェリンピオさん、フラン殿、そして第一騎士団長のルイジール様の3人だけです。」

「へえ、フランは結構やるですねぇ。負けてられないです!」


 何故か対抗意識を燃やすフェイ。

 二人の傍らで、ビトーはずっと砦の様子に注視していた。


「……動き出したな。」

 

 砦の城門が開き、騎士達が出ていくのを、ビトーが察知する。

 メレッテが驚いて、ビトーに向いた。


「見えるんですか、この距離と暗さで!?」

「眼じゃなくて、魔力で視てる。」

「へぇ…?」


 いまいちよく分かっていなさそうなメレッテの生返事を聞きつつ、ビトーは立ち上がる。

 

「よし、行こう。」

「え、早すぎますよ。もうちょっと敵が離れてからでないと、こちらの灯りが見つかってしまいます。」

「灯を点けなれば見つからないですぅ。」

 

 フェイの言葉に頷き、松明もランプも無く歩き出したビトー。

 二人は夜道でも昼間と遜色無く進んでいく。


「本当に見えるのか………あ、待ってくださーい!」


 驚いている間にどんどん離れていく二人を、足元に気をつけながら小走りで追い駆けるメレッテであった。



  ― ◆ ―


「やーれやーれ。敵の術中にハマっとるがな。」


 砦から続々と出てくる騎士達の魔力を感じながら、小太りの男が溜め息を吐いた。

 その隣で、片腕の男が肩を竦める。


「お前がもっと真面目に第三を攻めないからだろう。人縲兵器を無駄にしたら、ギネシュのヤツに厭味を言われるぞ。」

「ちょっとだけ頑張っただろが。ワシの燐粉も使ったし。」


 言い訳するが、本気でないのが見え見えである。


「…お前、自分で直接殺りたいから、敢えて手を抜いたな?」

「へっへへ。まあ、ずっと我慢しとったんだから、ちびっとくらい、なあ。」


 悪怯れないその様子に、片腕の男は付き合いきれない、といった顔をする。


「好きにしたんだから、責任は取れよ。俺は、行く。」

「およ? 見たがってた竜斬りはええのかい?」

「仕方ない、リーダーのお呼びだ。阿呆の騎士団長が敵に捕まったらしい。」


 それを聞いて、小太りの男は笑い出す。


「人間はホントに、面白いなぁ! 何をどうしたらそんな事になってまうのやら。」

「解らんし、解りたくもない。が、尻拭いをしろとのリーダーのお達しだからな。」

「リーダーリーダーて、同じ『司祭』の立場で、そんなに従わんでもええのに。」


 小太りの男の言い様に、片腕の男はまた呆れる。


「この国での計略は、アイツを主に動くとお決めになったのはサリオル様だ。アイツではなく、サリオル様の命に従っているまでだ。逆らうなら、お前でも許さんぞ。」

「へーへー、お堅いこって。逆らうつもりなんて、これっぽっちもありゃーせん。」

「お前は不真面目過ぎる。……まあ、責務を果たせば、文句は言わん。ここは任せる。」


 釘を刺して、その場を去ろうとした片腕の男だが、立ち止まって再度振り返る。


「……一応、称号騎士とやらには気をつけろよ。油断するとだぞ。」


 そう言って、肘から先の無い腕を差し出してみせる。

 それを見た小太りの男はニヤケ顔のままだが、眼だけは笑っていなかった。


「サリオル様配下一番の武闘派・オルジャソル殿のご忠告。肝に命じておきますぞい。」


 それは多少慇懃な物言いだったが、言いたい事は伝わっていると認識し、片腕の男オルジャソルは頷いて闇夜に消えていった。


「……さて、それじゃこっちも動こうかね。」


 小太りの男が立ち上がって口の中でモゴモゴと何やら唱えると、その背後に三人の男達が並んで現れる。全員、一様に黒いマスクをしている。人縲兵器だ。


「今回は、出し惜しみはナシだ。狙うは、第三騎士団団長の首。行けぃ!」


 掛け声と共に、黒マスク達は弾けたように走り出した。

 その後ろ姿を見送ってのち、自分も同じ方向へと歩き出す。


「さてさて、ワシはゆっくり参ろうか。」


 人と人との戦場に、『教団』が初めて介入しようとしている。

 その夜は、新たなる戦いの幕開けの夜となるのであった。


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