第98話 開戦

 ペロザ砦に接近しながらも、無視するように方向を変え、山頂を目指す進路を取る第三騎士団本隊、歩兵約700。

 それに対して、砦から出撃したのは第二騎士団100騎と、歩兵300。

 位置関係としては、第三騎士団から見れば砦は進路上の右斜め上、であるため、第二騎士団は斜めに山を下りながら突進している形となる。


「進め! 騎馬隊は先行して、奴らの出鼻を挫け!」


 第三騎士団は数では上回るが、馬を連れていない。夜の山の道なき道を登る為、歩兵のみで来ていた。

 騎馬隊を指揮する中隊長は、上方を取っている勢いで突撃すれば蹂躙出来ると踏んでいた。初撃で敵を挫き、数の不利をも覆すつもりだ。

 馬を駆る騎士達の視界の中で、第三騎士団の灯した数多の松明が、どんどん近付いていくる。


「いくぞ、突撃する!……うッ!?」


 ボォォォォォォォォォォォ!!


 突然、眼前に炎の壁が立ち上る。

 進撃する騎馬隊と、第三騎士団とのちょうど中間辺りの、何も無い筈の地面から、である。


「なに!?」

「うわぁ!」

「ぎゃあ!!」


 いきなり吹き出した炎に馬が驚き怯え、山下りの勢いも手伝って、最前線の騎馬から次々と転倒、あるいは落馬する。落馬せずに上手く馬を操った騎士も、急ブレーキでその場に止まっているところに後続の衝突を受け、倒れる。


「うう、お、おのれ…ぐっ!?」


 立ち上がろうとした騎士の首に、サーベルが突き立てられた。

 いつの間にか炎の壁を越えて、第三騎士団が次々とやってきて、倒れている騎士の鎧の隙間にサーベルを突き刺していく。


「火、火の中から!? ぐああ…!」

「うぐ!」


 虚を突かれてやられていく仲間を目にして、落馬せずに済んだ騎士達が慌てて槍を突く。

 それを、第三の盾兵隊が突進してきて、仲間を庇うように受け止めた。

 その間にも盾の後ろで、サーベルでとどめを刺していく。


「ひ、卑怯な! 騎士の戦い方とは思えぬ!」

「奇襲で王宮に攻め入った連中が、よく言うぜ!」

「そうだそうだ! 女王陛下に弓引く逆賊め!」


 第三騎士団の団員は、団長の影響か、騎士のみならず兵士まで勇猛果敢だ。

 皆、炎に突っ込んでは抜けてきて、猛然と攻撃する。

 ペロザ砦の先行騎馬隊は、総崩れとなった。



  ― ◆ ―


 第三騎士団が、炎を恐れずに越えてくるのには、絡繰カラクリがある。

 突然吹き出た炎の壁を、馬は勿論、騎士達も火の法術だと思った為、威力を恐れて近づけない。

 だが、実は予め地面に置いておいた油を吸った縄に、端から火を付けただけだ。火は縄を奔って勢いよく燃え上がるが、あくまで瞬間のことで、火法ほどの威力は無く、先に水法で頭から水を被っておいた第三騎士団員は躊躇なく突破する事が出来た。

 そんな縄を自軍と敵軍の間にいつの間に用意したかというと、答えは簡単だった。松明を持たない兵士が暗闇の中で本隊より先に進み、縄を引いて、火を点けるまで潜んでいただけである。彼等は猟師出身の兵で、夜目が利く。

 様々な技能を持つ者がいるのは、ジェリンピオを始めとして平民出身者の多い、第三騎士団の強みでもある。


「明かりが無数に見えると、そこにいる敵ばかり目に入るからな。まさに、飛んで火にいる何とやら、だ。」


 また、数多くの兵を連れてきた事で、相手に突撃を焦らせた効果もあった。

 後方で戦況を見つめるポーリは、初手が上手くいった事に満足する。


「大将、偉そうに言ってっけど、考えたの俺なんだけど。」


 ジェリンピオが軽く抗議するが、ポーリは気にしない。


「部下の作戦は、俺の作戦だ! 決定権は俺だからな。」

「そりゃまあそうだがな。」


 子供のような言い分に呆れるジェリンピオだったが、正々堂々であるべきとされる騎士、らしくない作戦でも採用してくれるのは、確かに団長ポーリの器量であると言える。

 そこに、伝令が入る。


「団長! 後続の敵歩兵が来ます!」

「よーし、騎馬さえ潰しちまえば、後は実力勝負だ! 野郎ども、気合いを入れろ!」

「うおおおおおおおおおお!!!」


 ポーリの号令に、周囲の団員たちが雄叫びを上げる。

 老幹部が手の甲で、頬を伝う冷や汗を拭いながら、隣のジェリンピオに話し掛ける。


「……団長、囮のつもり、忘れてやせんか?」

「ま、派手な方が、敵も引きつけられるだろうさ。」


 何だかんだ言いつつ、ポーリのやり方を一番気に入っているのは、ジェリンピオである。

 背の大剣を引き抜き、掲げた。


「大将、俺が前に出る。アンタはあんまり出過ぎんなよ!」

「それなら、俺が出る必要がないくらい、大勝ちしてみせろ!」


 不敵な笑みを湛えるポーリにどやされ、ジェリンピオは片手を振って返し、前線へと向かった。



  ― ◆ ―


 合戦が始まった頃、ペロザ砦の反対側から近付いていたのは、ビトー達である。

 闇の中からでも、砦の見張り台に焚かれた火が見える。


「しっかり見張りが残っているようですね。」


 岩陰に隠れながら、砦を遠眼鏡で確認するメレッテ。


「……強い魔力が三十程度、残りが七、八十くらい、か。」

「分かるんですか!? …っていうか、その数だと一個中隊は残していますね。」


 思った以上に砦に多くの戦力が残っている。大隊長が、出撃後に別働隊に砦を襲われる事を警戒した為だ。砦が奪われるような事があっては、仮に敗走した場合に立て篭もる場所が無くなってしまう。それを危惧していた。


「見張りが邪魔だな。先に何とかしよう。」


 ビトーは振り向いて、メレッテに手を伸ばす。


「そのロープ貸してくれ。見張りを消した後、上から垂らすから。」 


 メレッテは砦壁を越える為に、鈎爪付きのロープを持ってきていた。壁の下から投げて引っ掛けるタイプだが、見張りが居れば悠長に投げている暇はない。

 しかしビトーはそのロープで登るのではなく、メレッテを引き上げる為に使うという。


「見張りを消すって、どうやって…。」

「直接、やる。終わったら、一瞬見張り台の火を揺らして合図するから、よく見といてくれ。」


 半信半疑のメレッテから受け取ったロープを肩に掛け、ビトーが屈伸する。


「フェイ、二段跳びでいこう。出来るか?」

「です! メレッテは後からついて来ればいいです。」


 フェイが歯を見せて親指を立てると、ビトーは頷いた。


「よし、いくぞ!」


 掛け声と共に、二人は同時に砦へ向けて走り出す。


「は、速い!」


 メレッテが闇の中で二人を見失うのはすぐだった。


 そのまま高速で並走しながらある程度砦に迫ると、ビトーはフェイに合図する。


「ガルッ!」


 フェイが首を縦に振ると、ビトーは加速して前に出る。

 そして両足に魔力を集中し、踏み切るべく一度屈み、その背にフェイが飛び乗った。

 すると集中した魔力を脚力に変えて、ビトーが高く跳び上がる。

 その跳躍力は凄まじく、フェイを背に乗せながら、砦の壁の最上段と同等の高さまで上がっていた。


「がるぅ!!」


 最高点に到達したタイミングで、今度はフェイが飛び出す。

 真上に跳んだビトーと違い、軽い放物線を描きながら、超スピードで砦の東見張り台へ突っ込んでいく。

 見張りの兵士が気付いたのは、フェイが飛び込んでくる直前だった。


「は?…へ!?」


 驚く兵士の眼前で見事に着地すると、問答無用で抜刀するフェイ。

 その目にも止まらぬ刃は、軽装鎧の兵士の喉を鋭く斬り裂いていた。

 あまりに僅かの間の出来事で、兵士は鐘を鳴らすどころか声を上げることも出来なかった。

 続いて、砦壁の真下まで来たビトーが、壁を何度か蹴って上がってくる。


「よくやったな、フェイ!」


 褒めるとフェイは黙って頭を出すので、軽く撫でてやる。


「エヘヘ…」

「よし、急ごう。」


 すぐに撫で終わった事に若干物足りなさそうなフェイだが、時間が無いので文句は言わない。

 ビトーは見張り台の篝火を、左右に揺らした。他の見張り台に異常を悟られないように、少々にしておいた。


「…これで、分かったですかね?」

「じっと見てるように言ったから、多分大丈夫だろ。……あ、来た来た。」


 メレッテの魔力の接近に気付くと、見張り台から砦壁の上に移動して、ロープを下ろした。



  ― ◆ ―


 砦は、城などと比べれば比較的シンプルな作りである。城や王宮のように、中で要人を守る為の物ではなく、砦自体が後方の王宮を守る為のものだからである。

 それでも、ペロザ砦ほど大きな砦になると、内部を知らずに捕虜を探すのは至難の業だ。そこで、構造を知り尽くしたメレッテがいるのは大きなアドバンテージとなる。

 砦壁の中には司令部と武器庫のある中央棟と、馬房や居住区のある北棟、そして捕虜を囚えておく東棟の三つの棟があり、それぞれを行き来するには中庭に降りる必要がある。

 だが、東の壁から東棟は繋がっており、下に降りずに入れた。東側から侵入した理由だった。


 壁から渡り廊下を進み東棟に入る。砦に残っている騎士や兵士も、今は戦いに備えて中央棟か中庭にいるので、東棟に人は少ない。それでも捕虜がいる以上、必ず衛兵が残っている筈なので、ビトー達は警戒して進んでいた。

 騎士ならまだしも兵士となると、魔力がそこまで強くはないので、逆に正確な位置が読み難くなってくる。それでも、東棟の中に点在する魔力を、ビトーは感知する。


「……下の階に、やたら強い魔力が一人いるな。敵の騎士か?」

「いや、騎士は今、捕虜棟にいる場合じゃないでしょうから、捕まってる近衛騎士かもしれませんね。」


 もうビトーの魔力感知を驚きもせず逆に信じ切っているところまできたメレッテ。


「助ければ、戦力になりそうですね。」

「まずは、フランとルカが先だ。もっと降りよう。」

「はいです!」


 未だ、二人の魔力を感じられないビトーは、嫌な予感を振り払うように、歩みを早めた。



  ― ◆ ―


「……なんか、騒がしい?」


 東棟の地下にある牢の一室。

 そこに囚われている少女が見上げた視界に入るのは、石の天井だけだ。


「そうですか? 何も聴こえませんでしたけど。」


 同じ牢に居る眼鏡の青年が、首を傾げる。背は高いが細身で、優しそうだが何処となく頼りない印象を受ける。


「うーん、聴こえてはないんだけど…なんだろう、上手く説明出来ない感じ。」


 少女も同じく首を傾げた。二つに分けて縛ってある赤茶色の髪が、ふわふわと頭の動きに合わせて揺れた。


「それは、魔力の動きを感じたのかも知れませんね。強い魔力を持つ人は、他の強い魔力を感じる事があるようですよ。」

「せんせーは感じてないのに?」


 少女の不思議そうな表情に、眼鏡の青年は苦笑する。


「魔道具が専門の私は、教師陣の中でも魔力は自信無い方ですから。法術学院始まって以来の魔力量と言われている、サナリーさんには敵いませんよ。」

「えー、そんなん言われてるの? 恥ずっ。」


 そばかすの頬を両手で押さえ、恥ずかしそうにしているその少女は、プレミラ王国の都市トメンレアでビトー達と出逢った、トゥルコワン法術学院の生徒リリアン・サナリーであった。


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