第54話 竜の喚巫女②

 ビトーが突如現れた竜に向かっていき、残ったリコ達が先を急ぐため走り出して、すぐだった。


「!?」


 急に、リコの身体が浮き上がる。

 まるで視えない何かに首を掴まれている様な感覚で、藻掻いても逃れられない。


「リコ!」

「リコさん!」


 異変に気付いたフランとルカだったが、目の前にいるのは苦しそうにしながら、足が届かない程度の高さで宙に浮くリコのみだった。


「……いえ、ます!」


 何者かの音を感じたルカに応じ、フランがリコの頭上辺りへ目掛け、剣を繰り出す。

 だが、その剣が届く前に、二人の間に紫に光る刃が通り抜ける。


「魔法!?」


 光の飛んできた方、かなり離れた処に、長身の男が立っていた。濃い紫の眼。


「魔人かッ! この距離で届くのか!」


 臨戦態勢となるフランと、援護するように側に立つルカ。


「ちょっと待ってぇ、戦うつもりは無いのよ。」


 その声が聞こえたのは、リコの隣の何もない空間だった。

 すると、まるで滲み出すように、徐々に姿が顕れてくる。


「な……人間の、女?」

「それに、竜です!」


 青い光を帯びた銀髪の女と、人のように二足歩行の、2m程の大きさの竜が一匹。その竜が、腕のような前足で、リコの首を掴まえていた。


「ね、息が苦しそうだから地面に立たせてあげて。」


 女の言葉に合わせて、竜はリコの足が地に着く様に下ろした。

 そして首を離す代わりに、腕を後ろ手に掴んだ。


「く、はぁ、はぁ…」

「ドラゴネットはあんまり強くは無いけど、細かい命令も聞ける賢さが好きなのよねぇ。」


 苦しそうに息を整えるリコに話しかけるように、女が言った。


「お前達、何者だ!?どうやって現れた!」


 フランが女と竜に剣を向ける。

 先程の魔人が既に接近しており、女を守るように前に立とうとしたが、女は口元に笑みを浮かべて片手を上げ、軽く制止した。


「いいわゴッソー、ありがと。……えーっと、ここに来たのは、普通に走って? あ、私は、この子に乗ってきたけど。」


 ドラゴネットの背を撫で、そして、今度は自分の右肩を差す。


「姿が視えなかったのは、こっちの子の力ね。小亜竜のカルンマちゃん。」


 それは、完全には姿を顕さなかったが、フランやルカの目にも、薄っすらと目の大きなトカゲのような輪郭が見えた。


「カルンマちゃんは偉くてね、触れてる者も一緒に隠してくれるの。まあ、気難しいから、私以外の人には力を貸してくれないんだけどね。」


 少し困ったように笑うその女の、得体の知れなさがフラン達に伝わってくる。

 雰囲気は魔人ではなく、人間だ。しかし、明らかに竜を使役している。その事を敢えて示してみせて、プレッシャーを感じさせようとしているようにも思えた。


「ね、質問に答えてあげたんだから、戦うつもりじゃないって分かってくれた?」


 その女の優しげな微笑みは、その美しい顔立ちと相俟って、魔性とも思えるような魅力を備えていた。

 しかし、それに引き込まれてしまうようなフランではない。


「戦うつもりが無いなら、どうしていきなりリコを捕えるようなマネをした? とても、友好的には思えないぞ!」

「だってぇ、こうでもしないと話も聞いてくれないでショ? 特に、あっちの男の子とかぁ。」


 雪塵を巻き上げながら、アンピプテラと戦うビトーを指し、今度はリコに向き直る。


「まあ、人質じゃあないけど、このに手出しされたくなかったら大人しくしててね。……ね、私が話したかったのはアナタなのよ。プレミラの竜の喚巫女さん?」


 そして手を伸ばし、リコの頬に触れた。


「あ!」

「心配しなくていいわぁ。私にいくら触れても、竜は召喚されないから。」


 そのまま一度手を離してみせるが、確かに十八芒星は発動しなかった。

 驚きで固まるリコに、再度触れてくる。

 今度は人差し指で、頬から首へとなぞっていく。


「瑞々しくキメ細かい肌ね。髪も、濡羽色でとっても綺麗。睫毛も長くて揃ってる。……やっぱり、同じなのね。私と同じ、『つくりもの』の美。」


 一方が捕えられながらも睨み、一方が小悪魔のように愉しげに眺める。その二人の美女のやりとりに、ルカは疎か、女であるフランも固唾を呑んで見守るのみだ。


「つくり、もの?」

「…アナタ何も知らないのね。その作られた美しさで、あの『竜斬り』君も虜にしている癖に。」

「ビトーは、そんなじゃない!」

「どーーうかしら? アナタの為に頑張るのは、アナタを抱きたいからじゃないの?」

 

 クスクスと嗤う女を、リコが睨みつける。


「そんな、怖い顔しないで。別に、馬鹿にしてる訳じゃないわ。好きな相手を抱きたい、抱かれたいなんて当たり前のことじゃない。アナタもそうでしょ?」

「わ、私は………」

「で、提案なんだけど、アナタと『竜斬り』君、私達の仲間にならない?」


 女は一歩後ろに下がると、美しく長い髪を掻き上げる。


「私は、ティエーネ。アナタと同じ、『竜の喚巫女』よ。」



  ― ◆ ―


 ティエーネと名乗ったその女が『竜の喚巫女』であろうことは、リコも薄々感づいていた。自分には無理だが、魔人以外に竜の使役が出来る者となれば、『竜の喚巫女』としか考えられない。そして、自分に触れても竜が召喚されない事。恐らくそれも、喚巫女の特性なのだろう。

 だが、それらの事実としての理由以前に、リコは、ティエーネが自分と同様の魔法をかけられた存在である、と肌で感じるものがあった。


「フフ、つくりものとは言ったけど、美しいのは悪いコトじゃないわ。私は、自分の見た目が嫌いじゃないし。」

「その、つくりものって、どういう意味?」

「うーん、そうねぇ……簡単に言うと、人間って、竜からすれば上質な食料なのよ。特に異界の竜は滅多に人間が食べられないから、飢えてるのよね。なるべくイイ食料を猟る為には、なるべくイイ餌が必要でしょう?」


 自嘲するように嗤いながら、ティエーネは自分達が「餌」である、という。


「私達は、餌に――『竜の喚巫女』にされた時から、自分の魔力を全て「召喚」と「治癒」にに回されるの。延々と強力な自己治癒魔法に掛かってると思っていいわ。その力で、傷はすぐに治るし、肌に染みどころか黒子も出来ない。髪の艶も、瞳の潤いも、爪も歯の輝きも完璧。もしかしたら、成長中に骨格まで矯正されてるかも。そうやって、常に、最上の若さと美しさを保つようになってるのよ。その美しい餌に騙された人間が、まんまと食べられに寄ってくるってワケ。」


 リコは驚きで言葉を失う。

 しかし、思い当たる節はあった。薬草取りに出掛けても、畑仕事をしても、日に焼ける事は無かったし、爪が割れることも無かった。安物の櫛を使っていても、髪が傷んだりもしなかった。

 魔力が弱い方でもないのに、どんなに頑張っても学んでも、簡単な治癒の法術しか使えなかった。

 それでは、自分に触れて犠牲になった人達は、その偽物の美に惑わされたのか。

 そして、ビトーが自分の為に頑張ってくれているのは――


「そこまで深刻にならなくてもいーじゃない。竜は面食いだからさ、元々の容姿も割りと良くないと、喚巫女には成れないらしいわよ? だから、全部ウソってワケでもないし。」


 リコの顎を掴むと、顔を起こすティエーネ。


「私達からすれば、巫女になんてして欲しくなかったんだから、せめて美しさくらい、代償として貰っときましょうよ。」

「はな、して!」


 到底、女の腕力では敵わないドラゴネットに後ろ手を掴まれながら足掻くリコを、可笑しそうに見る。

 魔人ゴッソーに睨まれている為、フランとルカも、助けに動けない。

 そのやりたい放題の状況に、ティエーネはご満悦であった。


「いいじゃない、こうやって人に触れられるの、久しぶりでしょ?」


 そして瞳を覗き込む距離まで寄り、空いていた左手でリコの胸に触る。

 厚手のコートの上からとはいえ、リコには慣れない刺激だ。


「あっ…や、やめて!」

「滅多に触ってもらえないから、敏感になってるんじゃぁない?」

 

 反応を愉しむ様に、更に手を進めようとした。

 が、その場が急激に、別の意識で満たされたのを感じ、手を止め、振り返る。

 その濃密なまでの激情に、敵味方問わず緊張が奔る。


「――リコを離せ。」


 そこには、竜の返り血で半身を青く染めたビトーが、憤怒の表情で立っていた。


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