第53話 雪原

 ビトー達四人は合流した後、旧道を通って西へと移動していた。

 ノルシュビンの町を出て最初の村で雪上用の装備を整えて以来、基本的には徒歩で移動しているが、稀に村と村を移動するシカ雪舟ぞりに乗せてもらったりと、それなりに旅程を楽しんでいた。標高がある分、雪は多いが、まだ凍えるほどの寒さではないというのも良かった。


「♪〜」


 ビトーが鼻歌混じりに先頭を歩く。両肩には荷物ではなくロープを背負っていた。

 そのロープは後方に伸び、荷物とリコが乗った小さな雪舟に繋がっている。


「ねぇビトー、そろそろ降りるよ?」

「えー、まだまだいけるよ。なんか面白くなってきた!」


 まるで重さを感じていないように、どんどんと進んでいくビトー。

 普通に歩いているフランやルカの方が、追いつくのが大変だった。


「毎日、凄い元気ですね、ビトーさん。」


 少し息を荒げながら、ルカが横を歩くフランに言う。

 

「そうだな。……楽しそうで、何よりだ。」


 合流直後は少々元気が無かったように見えたビトーだったが、それから4日。今では雪道を心ゆくまで満喫しているように見える。

 そんな姿に、フランは自分の懸念が杞憂に終わればいい、と思っていた。


「……ん?」


 先頭を行くビトーが、景色の変化に気付く。

 今、歩いているのは森の中に通された道だが、その先が、白く明るく見える。数十m先から、森が途切れているのだ。


「なんか、広い場所みたいだぞ。」


 振り返ったビトーの言葉に、ルカが地図を広げる。


「あ、中央山地最大の雪原があるみたいですよ。」

「せつげん?」

「雪の積もった平野とか、野原ですね。」

「ふーん?」


 それだけ聞いても、ビトーはあまり興味を示さず、リコも反応薄だった。

 だが、実際に森の端まで辿り着いてみると。


「おお、凄いな!」

「綺麗……。」


 目の前の光景に、二人は感嘆した。

 町や村はなく、何処までも白い大地が広がっている。勿論、永遠ではなく、その雪原の先には山々や森も見えるのだが、それでも広い。

 雪が無ければプレミラでもよく見かける草原と変わらないのだろうが、白く降り積もった事によって、幻想的な光景となっていた。


「この雪原を超えると、カムラテナまであと少し、だな。」


 フランが指した方角には平地の先にまた森があった。それを超えると、ノルクベスト中央部の最大都市・旧都カムラテナだという。


「よし、じゃあ張り切って行くか!」


 ビトーは、雪原に感動して雪舟から降りていたリコに、再び乘るように促す。

 だが、リコは両手を振って遠慮した。


「私はもういいよ、ちょっと雪の野原も歩いてみたいし。」

「そうか? じゃあフラン乘るか?」

「む、いいのか? ではお言葉に甘えて。」


 疲れている訳ではないが、正直ちょっと乗ってみたかったフランは、嬉々として雪舟に乗り込んだ。


「おー、これはいいな。ゆっくり景色が動くのもいい。」


 シカに曳かれるのとはまた違った乗り心地を堪能する。


「ホント、眺めがいいね。見渡す限り白いし。」

「でも、これだけ見晴らしがいいと、野生の竜が出たら真っ先に襲われそうですね。」


 少々心配気に言うルカに、ビトーが笑って答える。


「下位の竜は殆どのヤツが寒さに弱いから、これだけ雪が積もってたら動きが鈍って、大人しくしてるよ。」

「へぇぇ、そうなんですね。」

「ここ最近、野生の竜に遭ってないだろ?」


 思い返してみれば、ロープウェイで中央山間部に登ってくるまでは二日に一回は野生の竜に遭遇していたが、登って以来は召喚された竜以外には襲われていない。


「ビトーは竜に詳しいよね。」

「先生に教わったからな。中位竜になると、鱗で寒さを防ぐヤツとかもいるけど、野生では滅多に出てこないから……」


  ドゴォォォォォォォォン!!

 

 ビトーがちょっと得意げに説明していたところに、突如響く破壊音。

 全員が目を向けると、雪原の端の森の木々をなぎ倒しながら、巨大な竜が現れた。

 蛇の様な長い躰で、手足はない。角も無いが強力な顎と牙を持ち、背には体格の割には小さめの翼が付いている。


「アンピプテラだ! 言ってるそばから中位竜かよ!」


 肩に掛けた曳き綱を下ろし、ビトーは剣を抜いた。

 アンピプテラはビトー達を見つけると、地を這うように動き出した。


「ビトー、どうする気だ!?」


 雪舟を降りて同じく剣を抜いたフラン。


「皆は、先に進んで少しでも離れててくれ。アイツなら、俺一人でなんとかなる。」


 それだけ言うとビトーは直ぐに、アンピプテラに向かって走り出す。


「ビトー!」


 だが呼ぶ声に振り返る間もなく、ビトーの姿は自らの巻き上げた雪煙に消えた。


「あの巨体だ、近づかれると危ない。だからビトーは先に倒しにいく判断をしたんだ、我々も指示に従おう。」


 フランの言葉にリコとルカも頷き、各々雪舟の曳き綱を掴んで、走り出した。



  ー ◆ ー


 アンピプテラの現れた森とは、ビトー達を挟んで反対方向の森から、一人の男が出て来た。

 長めの淡い緑の外套と、ツバの広い帽子で、彼が旅人であると示している。

 ただ、その手にした鞄が、ただの旅人とは違う。その頑丈そうな鞄は、見る人が見れば弦楽器用のケースだと解る。


「うーーーーむ、インスピレーションが湧くかと思って雪原まで来てみたけれど、もっとイイものが観れそうだなぁ。」


 遠く離れているとはいえ、遮蔽物のない雪原では巨大な竜の姿はよく見える。

 そして、それに向かって猛然と走っていく剣士の姿も捉えられた。


「……走りに一遍の迷いもない。イイねぇ。彼こそが、ワタシの求めていた『魔竜王斬り』に並ぶ英雄譚の主人公、かな?」


 旅の音楽家は帽子を取る。長い金色の髪が、外套の上に模様のように広がる。

 その髪と同じ色をした瞳は、期待と喜びに満ちていた。



  ー ◆ ー


 ビトーが近付くにつれ、その竜の巨体が明らかになっていく。


『……でかい!』


 知識として知っているアンピプテラは、全長3m程度で、蛇状の躰の太さも人間位の筈だった。

 しかし目の前に迫ってくる竜は、その三倍はある長さに、ロープウェイを支える大木のような太さを持っていた。

 

「クァァァァ!!」


 口を大きく開いて、ビトーへと突っ込んでくる。

 

「くッ!」


 しかしその牙は空を切る。ビトーは横っ跳びに躱していた。

 蛇のような躰を捻らせ、瞬時に向き直ってくるアンピプテラ。


「意外と素早いな。」


 またしても牙を躱しながら、その巨体を観察するビトー。

 どうやら躰が成長しすぎた為か、その翼で空を飛ぶ事は出来ないようだが、方向転換や旋回に上手く利用しているようだ。


「……ん?」


 三度みたびビトーに向けて口を開いたが、今度は突撃して来ない。

 躰を直線に伸ばし、その場に静止している。


「!」

「クアッハァ!!!」


 アンピプテラがその巨体に見合った肺活量で勢いよく息を吐き出すと、衝撃波が巻き起こる。


『息に魔力を混ぜやがった!』


 ジャンプしたものの躱しきれず、吹き飛ばされるビトー。空中に舞い上がったその身体の着地点目掛けて、アンピプテラが迫る。


『でかさといい小賢しさといい、絶対野生じゃないだろッ』


 宙で体勢を立て直し、大鋼を構える。対してアンピプテラも、先に着地点に到達して大口を開けて構える。


「クアァァ!!」

「竜斬剣・竜牙折りゅうがおり!!」


 牙と刃が交錯する。

 打ち勝ったのは刃だ。アンピプテラの上顎から生えた2本の太い牙が、剣の一振りで切断される。

 だが、竜もやられっぱなしではない。着地したビトー目掛けて、尾の鋭い一撃を放つ。


竜尾薙りゅうびなぎ!」


 しかしそれもビトーの方が一枚上手だった。追撃を予測していたビトーは、尾に対してカウンターの斬撃を放つ。


「グアァァァ!!」


 尾は上下に別れるように、3m程斬られた。夥しい量の血が吹き出し、雪が青色に染まっていく。

 苦しみ、暴れ転がるアンピプテラを放置する程、ビトーは非道では無かった。

 大剣で鋭く脳を突き、とどめを刺す。


「グァッ………。」


 アンピプテラは絶息し、その動きを止めた。

 脅威を倒し、ビトーの集中していた意識が周囲へと拡がる。


「――は!? しまった!」


 強い魔力を感知し、振り向いた先は、リコのいる方だ。

 急いで駆け出し、戻る。


『アンピプテラは俺を誘い出す為の囮…! やっぱり野生じゃ無かったか、くそッ!!』


 敵の術中に嵌ってしまった自分に怒り、悔やみながらも、その感情よりも優先すべきものの為に、ビトーは魔力を篭めた足で全速力で雪原を駆った。


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