第42話 重役会

 ピノが夜会に招待された翌日。

 元々泊まっていた部屋ではなく、最上階のスイートルームを取り、移動していた。

 最上階はワンフロアが全て一つのスイートルームの為に使われており、邪魔が入ったり、盗み聞きされる心配もない。

 その上で、下階に繋がる階段や屋上にも部下を配置し、厳戒態勢を敷いていた。


 部屋の真ん中でソファに腰掛けるピノの前には、テーブルに並べられた拳大の紫の水晶が四つ。

 

「幹部連中への連絡は出来てるんだろうねぇ?」


 傍らのセインドを振り返り、聞く。


「昨夜のうちに連絡済みです。どのような事情があろうと、最優先で参加するように、と。」


 ピノはその答えに満足して頷き、今度は正面のロマリーを見る。ロマリーは長い銀髪を巻き上げ、男物の執事服を身に纏っていた。


「グエルヤからの追加報告はあったかい?」

「はい。ラシナからグエルヤ様への連絡に依りますと、ディーディエ様はまだお目覚めにならない、と。ただ、ボニーさんの治療により、命に別状はないそうです。」

「そうかい。アレは腕のいい治癒魔法使いだからねぇ。ディーディエは運が良かったね。」


 良かった、とは言いつつあまり機嫌の良さそうでないピノを目の前にして、ロマリーは背筋に汗が流れるのを感じた。


「ピノ様、正午です。」

「時間だね。では重役会議といこうか。」


 ピノがテーブルに両手を向けると、魔力を篭める。

 四つの水晶が端から輝き出し、その光量が揃って安定すると、ピノは両手を下ろし、膝の上で組んだ。


「皆、聴こえるかい? 返事しな。」


 そう呼びかけると、それぞれの水晶から声が聞こえてくる。


《デフェーン担当・ドナルゥ、おります。》

《イルディリム担当・ゲラシオ、同じく。》

《ノルクベスト担当・カデル、音声良好です。》

《特務隊長・グエルヤ、おります。》


 紫の水晶は、かつて魔人王国で使われた、音声通信装置だった。使用者の魔力が消費される為、通常は一対一の通信で使用されたが、ピノの強大な魔力が、四回線同時使用を可能にしていた。


「全員揃ってるね。では、緊急重役会議を始めるよ。」

《すみませんピノ様。プレミラのディーディエがまだのようですが。》


 カデルの問いに、ピノが応える。


「今回の会議の一つ目は、そのディーディエの事さ。人間とり合って、下手打って、大怪我しちまったんだ。」

《なんですと!?人間に?》

《あのディーディエが、まさか…》

《人間如きに、やられるとは。》


 驚愕の事実に、会議中ながら口々に騒ぎ出す幹部達。

 だが、ピノの一声ですぐ治まる。


「静まりな。やられちまったモンは仕様がないさ。大事なのは、これからどうするかだ。」

《……ピノ様、それはソーディンの奴らの仕業ですか?》


 ドナルゥはデフェーン担当という事もあり、聖戦剣の強さを一番感じていた。それ故、人間であっても聖戦剣士なら或いは、と考えたのだ。


「いや、どうも違うらしい。そうだったな、グエルヤ。」

《はい。ディーディエに貸している部下の報告では、敵は魔力を使って戦うとか。》

《魔力? ソーディンの連中は魔力は使わない…》

《じゃ、何モンだ? 知ってるなら教えろよ、グエルヤ。》


 ゲラシオが音声だけながら、詰め寄る様に言う。


《こっちも詳しいことは分からない。『竜斬り』という異名と、竜の喚巫女を護っているという事だけだ。》

《『竜斬り』? 獣人じゃあねぇんだろ?》

《ああ、人間で間違いない筈だ。》


 グエルヤの返事に、一同が唸る。

 魔人に対抗出来る人間、それもディーディエ程の上位魔人を撃退する人間が、そう簡単に現れてもらっては困るのだ。


「問題は、そいつが我々『商団』を狙って敵対するつもりなのか、それとも単に降り掛かった火の粉を払い除けただけなのか、だ。」

《手を出さなければ、何もしない可能性も?》

《だが、あのディーディエが報復しねぇなんてあり得るか?》

《最悪、『商団』を脱退してでも、やりかねんな…》


 自分の言葉で再び会議が踊り始めたのを、手を叩いて止めるピノ。


「ディーディエの事は気にしなくていい。駄々こねても、言う事を聞かせるよ。」


 そう軽い口調で続けたが、幹部達はその言葉のを感じて押し黙る。

 『ディーディエを大人しくさせる事など容易い。』それを言える者が、世界にどれだけいるだろうか。


「……どちらにしても『竜斬り』を放置するつもりはないんだよ。これからの計画に支障が出るといけないからねぇ。ただ、そのタイミングがいつになるか、なのさ。」


 ピノはグエルヤの報告から、『竜斬り』の行く先を分かっていた。


やっこさんは、これからノルクベストに入るようだ。理由は分からないが、もし『商団』を潰す為なら、カデル、お前のところに来るだろうね。」

《……確かに、竜の喚巫女を連れているなら、にも『商団』が関わってると思いついても、不思議はないですね。》


 そういう意味では、各国担当幹部の中では自分達が一番派手にやっている、とカデルは自覚がある。それでも普通なら魔人の関与など疑いはしないだろうが、実際に『竜の喚巫女』絡みで魔人と戦った者なら、気付くのも可怪おかしくはない。


「もし闘り合う事になったら、構わないから殺っちまいな。ただし、最優先はティエーネだよ。必ず守りな。」

《勿論です、言われるまでも御座いません。》

「フフ、稼ぎ頭なんだからねぇ。本人にもよろしく伝えておいておくれ。」

《有難きお言葉です、ティエーネも喜びます。》


 本当に嬉しそうに言うカデル。セインドはピノの後ろでそれを聴きながら、理解し難い、という表情を見せた。

 顔を見ずとも雰囲気を察したピノが苦笑する。


「相変わらずの堅物だねぇ。」

《はい?》

「いや、こっちの話さ。とにかく、カデルは警戒を怠るな。向こうが接触して来ないなら、今は無理に始末しなくてもいい。」

《……こちらが標的では無かった場合は、どうされますか?》


 ドナルゥの質問に、少し考えるピノ。


「そうさねぇ……狂信者潰すのに上手く利用できればいいが、まあ無理そうならしっかり準備して潰すか。」

《……竜の喚巫女が『竜斬り』にとって最も大事な存在ならば、巫女を引き込めば、あるいは手駒に出来るかもしれません。》

 

 ピノが『教団』潰しに『竜斬り』を利用する案を持っていた事を確認し、ドナルゥもそれに追随した案を続けた。


「……面白いね。戦うのが面倒ならいっそ味方に取り込んじまおうっていうのは、キライじゃないよ。なにしろこっちには、前例があるわけだしねぇ。」

 

 結局のところ、『竜の喚巫女』が一番憎むであろう相手は自分に魔法をかけた『教団』であり、『商団』は直接的に何かしてきた訳ではない。『教団』憎しの感情が強いのなら、交渉の余地はある。

 だが、相手が全ての魔人を敵視しているのなら、難しい。


「そういう意味では、ディーディエは早まったかもしれませんな。」


 セインドの言葉に、ピノは頷かない。


「そりゃ、後からなら何とでも言えるさ。だけど今までだって、喚巫女からの竜の供給が滞った場合、邪魔者は排除してきたんだ。それを責めるなら、行かせたアタシを責めるんだね。」

「は、口が過ぎました。」


 頭を下げるセインドだったが、ピノは大して怒った風でもない。


「ま、とりあえずの対応になった場合も、カデル達に任せるけど、いいかい?」

《は。ご期待に添えるように励みます。》

「よし。『竜斬り』についてはそのくらいにして、例の計画の件だが、大幅に修正することになった。グエルヤには早々にプレミラ入りして貰うよ。まずは、現地に残ったディーディエの部下と合流して――」


 会議は新たな議題に移った。

 昨夜のイエロとの会談に因って齎された計画の変更は、ディーディエが敗北したのと同じ位、幹部たちに驚きを与えたのであった。

 


  ― ◆ ―


「ふうぅ…」


 カデルは暖炉の前で、椅子に深く座り直し溜め息を吐いた。

 ノルクベストのとある町にあるそのアジトは、魔人が出入りしているとは思えない普通の民家だ。雪の降る地方に相応しく、重みに耐える太い木で建てられている。


「ディーディエの野郎、しくじりやがったな…」


 窓の外の白銀の風景を眺めながら、カデルは同年代の同僚の事を思い出す。自分はディーディエ程、好戦的では無かったが、嫌いではなかった。ディーディエの場合、『強者』という括りはあるものの、人間でも獣人でも種族問わずに認める度量があった。

 カデルの立場からすれば、排他的な魔人主義者よりも余程付き合いやすい相手ではあったのだ。

 そのディーディエの後始末を自分に託された以上、きっちり果たすつもりだった。


「……ん?誰だ?」


 テーブルに置かれた、紫の水晶が光る。色合いから、一回線のみの連絡と分かる。


《カデル、俺だグエルヤだ。聴いてるか?》


 先程まで共に会議に参加していた特務隊長グエルヤだ。


「おお、聞えてるぜ。どうした?」

《カデル、お前、ディーディエがやられた事、どう思う?》


 唐突な質問に、少し黙って考える。


「……どうって、そりゃ『竜斬り』がよっぽど強いんだろうな。」

《そうか、他の連中の様に『ディーディエが人間に油断した』と思ってないのは流石だな。》

「あいつらそんな事言ってたのか。」


 ああ、他の幹部連中は人間を見下してるからな…と、カデルは内心苦笑した。


《いや、直接言ってはないが、会議での言い方を聞いてりゃ分かるさ。まあ、連中の気持ちも分かるがな。》

「ほう?」

《考えてもみろ。ディーディエだぞ? タイマンでアイツに勝てるのが、この『商団』に何人いるよ。》


 言われて、カデルも思い浮かべる。


「……ピノ様と、お前くらいかな。」

《俺だって『心器じんき』ありき、で、だからな。同じ条件なら、どうなるか解らん。》


 つまり、そのくらい強いディーディエが、実力で負けたと思いたくないのだ。

 その思いは相手の力を低く見積もってしまい、それこそ油断に繋がる。グエルヤは、それをカデルに釘を刺そうとしていた。


「俺は、油断はしないぜ。油断ではなく、は必ず勝てると思ってる。分かるだろう?」

《……ああ、お前達なら勝てるだろうな。済まない、いらない心配だったな。》

「いや、戦闘のプロからの指摘だ。有り難く受け取って、注意しておくぜ。」


 カデルが素直に礼を言うと、グエルヤも笑って、通信を切った。

 自分より強いディーディエを倒した相手でも、勝てる自信。カデルにはその、切り札があった。


「人間では、絶対に勝てないさ、俺達にはな…。」



  ― ◆ ―


 人里離れた山奥の洞窟。

 そこで通信を切ったグエルヤは、考えを巡らせる。


「……確かに、人間の剣士に負けることは無いだろう。普通はな。」


 グエルヤは、ラシナからの報告の中で一点、皆に伝えていない事があった。


「まさか、人間に『魔力刃』の使い手が現れるとはな……。」


 もしそれが本当であるならば。

 ディーディエが敗れた事もまた、必然であったろうと、グエルヤは思う。


「『竜斬り』が俺達の領域に辿りつけるのなら……ククク、なかなかに面白い。カデルとの闘いで、見極めさせて貰うぞ。」


 自分の、真に望むもの。

 『竜斬り』は、それに近付く鍵となり得るのか。或いは、壁となるのか。

 どちらにしても愉快な事になりそうだ、とグエルヤはほくそ笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る