第10話 強者の憂鬱

 ビトー達がいる国は、大陸の北東部にあるプレミラ王国である。

 長方形に近いような縦長の国土は、北と東が海であるため、漁業も盛んであり、また、草原が多いため牧羊を始めとした畜産も盛んだ。

 内陸側はいくつかの隣国と面していて、その国境沿いには、北西部に辺境伯領1つ、西部、南部には侯爵領3つがあり、ある程度の権限を与える替わりに守護させている。

 そのため、東の海に面した首都リンドナルは、大陸の中でも指折りの安全な都、と讃えられていた。

 安全性は高いが、他国との行き来がし難い首都、となると、退屈な田舎の都とも言える。

 とはいえ貧しい国ではなく、国内で生まれた金は首都に集まって来るので、退屈しのぎの道楽は必須となる。

 そのため、リンドナルでは娯楽としてギャンブルの人気が高く、カジノが隆盛を誇っていた。


 そのカジノの一つ『イン・パレス』は、所謂ファイトクラブである。

 カジノの中央に闘技場があり、対戦する選手の勝ち負けを賭けるのだ。

 登録選手の強さごとに階級があり、基本同階級の者同士で試合を組むことで、ギャンブル性を高めている。

 また、武器や法術の使用は禁止されている。それは選手の安全に配慮しているわけではなく、素手でやった方が試合時間が伸びて楽しめるからだ。

 ただ、その中でただ一人、対戦相手に武器や法術の使用を許可している選手がいた。


「さあ皆さんお待ちかね、本日のメインイベント・チャンピオンシップです!」


 観客席にはその日一番の客数が集まり、試合が始まるのを待ち焦がれている。


「まずは挑戦者、大剣使いアーノルド!」

「おおう!」


 呼ばれた挑戦者はなんと全身鉄鎧フルプレートメイルを身に着けていて、更に身の丈以上の大剣を背負っていた。

 その姿に、観客がざわつく。


「おい、いくら武器ありだからってありゃやりすぎじゃねぇか?」


 その日初めて連れてきた友人の質問に、常連の客は笑って答える。


「まあ見てろ、ここのチャンピオン相手に、やりすぎってことはねえのさ。」

「ほ、本当かよ?」


 訝しむ友人を尻目に、常連客は手持ちのチップを全額チャンピオンにベットする。

 客席には小さなテーブルが一つ一つ付いており、そのテーブルの真ん中のポイントにチップを置くと半円のドームが締まり、勝敗が決するまでチップを取り出せない。

 全てのテーブルの状況は会場内を歩くディーラーに管理され、勿論負ければチップは返ってこない。


「それではいよいよ登場です、イン・パレス常勝無敗のチャンピオン、ディーディエ!」


 法術で拡張されたアナウンスが響くと、観客から歓声が上がる。

 一般選手の控室へ続く扉とは舞台を挟んで反対側にある、豪奢な扉が開き、中から一人の男が出てきた。こちらは鎧どころか、闘技用の防具すら付けていない。

 金髪を逆立てたその男は、確かに引き締まった肉体をしていたが、体格の面では他の選手と変わるものではない。むしろ大剣のアーノルドに比べて、一回り小さく見える。

 筋骨隆々の大男を想像していた初めての客は、拍子抜けしたように椅子に深く座り直した。

 しかし、チャンピオンの試合を見たことがある者は、期待を膨らませて盛り上がる。


「ディーディエ、今日もやっちまえー!」

「チャンピオン!チャンピオン!」

「俺は全財産掛けたぞぉ!!」


 嘘か本当か、私財をなげうったと叫ぶ者までいる。

 しかし、オッズはチャンピオンの超優勢で、大した儲けにはならない。

 それでもこの試合が一番盛り上がるのは、ギャンブル好きでさえギャンブルを忘れて、試合そのものを楽しみにしているからだ。


 闘技場の真ん中で、チャンピオンと挑戦者が向かい合う。


「今日で、チャンピオン交代だ!」


 いきり立つアーノルド。


「ハ、精々張り切って、長引かせてくれよ。」


 余裕綽々のディーディエ。

 そして、開始を告げるゴングが鳴り響く。


「うおおおおおっ!!」


 ゴングと共に、大剣を振り上げて、そのまま真っ直ぐ振り下ろす。その速さはかなりのもので、接近していた二人の間合いでは、確実に相手を捉えることができた……筈だった。

 大剣は何もない空を斬り、闘技場の石の床をにぶつかる。


「にっ!?」

「こっちだぞ。」


 声と同時に背中に衝撃が奔る。後ろから蹴られたのだ。

 大きく体勢を崩しながらも、振り向くアーノルド。

 しかし、そこにも誰もいない。


「遅すぎる。」


 今度は左脇腹を蹴られた。つんのめって手を付く。観客の笑い声が響いた。


『馬鹿な、全く捉えられんッ』


 アーノルドはただ大剣を振り回すだけの力自慢ではない。剣の腕にも自信はあったし、傭兵としても慣らしてきた。その戦場を渡り歩いた目を持ってしても、ディーディエがいつの間に死角に入ったのか、分からなかった。


「……だが、そんな軽い攻撃ではこのメイルはびくともしない!」


 アーノルドは勢いよく立ち上がると、大剣を中段に構えた。速さに対応するため、間合いを取る。


「そりゃあな。軽く撫でてやらないと、すぐ終わるからな。」


 ディーディエは構えもせず、棒立ちでせせら笑う。それが、アーノルドの誇りを刺激した。


「全身全霊で、斬る!避けられるものなら、避けてみろ!!」


 瞬時飛び込み、間合いを詰める。そのまま、大剣による突きを敢行する。

 しかし、ディーディエは避けようともしなかった。


「な!?」


 ディーディエは両拳を合わせ、胸元で大剣を止めていた。拳による白羽取り、とでも言おうか。


「避ける必要、ないんだよなぁ。」


 つまらなそうに言うと、そのまま両腕を捻る。

 大剣に合わせて、アーノルドがぐるりと回った。


「ぐわっ」


 地に倒れ、すぐさま起き上がろうとしたところを、メイルの上から首を掴まれる。

 メイルが指型に凹み、首が絞まる感覚に襲われる。


「そ、そんな、ば、か、な……」


 喉が押され、声が掠れる。

 そして、ディーディエが右腕を上げるのに合わせアーノルドの体が吊り上げられていく。

 全身鎧を着た、自らより大きな男を吊り上げる腕力。

 あまりの出来事に、アーノルドは恐怖で震えが止まらなくなる。

 そんな様子に、ディーディエは大きな溜め息を吐く。


「……もぅ、終わりだ。」


 空いていた左拳をストレートでぶち込むと、アーノルドは鎧の破片を飛ばしながら、舞台の外へと吹っ飛んだ。


「場外!試合終了、チャンピオン・ディーディエの勝利です!!」


 湧き上がる観客に愛想を返すこともなく、ディーディエは元来た豪奢な扉へと戻っていった。


  

  ― ◆ ―


 控室に戻ったディーディエに、男が寄ってくる。背はディーディエより一回り小さく、年齢は少し上に見える。

 

「お疲れ様です、ディーディエ様。」

「ドロモか。お前が直接来るとは、珍しいな。」


 ドロモと呼ばれた男が差し出した汗拭き用の布を受け取らず、ソファに深々と座り込む。


「疲れてなどいない。この国の腕自慢程度が相手ではな。」

「左様で。」


 替わりに酒の入ったグラスを差し出すと、今度は受け取り、口の中へ流し込む。


「……この国は退屈だが、力のあるものが富を得るシステムと、酒の味だけはまあ悪くないな。」


 しかし、ディーディエにとっては闘技場での活躍など、退屈な日銭稼ぎに他ならない。

 気が向いたときだけ舞台に立てば金は入るが、本来闘技場という場所で得られる筈の戦闘の高揚感などは、欠片も感じられなかった。


「……ピノ様は何時いつ、配置換えしてくださるのか…」


 そこまで愚痴を言って、初めて、ドロモに聞く。


「で、何の用だ。」

「は。実は商団本部から連絡がありまして。」


 それを聞いて、ディーディエが身を乗り出す。


「異動か?」

「いえ、残念ながら。」


 ドロモが申し訳無さそうに言うと、あからさまにがっかりして酒を呷る。


「チ、まったくグエルヤのヤツが羨ましい。……じゃあ、何の連絡だ?」

「本部によると、一昨日この国の北部にて時震じしんがあったようで。」


 少し声を潜めて、ドロモが言った。


「…ほう。本部で観測できる規模の時震は珍しいな。良い話じゃないか。」

「ですが、『エギュイーユ・デバイス』が発動しなかったそうです。」

「なに?」


 その事象が、何を示しているのか。ディーディエには解っている。


「……少なくとも角竜、地竜程度の竜を、返り討ちにした奴がいる、ということか。」


 ドロモが神妙な面持ちで頷いて、続ける。


「本部は、直ちに調査することを求めています。『虫』を出しますか?」

「……いや、お前が行け。」


 ディーディエは、何処か嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「もし、そんな使い手がいるとしたら、『虫』程度ではどうにもならんだろう。お前が行ってこい。」

「私が始末してよろしいので?」


 ドロモの言葉には、ディーディエの楽しみを奪うことについての許可を求める意味合いがあった。

 

「かまわん。お前にやられるくらいの奴なら、俺が出るまでもない。」

「は。」


 そして、ディーディエは顎で『行け』と指し示した。

 対して、ドロモも無言のまま一礼すると、その場から消えた。



 高速で移動してイン・パレスの外に出たドロモ。苦々しげな表情だ。


「……強いだけの脳筋めッ」


 年下の上司であるディーディエは、圧倒的な力を持つ分、その力を物差しとして何でも考えようとする。それが、ドロモには愚かしく思えたが、勿論逆らうことなど出来ない。


『あの先祖返りは、何も解っちゃいない。闘争に生きるだけの時代は終わったのだ。』


 しかし、これはドロモにとってのチャンスでもある。ここで上手くやれば、本部の依頼に迅速に対応した結果が残る。

 それは、本部の評価に繋がるはずだ。


『ピノ様の求めていることを、理解しているのは自分だ。強いだけで取り立てられたやつとは違う!』


 その自負が、ドロモの出世欲を掻き立てているのだった。

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