第9話 訪れる恋と、去り行く想い?
ドアを閉めた際に、ドアの奥で男性諸氏の方々の苦悶の声が響いたが、それはユートピュアには届かなかった。
それよりも、先ほどの行動に対し、思わず自分から彼女の手を握ってしまった……
言い訳かもしれないが、物凄く切ない横顔をしていたからだ。
自分としては礼儀として、公爵の方々へ一礼をと思い、ギュッと握られた手を振り解いてしまった。そうギュッと力強く握られていたので、こちらもついつい力んでしまったのだ。
それが、彼女には僕が嫌がっている様に受け取られてもおかしくなかった。彼女の行為を無碍に出来ない。
もちろん例え自分がユートピュアと思われての好意だとしても……
手を強く握り返された時の、彼女の驚いた顔にはドキッとさせられた。
それは元の世界で例えると、デートの約束をしてたけど、待てども待てども全然彼氏は来ない。私の事なんか興味無くって、それよりも男同士でまた遊びに行っちゃったのかな~~っと、ガードレールの上に座ってぼぉ~~っとしてたら、急に後ろから手をギュッと掴まれ、ビクッとしたかと思うと、目をパチパチパチとしばたたかせてから、ニッコリ"嬉しい"という微笑む、まるでそんな表情を彼女は、ローゼンマリアさんはしたのだ。
思わず、キュン死しそうになった!?
もちろん元の世界ではそんな体験はしてなくて、アニメとかドラマで見たシーンと重ねた訳だが、まさか異世界でそれと同じ、いやそれ以上のドキドキ体験をするとは思ってもみなかった。
見た目では自分の方が若いが、実際は大分年齢が上なのだろう。見た目は女、心は男のこの僕にとっては、彼女は紛れも無い年上のお姉さんだ。
元の世界の関係なら大学のお姉さんと、高校二年の男子で、かなり大人な恋愛体験を期待してしまう。
でも、現実の関係に戻せば、女同士の関係。
周りの男性達の好奇な目で見られることを恐れ、恥ずかしさのあまり急いでドアを開けて、彼女を連れて廊下へと飛び出してしまった。
バっと勢い良く廊下に飛び出したので、給仕係の一人が”ヒィッ”と驚いてひっくり返ってしまった(汗)
幸いお皿などのような陶器製の物を運んでおらず、代わりに沢山のリネンが赤い絨毯の上に散らばった。
申し訳なかったので、それを拾おうとしゃがもうとしたが、グッと引力がかかったように反対方向に引かれると、手を握っていた彼女とまた目が合う。
少し不機嫌な顔をしながら、彼女が開いた言葉に、少し言葉を失った。
僕は彼女の言葉に言葉を失った……
「ユートピュア様、こんな所で腰を下ろすなんて、はしたない!」
「いえ、リネン……布を私のせいで落とされてしまいましたので、お手伝いをしようと」
「それは彼女の仕事ですわ、ワタクシ達が使用人の手伝いをする必要は有りませんことよ」
「使用人は貴女の奴隷なのですか? ローゼンマリアさん!」
少し人の扱いに対して、癇に障ったので、思わず敬称を付けずに彼女を叱るように呼んでしまった。
「いえ、そうでは無い…ですけど……ワタクシ、何かユートピュア様の機嫌を損ねることしてしまいまして?」
「いえ、私自身では無く、彼女に対する態度が失礼でしたので、少し声を……」
「彼女に対して? ワタクシがですか? 何をしましたの?」
「私がしゃがもうとした時、貴女はそれがはしたないとおっしゃいました。つまり、彼女が行っている行為は、下品な行いだと言っている様なものです。」
「いえ、そういう意味では……」
「違うんですか? なら彼女を手伝わせて下さい。まだまだ布が所々に散らばって大変ですから」
そう言うと僕は、布を拾うのを手伝い始めた。
それを見て給仕係の彼女は慌てて僕の手伝いに対し『おやめください、一国のお姫様がこの様なこと……』と必死に止めようとしたが、その隣にいたローゼンマリアさんも同じように屈んで、布を拾い始め、『こちらが招いたこと、その償いですわ。そしていつも有り難うね』と微笑んで言うと、彼女は黙って一礼をした後、慌てて私達と一緒に散らばった布を集めた。
彼女よりも驚いていたのは、他ならぬ僕自身だった。
まさか、公爵のお嬢様も僕と同じように床に膝をつけ、文句も言わずに布を拾うなどとは思っても見なかった。と同時に彼女は最初の印象とはまるで別人で、本当に素敵な女性だと言うことが分かった。
そう、彼女は素直でとても優しく、人の言葉を真面目に受け止め理解する賢さが有る、正に淑女そのものなのだ。
自分がこの世界では彼女と同じ性であることが、物凄く切なくなった。
この時僕は本当の意味での初恋をしていたのだと思う。初恋は実らないと言うのは良くいったものだ。
「さあ、終わりましたわ、ユートピュア様、お部屋に行きますわよ」
そう言って、額の汗を拭う彼女は一層美しく見える。
「貴女まで巻き込んでしまってごめんなさい。」
「巻き込む? 何をですの?」
「私と同じように、『ああ、布拾いのことですね』はい……」
申し訳なくて頭をポリポリ掻いて入ると、『有難うございますね』と寧ろ謂れの無いお礼をされてしまった。
「有難う?」
「はい、貴女のお陰で気付いたんです。知らない間に、使用人を同じ人間として見なくなっていたことを、そしてそれはとても醜い行いだと言うこと。さっきユートピュア様は皇族でありながら、普通に膝をついていました。私は皇族の方が地べたを気にもしないで、彼女と同じ目線で作業されることに、本当に感動しましたの。偉い身分なんて関係無いのだと、人として相手に対してどう向き合うのが正しい行いなのかを、目の前で見せていただきました。そしてそんな貴女だから、大勢の人々にも今でも愛され、尊敬されていることも……ますます貴女を好きになってしまいました、あっ……」
好きって、ええ!?
また、今度も違う意味で二度言葉を失った……
(ますますって言ってたよねっ!!)
聞き間違いじゃ無いよね。ローゼマリアさんって昔からユートピュア(今は僕のことだけど……)さんのことが好きだったんだ。こんな綺麗な子に好きと言われて、ドキッと言うか、今度は間違い無くズキュンっと僕の心は撃ち抜かれたけど、でもそれは僕で有って、僕じゃない。
こんなもどかしいことって無いよ……
元のままの姿でこの世界にこれたら、どんなに良かっただろう。
まあ、でも ”雪白 夕"の姿では、きっと相手にもされ無かったんだろうな~~今はユートピュアとしてちゃんと返事しなきゃだな。
「ごっ、ごめんなさい。私どうかしてますわね。女同士なのに、でもこの想いを伝えずにいられなかったんです」
「いえ、有難う御座いますね。貴女の気持ちはとっても嬉しいです」
「え?」
「えっ!?」
「………………」
何となく気まずい雰囲気になってしまったので、意を決して彼女の腕に手を絡ませ、『さっ、女同士しか出来ない、女子会するんでしょ?』と微笑んで言うと、『女子会? ですか……』と最初は何のことか分からなかったみたいだった、その後 "ああっ" 成る程と言ったような表情を見せると、元のローゼンマリアさんに戻り、二人で仲良くいそいそと、彼女の部屋へ向かった。
扉に到着すると、改めてここが別世界なのだと認識させられる。
もちろん何処かの外国に行けば存在しているのかも知れない。木製でできた扉は、全体的にくすんで青みががっており、まるで宝石の碧玉(へきぎょく)の様な色をしている。
また外枠は金属で覆われ、前面には上品な銀の薔薇(ローズ)の花や妖精の装飾が施されていた。
なるほど、ドアの装飾を見れば、ローゼンマリアさんの部屋だと分かるように、ドア自体にも気を遣うところ、やはりここが貴族の屋敷の一角なのだと分かる。
扉を見ながら "うんうんうん" と頷いていると、ローゼンマリアさんは不思議そうな顔をして話し掛けて来た。
「ユートピュア様? さっきから一人で何か納得されるかの様に頷いていらっしゃいますが? どうされたんですか?」
「いえ、大したことでは無いのですけれど、扉の装飾をみて素敵に思ったんです」
「ステキ……ですか?」
「ええ、この薔薇って、貴女の名前をモチーフに扉に配わられたのだな~~と見てて、一人感動してました」
「そうだったんですね」
「え!?」
「フフ、お恥ずかしながら、ご指摘頂かなければ、今の今まで気付くことは、なかったと思われます、さすがユートピュア様ですわ」
「そうなんですか、これは何方がこのアイディアを?」
「母です、ジャスパー・アイネ……あっ!」
彼女はより瞼を大きく開くと、右手をゆっくりあげて、やがて下唇を人差し指と親指で軽く摘むと、驚いた表情のまま僕の方を向いた。
「いったい、どうされたんですか!?」
「いえ、母の名前なのですが、ジャスパーと言います。そしてこの扉の色なのですが……ジャスパーグリーンの色なんです」
「ジャスパーグリーン?」
「ええ、ワタクシ趣味で絵を嗜んでおりまして、この青に緑が混ざった色はジャスパーグリーンと呼ぶのです。それで気付いたんです。母はいつも薔薇(ワタクシ)を包み込み、守ってくれてるんだって、そういう意味でこの扉を用意してくれたんだって」
「素敵なお母様ですね」
「はい」
「あっ、すいません。そろそろお部屋に入りませんか? 」
「はい、是非」
……無意識に "はい" と言ってしまった。
まだ、秘密の花園に入る心の準備も出来ていないのに。
しまった……
ついつい流れで是非と言ってしまったけど、これってカトリーナさんの時のような、たまたま女の子の部屋に転送された、ってことじゃなくって、元の世界で言う所の、彼女の部屋にお邪魔しますってパターン何じゃないの(汗)
まあ、僕の彼女では無いので、若干シチュエーションは異なるのだけど……それにしても意識してしまった人だよ!!
やばいやばいと思いながらも、もう扉はウェルカムしている。”どうぞ、お入りください”と言っているかのように。
顔には出さないように努め、勧められるまま部屋に入った。
これぞお嬢様の……部屋?
あれ? 想像よりも落ち着いていて驚いた。まあ女の子(おんなのこ)女の子してるって主張をしている部屋よりも、シンプルなほうが恋愛初心者の僕には助かる。
本当に最初の言動とは違って、物凄く知的な女性なのだと思える部屋の内装を見ながら、テーブルと椅子の有る場所へと移動する。
「どうぞ、この椅子へ座って下さい」
「ありがとうございますね」
彼女に促されるままに、猫脚の背もたれのある象牙色の椅子に腰を降ろすと、ゆっくりこの部屋の開けた空間を眺めた。すると部屋に配置されている物に対して興味を抱かずにはいれなかった。
まるで祖父の家に飾って有った、ポンパドゥール夫人のレプリカの絵と同じ様に、地球儀とは違うが、その代わり壁にはこの世界の地図であろう物が貼られている。
これでこの世界の全体を掴むのに役立つ、是非後で見ることにしよう。
続いて次に目に入ったのが大きな本棚で、しかも小さな本屋みたく幾つも棚ごと置かれており、またその本棚には隙間などは殆ど無く、ビッシリと本で埋め尽くされていた。
どんな本なのか迄は分からないが、向こうの世界とは違い当然漫画などは無く、それだけでもかなりの教養の有る人なのだと、改めて実感した。
「本がお好きなんですね?」
「ええ、そうなんです。読むだけで自分の中には無い世界が拡がるので、それにキッカケは貴女の影響なんですよ」
「私の影響?」
「はい、ちょっと待ってくださいね」
そう言うと本棚が有る方へ歩き出し、真ん中の本棚の辺りで手を伸ばすと、その中の有る一冊をゆっくり大切そうに取り出し、こちらに戻ってきたのだが、何故か彼女は少し緊張しながら頬を赤らめ、本をこちらに差し出す際『ど…どうぞ……』と少し震える声になった。
どうしたのだろうと思ったが、それよりも目の前に差し出された本の題名に目を奪われた。
"Legend of the WSE "…これって?
"White Snow Empire" の略なんじゃ? 間違いは無いとは思うが念のため、彼女に聴くことにした。
「これって……」
「はい、貴女の国について書かれた歴史本です」
手渡された本の重さは、まるで背負った歴史の重さのようでも有った。そう僕はこれを開くことで、より彼女の生涯に近づく気がした。
そう、ホワイト・スノウ皇国のユートピュア姫に……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます