第188話 歴戦の真祖

Side:天霧 英人




 狂龍臨天の発動はできなくなったが、レイナとミランダさんの合流によって、戦況は幾分かマシにはなった。


 マシにはなったが、厳しい状況であることは間違いない。


 俺は一度、ネメアの手札を整理する。


 まずは奴のスピード、さっきの攻撃は全く反応できなかった。

 おかげで片腕を失ったし、大剣の攻撃力もかなり落ちる。


 さっきまでは狂龍臨天のおかげで実力差は感じなかったが、改めて想像以上に格上な事を理解させられた。

 

 真祖の心臓とやらを取り込んで、今の状態が本来のネメアの姿だ。


 さっきまでは血を操作する攻撃しかしてこなかったが、厄介な血の呪いの力も使ってくるだろう。

 

 次にまともに攻撃を受けたら詰むと考えたほうがいいな……


 状況を整理していると、ネメアが動きを見せる。

 

「仲間が何人集まった所で、本来の力が戻ったアタシには勝てないわよ? フフフ」


 余裕の笑みを浮かべているが、俺たち三人をしっかりと警戒しているのが分かる。


 まずは回避に専念しよう……それからレイナもミランダさんも、直接攻撃は避けた方が良いな。


 俺は魂話で二人に指示を飛ばす。

 

『二人とも、俺の援護に徹してくれるか? 奴のスピードと血の呪いは脅威だ。一撃も被弾できない』

 

『それが良いと思うわ』

『……了解よ』


 レイナは、少しだけ不満そうな声色だったが、俺の指示に従ってくれる様だ。


 これで良い……おそらく俺以外はまともに近接で戦えない。

 

 龍纏を使ったとしても、奴のスピードの方が上だ。


 だったら、あれを使うしかない。


 俺は大剣を仕舞い、インベントリから投擲用のナイフを取り出す。


 ______

 投げナイフ(オリハルコン・A級)

 ______

 

 ただのオリハルコンのナイフだ。

 武装ガチャで大量に余った物で、最大ランクまで合成してストックしていた。


「龍纏……」


 龍気を最大出力で纏い、ネメアとの能力差を僅かに埋める。


 そしてネメアめがけて、強化された筋力でナイフを投擲する。


――シュッ!


 風切り音を上げながら、高速でオリハルコンのナイフが投擲されるが――

 

――キン!


 ネメアは簡単に叩き落とし、ナイフは地面に突き刺さる。


「なんのつもり? こんなもの……アタシに効くとでも思ってるのかしら? 失礼な坊やねぇ……」


 俺は走り出し、ネメアの周囲を駆け回る。


 新たにナイフをインベントリから取り出し、立て続けに投擲する。


――シュシュッ!


――キン! キン!


 ナイフの投擲を繰り返していき、周辺の足元に、弾かれたナイフが散らばっていく。


 そしてネメアの機嫌も、徐々に悪くなっていく。


 これくらいでいいか……


「そんなに死にたいのかしら? ならお望み通り――」


 そう聞こえた直後、俺の目の前に獣腕を振りかぶるネメアが現れた。


 っ ! ? 送喚!


 視界が一瞬で切り替わり、ネメアから少し離れた場所に瞬間移動した。


――ドーン!


 空を切ったネメアの攻撃は、地面に突き刺さり轟音を立てる。


 ギリギリか……気を抜いたら即アウトだ。


「召喚」と「送喚」のコアスキル、その特性を活かした瞬間移動。


 武装ガチャの武器や大剣の近くにしか転移できないが、発動できればノータイムで移動ができる。


 これを実践で使うことになるとはな……昔に色々確認しておいて正解だった。


「ふ〜ん……空間系のソウルスキルか何かかしら? 良いもの持ってるじゃない。だけどね坊や……アタシが今までどれだけの人間を殺してきたと思ってるの? フフフ――」


 そして次の瞬間、再びネメアが俺の視界に突然現れる。


「くっ! 送――」


 俺が送喚を発動しようとしたその時、ネメアは背中の羽を大きく広げ、俺の視界を黒い羽で覆った。


「アハッ! やっぱりそうよねぇ! 移動先の目視……それが転移の条件でしょう?」


 こいつ ! ?


 ネメアの振り上げた獣腕が、俺を押し潰そうと振り下ろされる。


 間に合わない ! ? 


 直ぐに大剣を右手に召喚し、刀身を寝かせて衝撃に備えた時だった。


 俺とネメアの間に、氷の壁が割り込んだ。


 だが氷の壁の耐久力も乏しく、ネメアの攻撃は氷を突き破って大剣の面に衝突した。


――パリーン!


「ぐっ ! ?」


 俺は大きく吹き飛ばされ、そのまま建物の壁面に激突した。


――ドーン!


 ビルの石片が降り注ぐ中、体に走る鈍い痛みに悶絶する。


 くっ……肋が折れたか ! ?


 そして、ネメアが追撃に動いた。


「瞬間移動くらい……アタシにとっては見慣れた小細工に過ぎないのよ? 血呪・共冥感染」

 

――シュウウ 


 ネメアの体から、勢いよく赤い霧が噴射された。


 あれは……毒霧? 


 先ほどまでの物理的な攻撃では無いことに、一瞬だけ気を取られていると、聞き覚えのある叫び声が戦場に響いた。


「ミスター ! ? その霧に触れてはいけない!」


 若干の焦りを含んだその声は、誰なのかは直ぐにわかった。


 アーサーさん! 


 よく分からないが、直ぐに回避を――


 視界に広がる毒霧で、転移先のナイフは目視できなかった。

 

「チッ! 龍翼展開!」


 幸運なことに毒霧の迫る速度は、ネメア本人の脅威的なスピード程ではなかった。


 体の痛みに耐え、なんとか上空へと退避することに成功した俺は、アーサーさんの姿を確認する。

 

 アーサーさん? 


 ビルの屋上に、アーサーさんとセツナさんの姿が見えた。


 しかしアーサーさんの雰囲気が少し異様だった。


 龍眼に映るアーサーさんの体には、白いオーラが揺らめいているのが見えた。


 あれは……ソウル?


 間違いない、レイナやアンナさんがユニークスキルを発動するときに見える白いオーラだ。


 そこでふと、少し前にあったアナウンスの言葉を思い出した。


『契約者二名の魂が覚醒しました』


 魂が覚醒した……まさか、ソウルスキルに目覚めたのか ! ?


 毒霧の充満する地上を警戒しながら、俺はアーサーさんとセツナさんの元へと移動した。

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