第51話 終わりの始まり
「ご無事ですか ! ? 王よ!」
俺の目の前にはニダスに相対するリュート達4人の背中が見えた。
飛んできたのはサクヤの矢か……
俺がサクヤに買った矢はミスリル、ケチらないで正解だった。
「英人さん! ゴッドヒール!」
ルーシーさんの回復魔法で、俺の吹き飛んだ左腿と左腕は見る見るうちに再生していく。
失われたHPも回復し、体は万全の状態となった。
「そうか……ナキアとナベルはやられたか……使えん奴らよ」
ニダスは想定の範囲内かのように冷静にそう言った。
俺はミスリルの剣を杖にして立ち上がる。
これで5体1になった……だが安心できる状況ではない。
ニダスのステータスは俺の数値を大きく上回っている。
龍気が切れた今、正面戦闘は分が悪い。
「英人さん、彼らの弱点はミスリルと私の神聖魔法のようです」
ルーシーさんが使う魔法は神聖魔法という名前なのか……それに効果もあると。
「ええ、ミスリルは俺も確認しました。だけど決定打には……」
「いえ、おそらく心臓に一撃を入れることができれば、討伐は可能です」
心臓か……やることは明快だが、ことはそう容易ではない。
龍気のない今の状態では、まともに撃ち合うのも難しい。
「奴の動きをどうにかして止めることができればいいんですけど……生憎もうスキルは使えません」
「それは私に任せろ。おそらく動きを遅くするのが限界だが、私のユニークスキルを全力で使えば可能だろう。だがその分、私はスキルの発動に集中する必要があるが」
アンナさんのユニークスキルはそんな能力だったのか……
俺とリュートとサクヤの3人で、ニダスの攻撃を捌かないといけない。
これはなかなかしんどそうだな……だけどやるしかない。
「英人さん達3人に、あとはお任せします。聖なる輝き!」
俺とリュートとサクヤに、神聖魔法の付与がかかる。
あとはこのミスリルの剣を奴の心臓に叩き込むだけ。
ここからは極限の集中力が要求される。
「リュート、サクヤ、1秒のズレも許されないぞ」
「お任せください」
「任せるのです!」
俺は「部隊編成」スキルの「思考共有」に全力で集中し、リュートとサクヤと思考で繋がる。
「話し合いは終わったか? 私も暇ではないのでな、5人まとめて相手をしてやろう」
そう言ってニダスは真紅の剣を構え、さらに空中には無数の血の剣をが生成されていく。
俺はミスリルの剣を構えて駆け出す。
するとサクヤは無言でミラージュを使い、姿を眩ます。
そしてリュートはシャドウウォークで影に潜む。
ダンジョンは奴の魔法で夜になっており、一面が影のような状態だ。
そして俺はニダスの懐に潜り、下から掬い上げるように剣を振る。
「他愛もない」
――カン!
余裕で弾き返されるが想定内だ。
ニダスは剣を弾いたことで、そのまま俺の首を狙う。
剣が俺の首に触れる直前、影から現れたリュートが左手の短剣で起動を逸らす。
「チッ!」
そしてリュートはそのまま右の短剣でニダスの心臓を狙う。
ニダスの心臓に迫る短剣を、空中で静止していた血の剣が迎撃する。
――キン!
そして俺は先ほど弾かれた直後に、既に次の一手に動いていた。
リュートが必ず剣を弾くとわかっていたが故の一手だ。
俺の剣は既に、ニダスの胴体に向けて振られている。
リュートが俺の目の前にいるため、俺のことは見えていないはず。
剣がリュートに触れる直前、リュートは再びシャドウウォークで地面に沈む。
そしてリュートが壁になっていたことで、俺の剣はいきなり現れたように見えたのだろう。
ニダスの反応がわずかに遅れる。
「小賢しい真似を!」
剣でのガードが間に合わないと判断したのか、ニダスは剣を持たない方の腕でガードした。
ルーシーさんの神聖魔法が付与されたミスリルの剣は、容易くニダスの腕を斬り裂いた。
「くっ ! ?」
弱点のミスリルに加えて、効果のある神聖魔法が付与された一撃。
傷はそう深くないが、ダメージはかなり入っているようだ。
苦悶の表情を浮かべるニダスは、一度距離を取るためかバックステップで後方に飛ぶ。
しかしここで、奴の後方に移動していたサクヤに指示を出す。
そしてニダスの背中に、神聖魔法で強化されたミスリルの矢が迫る。
「っ ! ? おのれ! 調子に乗るなあ!」
周囲に浮遊している血の剣が形を変え、奴の死角をカバーするように薄い膜となってニダスを覆う。
血が盾となり、サクヤの矢が防がれる。
だが矢が当たった箇所の血が、ほんの少しだけ蒸発したように煙を上げて消えた。
今のはなんだ?……もしかして……
時間はかかりそうだが、少し光明が見えたかもしれない。
俺たち3人はニダスへの攻撃を再開した。
そうして俺たちの絶え間ない連携攻撃は連綿と続いた。
どれくらい時間が経ったかわからないが、ずっと集中しているせいか何時間も戦っていたような感覚だ。
だが俺の予想は当たった。
もうニダスを守る血は存在しない。
どうやらミスリルに触れた血は消えるようだ。
俺たち3人の攻撃は延々と血で防御されていたが、長い時間をかけてようやく防御に使っている血を完全に消滅させることができた。
おかげで俺もリュートも、ニダスの攻撃でボロボロになっている。
致命傷になりそうな攻撃は互いにカバーし合って防いで来たが、俺たちの体は傷だらけだ。
ルーシーさんの神聖魔法のおかげで、俺の腕を吹き飛ばした攻撃は防ぐことができている。
だが神聖魔法のバフももう少しで切れるだろう。
奴の血は削り切ったし、あとは隙を作るだけだ。
もう一度神経を全集中して、ニダスに攻撃を仕掛ける。
俺は心臓を狙うようにして剣を突き出す。
だがニダスは体をずらすことで回避。
そして剣を突き入れた体勢の俺の首を狙って、ニダスは血の剣を振り下ろす。
そこでリュートが影から飛び出し、ニダスの攻撃を阻もうと短剣を突き入れる。
しかしニダスは、リュートの短剣を左手で鷲掴みにした。
「血呪・
剣を掴んだことでできた傷口から、血の鎖が噴き出してリュート縛り上げる。
自分の血も使えるのか ! ?
だが俺も、ここまで温存していた戦法を使う。
奴の剣が俺に当たる直前、スキルを発動する。
「送喚!」
俺の体は消え、一瞬にしてニダスの背後に現れる。
送喚は武器だけじゃなくて、眷属を起点にしても使うことができる。
「なに ! ?」
ここまで温存しておいたおかげで、ニダスは反応できずにそのまま剣を振り切る。
俺は剣を振り切った隙だらけのニダスの心臓めがけて、背後からミスリルの剣を突き入れる。
俺の攻撃を防ごうと、背中に刺さったの矢の傷口から血が噴き出す。
だがそこで、アンナさんのユニークスキルが発動される。
「遅延!」
途端に噴き出した血がスローモーションになった。
完全に動きが止まっているわけではないが、これで十分だ!
吹き出す血の隙間を縫うように、俺の剣はニダスの心臓に吸い込まれる。
――グサ!
「がああああ ! ?」
俺はミスリルの剣から手を離し、バックステップで離れる。
リュートを縛っている血の鎖も解除され、リュートもニダスから距離を取る。
心臓に剣を突き刺されたまま、ニダスはうつ伏せにゆっくりと倒れ込む。
――ドサリ
そして徐々に、ニダスの体が灰の様に崩れ始めた。
しばらく観察していたが、灰になっていくだけで特に動きはなかった。
なんとか勝てたか……
安心か、それとも全力で集中していたからか、一気に力が抜ける。
膝をつきそうになるが、全力で堪えた。
まだあいつには聞きたいことがある。
俺は灰になりかけているニダスに近づく。
ニダスはもう首から下は完全に灰となっている。
そして首だけになったニダスが、俺の接近に気づいたのか言葉を発した。
「縛られた身であれほどの力を見せるとは……見事だ」
なんだ? 急に褒めてきやがって……
それに、縛られたってどういうことだ?
突然聞いた意味のわからない単語に、少し気を取られてしまった。
「だがこれで終わりだと思うな、貴様達の絶望は始まったばかりだ……精々足掻くがいい――」
そうして何も聞き出せないまま、ニダスは灰となって消えた。
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