第7話 いざ行かん

 家でモドキとくつろいでいると、インターフォンが鳴る。

 宅急便だ。

 物はわかっている。私がネットサイトで注文した品だ。

 印鑑を押して、受け取り、梱包を開ければ、モドキが顔を青ざめる。手に持っていたチュールを落とし、震えている。


「か、薫。それは……」

「ふふ。察しがいいな。モドキよ」


 なんか悪の親玉になった気分だ。


「観念して囚われるがよい」


 そう、私が注文したのは、猫キャリー。モドキを連れ出すために初日に買ってようやく今日届いた。


「い、嫌だ! 行き先はろくな事がない」


 ワタワタとコタツに潜り込もうとするモッフリボディを私ががっしりと掴んで引っ張る。コタツの中でモドキは爪を立てて抵抗しているから、なかなかコタツからモドキを引っこ抜けない。


 大きなカブって絵本あったな。あんな感じか?

 うんとこしょ、どっこいしょ、まだまだモドキは抜けません。


「いい加減にしてよ。モドキ。分かっているんでしょ。獣医。行かないと。だいたい、拾った動物は、獣医に一度見せて感染症の検査して、予防接種受けないと駄目なことくらい、あんたなら分かるでしょ?」


 これだけ流ちょうに言葉を理解するモドキだから、難なく連れていけると思っていたのだが、甘かった。建前上だけ猫キャリーに入れて運べばいいだけと思っていたのに、予想外の反発。


「分かる。分かるが、嫌な物は嫌なんだ。それに、薫、お前、儂が猫かどうか疑っていたではないか。そうだ。ああ、そうだ。猫かどうかも分からない物体を獣医に診せて良いのか?」


 下手に人語を解して屁理屈をこねるだけ、普通の猫より面倒かもしれない。


「どう考えても、あんたのカテゴリーは人類ではないでしょ。なら、この世にはあと、樹木医と獣医師か残っていないの。植物ではないなら、謎でもなんでも、動物なら獣医なの」


 完璧な理論だ。アメンボもカエルもスズメも、みんな獣医にみせるんだ。


「薫、そんな超理論。お前、獣医が泣くぞ。範囲が広すぎて獣医が泣くだろうが。可哀想に。」


私の完璧な理論に、モドキが情に訴えて反論する。


 ならば、仕方ない。奥の手だ。


「モドキ、じゃあさ、〇ビスビール。買ってあげるからさ。帰りに」


私の一言に、モドキがピクリと震えて反応する。


「〇ビスビール?? あの、コクがあるビールか?」


 初日に私の秘蔵の一本をくすねて飲んだモドキ。気に入っているのは知っているが、お値段の問題と、猫にあんなの飲ませていいのか分からなかったから、買うのを控えていた。

 モドキは、ここ数日、ノンアルコールの糖質ゼロのフリー系のビールで我慢していた。


「そうよ」


 まるで歯医者に行きたがらない小さい子を菓子で釣るような戦法。

 欲しがっている物は、お高いビールと可愛げはないが。

 ノロノロとモドキが自分でコタツから出てくる。


「絶対だからな」


 そう念を押すと、自分でキャリーケースの中にモドキが入る。

 私は、キャリーケースの扉をパタンと閉めながら、


「そうそう。獣医さんが駄目って言わなければ。ね。ほら」

と付け足した。


「くっそ、騙しやがったな。薫!」


 モドキが中からキャリーケースの扉を揺らすが、高性能なキャリーケースの扉はびくともしない。

 私は、速やかにモドキを近所の獣医まで搬送した。

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