ただのマッチがとんでもない金額で売れる

 俺とフェンリルのフェリは街へ到着した。

 街に入るたび入場料を取られてしまうらしいので、ギルドに登録しようとしたのだが、どちらも登録料が必要とのこと。


 金を稼ぐため、日本の便利グッズを販売することにしたのだった。


 街の中心街にはマーケット、つまり商店がいくつも並んでいる。

 また、今日は天気がいいからか、露天商も結構な数がいる。


「営業許可とかっていらないのかな?」

『人間の生活のルールなんぞ知らん』


 そりゃそうか。フェリは神獣だものな。

 俺は周りを見渡す。


 露天商たちは敷物を地面にひいて、その上にアイテムとか、瓶とか置いている。

 空いてるスペースを見つけて、そこへ行く。


 隣で暇そうにしてる露天商に声をかけてみた。

 20代前半くらいの、姉ちゃんだ。


「あのーすみません」

「ん? なんだい兄ちゃん」

「俺も露天でもの売りたいんですけど、営業許可っているんですか?」

「ああ。おたく、商業ギルドの登録は?」

「それがまだでして」

「なるほど。ふぅむ……」


 じろじろ、と露天商の姉ちゃんが俺を、上から下へと見やる。


「うん、うん。うん」


 なんだそのうんうんは?


「兄ちゃんよそから来たのか。じゃあ教えてあげよう。ギルドに登録すれば営業許可をとらずに商売できる。が、ギルド無所属で物を売る場合は、役場に営業許可を申請し、登録料を払わないといけない」

「げ、役場なんてあるんですか……」

「ふむぅん……ふむふむ」


 姉ちゃんが俺を見て、「うん」とうなずいた。


「なあ兄ちゃん。あたいと手を組まないかい?」

「手を?」

「おっと警戒しないでおくれよ。別に犯罪に手を貸せとかそういう意味じゃない」


 とはいえ、ちょっと気になったので鑑定スキルを使う。


■ネフレ・ベックス

称号:行商人

スキル:予見


 鑑定スキルによると、称号とはその人の普段の行いとかから、与えられる情報らしい。

 悪人は悪人ってでるんだとさ。便利だな。


 となるとこの娘……ネフレさんは悪い人じゃない。

 なら提案に乗ってもいいかも。


「具体的にどうするんです?」

「簡単だよ。あんたはあたいのスペースで物を売る。そんだけ」


 なるほど、ネフレさんは営業許可を取ってここで物を売ってる。

 ここで売れば、俺が新しく営業許可を取らずに物を売れるってわけか。


「見返りは?」

「あんたが売ろうとしてるもの、1つ、あたいにくれればそれでいいさ」

「それって、あなたに得があるんですか?」


 にやり、とネフレさんは不敵に笑う。


「ああ、あるさ。あんたはすごいやつだって、あたいのスキルがそうささやいてるの」


■予見(B):物事の重要な分岐点となるときに、それを所有者に教える。未来の情報を教えるわけではない。


 なるほど、予見スキルか。結構便利だな。

 つまりスキルが、俺と手を組んだことで、重要な分岐となると教えてのだろう。


 だまそうとしているわけじゃない。この子は自分の利益になると思って、俺と手を組まないかと提案してきてるのだ。

 称号に悪人って書いてないし、こんなレアなスキルを持っている。


 さらに行商人ってことは、いろいろ詳しく知ってるだろう。

 手を組んでも、悪くない。


「わかりました。それで手を組みましょう」

「おお! さっすが話わかるね。あたいはネフレ。あんたは?」

「カイトです。こっちは相棒のフェリ。テイムモンスターですので安心してください」


 フェリはやり取りに興味がないのか、くわーっとあくびをしていた。


「へえ、ふんふん。ふふふ、あたいにもツキが回ってきたねこりゃ!」


 ネフレさんはなんか感づいたようであった。

 フェリがフェンリルだと気づいたのか?


「じゃさっそく物を売ろうか。何を持ってるんだい?」


 ネフレさんが新しい敷物をしいて、俺が座るスペースを作ってくれた。


「今持ってるのは、3種類ですね」


 現実のホームセンターへ行ったときに、買い物をしておいたのだ。

 異世界で物を売るときを想定して、とりあえず3種類。


 マッチと、角砂糖と、缶詰め。

 

 効果がわかりやすいものをチョイスした。マッチは簡単に火がつくし、角砂糖はなめれば甘いし、缶詰めは、まあ冒険者たちって野営するイメージあるから、保存食がうれるかなって。


「! ほ、ほほぅ……に、兄ちゃん今、なんもない空間からこれら取り出したね?」

「え、あ、はい。アイテムボックスってスキルなんですが」

「ほ、ほほほほう! そうか、アイテムボックス持ちか! へえ、それはますます、商人に向いてる!」

「アイテムボックスってそんなレアです?」

「まあね。とはいえ100人に一人くらいのレアリティさ。ただ、容量に限りがあるけどね」

「え? 限りなんてあるんですか?」

「!?!?!?!?!?」


 あれ? ネフレさんがものすごく驚いてる。


「に、兄ちゃん、あんまりそのことは口外しないほうがいい」

「そうなんです?」


 ネフレさんがきょろきょろと周りを見て、声を潜めながら言う。


「……ああ。容量無制限のアイテムボックスなんて、この世界で持ってる奴はいない」

「ま、まじですか!?」


 そんなレアなスキルだったのかこれ。


「……兄ちゃん、あんたやっぱり、ただもんじゃあねえな」


 確信めいた言い方を、ネフレさんがする。


「予見スキルがびんびんに反応してた。それにその着てる服、そうとうなレアもんだろう。そして後ろの大きい犬も、またレアなモンスターだと見た」


 あってる。やっぱり、この人かなり目がいい。


「おっと、余計な詮索はしないよ。あんたとはビジネスパートナーだからな!」

「助かります。で、これら売れそうですか?」


 敷物のうえに置いたマッチとかを、ネフレさんがしげしげ見やる。


「こんなアイテム、今まで見たことない。まずこの箱? なんだ?」

「これはマッチといって、誰でも簡単に火が付くアイテムです」

「ま、まさかぁ~」


 俺は箱から1本マッチを取り出して、しゅっ、とこする。

 小さな灯がマッチの先にともる。


 どさっ!


「え?」

「な、な、な!? な、なんだそれはああああああああああああああああああ!?」


 ネフレさんが腰を抜かしていた。え、そんなに驚くこと?


「に、兄ちゃんこれ魔道具マジック・アイテムじゃあないだろ!」


 魔道具とは、魔力を使う便利アイテムのことらしい。


「はい。ただこすっただけですが?」

「す、す、すごい……! 魔法も、魔力も使わず、火をおこすなんて!」


 ネフレさんがわなわなと口元を震わせている。

 そんなに驚くことか?


 魔法が当たり前にある世界じゃ、火を起こすのだって現代より簡単だろうし。

 てっきり、火の魔法使えばいいじゃーんとか言われるのかと思ったが。


「に、に、兄ちゃん! これ! いくつある!?」

「え、10箱ですけど」

「全部! 買う! 言い値で買い取るから! 全部ちょうだい!」


 ま、まじか。一気に全部売れてしまうとは。

 しかし言い値って言われてもわからないな……。


 そういや、門番さんは5000ゴールド、入場料がかかるって言っていたな。


「じゃあ5000ゴールドで」

「な、な、なぁああああああああああああ!?」


 さすがに徳用で10箱500円とかで売ってたものを、5000ゴールドで売るのはぼったくりだったか……。

 まあ1円が何ゴールドか知らないけど。


 ぴこん♪


【1ゴールドはだいたい1円だよん♪】


 さすがばあさんの知恵袋、ありがたい。


「に、兄ちゃん! さすがにそれは無理だよ!」

「あー、やっぱぼったくりすぎますかね? 高すぎってこと?」

「安すぎるって意味だよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 あれ、そうなのか?


「魔力も魔法も使わず、特殊な技術も必要なく、火を簡単につけることができる。こんな希少価値のたかい、歴史的超発明品を、5000ゴールドでなんて買えるわけがない!」

「歴史的超発明品って……大げさな」

「大げさなものか! これが出回れば、歴史が変わる。そんなレベルでやばい代物だよ!」


 まじか。そんなにか……。


「100万はどうだ?」

「ひゃ!?」


 500円で買ったものが、100万円になるだと!?

 どんな錬金術だよ!!!!!


「すまない、安かったね。200万でどうだ!?」

「にひゃくぅう!?」

「くぅ! まだ低いな、よし、じゃあ250万で……」

「いいっていいって!もうそれで!」


 しかしまじか。500円で買ったマッチが、250万円になるとか……。

 こんなに楽してもうけてもいいのか? 


 毎日あくせく、ブラック企業で必死に働いて、手取りで20数万円とかもらってたのが、バカみたいじゃないか……。

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