異世界を行き来できる俺、現実でも無双できるけど田舎でスローライフする~異世界チート能力でいつの間にか【長野の神】になっていた件~

茨木野

一章

01.会社をクビになる

飯山いいやま 界人かいと君。もう明日から会社に来なくて良いわよ」


 昼下がりのオフィスにて、俺にそう言い放ったのは、この会社の部長、木曽川きそがわ真々子ままこ。

 女性で、歳は40。

 眼鏡をかけた、スーツを着た美女。


 俺、飯山いいやま界人かいと、24歳。大学をストレートで卒業して今年で社会人2年。

 そこそこ大手の出版社【タカナワ】ってとこの、マンガ編集部に勤めている。

 規模はでかいが業務内容は完全にブラック企業だ。終電を毎日逃すのがデフォ。


 そんな俺が……昼下がりのオフィスで、上司に呼び出され、突然のクビを言い渡されたのだ。


「そ、そんな……木曽川きそがわ部長……どうして……?」

「どうして? 君、こないだ駅で自分が何をしたのか覚えてないの、飯山君?」


 ……駅で、という単語で、俺はすぐにピンときた。


「あれは、えん罪です! 俺は何もやってません!」


 先日のこと。俺は電車に乗っていた。

 満員電車だった。隣で女子高生が、小さく「やめてください……」とつぶやいていることに気づく。


 後ろのオヤジがJKの尻を触っていたのだ。

 俺は、それを見て……助けないとと思った。思えば、馬鹿なことをした。変に正義感なんて出さなきゃ良かった。


 オヤジの手をつかみ、痴漢だと言う前に……そのオヤジが、言ったのだ。


『こいつ(※俺)、痴漢してるぞぉ!』


 と。

 ……その後、俺は駅員に連れてかれて取り調べを受けた。


 警察に何度も『おまえがやったんだろう!』と問い詰められた。


 だが俺は認めなかった。だってやっていないんだから。やってないと、頑なに主張。

 

 その後、被害者のJKが来て、俺じゃないと証明してくれ、釈放された。

 けれど今回の件、ネットで拡散されてしまった。


 通勤ラッシュ時だったことも相まって、あっという間にネットでは大炎上。

 また、その電車には同じタカナワの社員もいたらしい。


 結果、会社の中で【飯山いいやま界人かいとはJKを痴漢した】という噂が回ってしまった……。


「若い女を痴漢するなんて、最低よ」

「だから! あれは誤解だったんですって!」

「……そんないいわけは聞きたくない。女を痴漢するなんて男として最低よ」


 最低って……。

 そりゃ、事実ならそうだけど!

 俺は……俺はやってないのに!


「うちは若い女の漫画家も多い。あなたの担当の、南木曽なぎそなぎちゃんとか」

「確かに……なぎは俺の担当ですけど……」

「南木曽なぎ先生は、売れっ子作家よ。あなたが担当のせいで、描くのが嫌になって、うちから出て行かれたら大損だわ」


 南木曽なぎは、今日本で一番売れている漫画家の一人だ。

 タカナワのマンガレーベルでももちろん、トップの売り上げを誇っている。


 俺は彼女がデビューしたときから、二人三脚で、ずっとやってきた。

 でも……彼女は確かに女だ。


 今回の騒ぎで、なぎが描くの嫌がるかもって話は、わかる。あいつは、繊細だから……。


「いや、でも……じゃあ南木曽なぎは誰が担当するんですか? あいつを担当できるの、俺くらいじゃないですか」

「他の子に任せるわ」

「いや無理ですって! あいつは……」

「うるさい!」


 ドンッ……! と木曽川きそがわ部長が机を叩く。

 にらみつける、その瞳には……俺に対するありありとした敵意が浮かんでいた。


「人様に迷惑をかけるような人間を、会社は必要としていないわ」

「だから……誤解なんですって! やってないんですって! どうして信じてくれないんですか!?」


 ふんっ、と鼻を鳴らし、木曽川きそがわ部長がさげすみの目を向けてくる。


「せっかくこのあたしが目をかけてやったのに、若い子に色目使うからよ」

「は……? 一体何言って……」

「所詮、あなたも他の若いクズ男と一緒で、若い女のほうがいいんでしょ。だからJKの尻をもんだんでしょ?」


 い、言っている意味がわからない……。

 なんだその言い方……。


「とにかく、もううちではあなたのような最低な男を、置いておく気はありません。さっさと荷物をまとめて出て行きなさい」

「そんな……」


 ふざけるな、どうして俺が……出てかないといけないんだよ……。

 えん罪だったって、言ったのに……。


 でも……。


「……飯山いいやま終わったな」「……ざまぁ。あいつ嫌いだったんだよね」

「……たまたま最初に手に取った原稿が、南木曽なぎのだったってだけで、チヤホヤされてたからさ」

「……てめーの功績じゃねーだろ。さっさと出てけよ無能編集」


 ……周りの同僚、先輩達からのさげすんだ目。

 ああ、そうか……こいつらも、俺のこと嫌いなんだ。


 俺は……もうこのタカナワって会社に、居場所がないんだ。

 えん罪だったのに、誰も信じて、くれないんだ……。


「……わかり、ました」


 こうして俺は、会社をクビになったのだった。

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