第1話 print("Fuyumi")
あの頃、医療面での技術が発展していたとは言え、結局病気から妹の冬美が生還することは無かった。そう現代医療でもステージ4にまで進んだ彼女の身体の状態を救う事は出来なかったのだ。
しかし絶望ばかりじゃない、この世の中の発展のおかげで、俺はあるテクノロジーの力を借りてあれから毎日妹に会う事が出来ていた。
「お兄ちゃん、ちゃんと運動してるの?」
「いや、まあそれなりに」
「私との約束は?」
「約束?」
「そう、私の代わりに水泳部に入って泳ぐって」
「ああ、それな……」
「それなって、また言い訳?」
「いや、俺もう高三だから受験が……」
「ムゥ!? 受験ってそ・れ・言い訳じゃん」
「いや、大学入ったら必ず入るからさ、な!?」
「ムゥ!? ぜ~~~~ったいだからねっ」
「ああ……」
「ああ? って何? はぐらかしてんじゃんっ」
「冬美ごめん、夕飯出来たって母ちゃんが……もう行くな」
「ムゥ!? そんなこと言って……ああっ逃げるな~~!?」
俺は逃げるようにVR用のバイザーを外した。夕飯はもちろん逃げの口実だ。実際はまだ出来ていない。
仮想空間内では有るものの、本当の妹がそこにいる。亡くなる半年前のことだ。記憶データを最先端の技術を使うことで脳から抽出し移し替えたのだ。
人の記憶データーは物凄い容量が掛かる。ノートパソコンだとか、デスクトップパソコン程度では残念ながら保存することはできない。
俺の場合は、もともと趣味のゲームで自作サーバーを構築していた。今回、泣く泣くゲームデータを全消去し、そこへ妹の一部のデータをそこへと載せ替えた形だ。まあ今年受験だし、ゲームなんてやる暇が無いのでちょうど良かったのかも知れない。それに何より誰よりも大事な妹の記憶がそこにあるのが嬉しかった。
肉体こそ持たないものの、確かに俺の妹である冬美がこの仮想空間で生きているのだ。
この技術は何処の国かは忘れたが、ある外国の外科医が彼の大好きな祖父が病気で亡くなった事により始まる。祖父を失った時の余りにも辛い経験をした彼は、同じ思いを実の父で経験したく無いと考えたのだ。そんな来たる日に備え、生前のうちに脳の記憶装置である記憶領域をスキャンし、移し替える研究がその国では行われた。
皮肉にも彼自身での研究では実現はされなかったものの、アメリカのある医学チームとクラウドサーバーの新規参入の会社及びSSD製品を販売する大手の合同研究により、彼の夢は実現する形となった。
そして数年後、此処日本にも記憶の園と言う会社が設立され、妹の記憶はその会社の技術で一台のサーバーに一部分では有るが移し替えられた。残りの記憶部分についてだが、それは月会費と言う形でその会社のサーバークラウド内に保存をして貰って居る。電子機器なので電源が落ちたらデータが飛んでしまうのではないか? そう心配する人もいるかも知れないが、データの保存に使用しているハードはSSDと言う物を使っており、一般的に不揮発性メモリが半導体に使用されている為、フラッシュメモリーとは異なり、給電が無くともある程度の期間記憶内容を維持する事が出来る。
じゃあ、SSD自体が壊れたらヤバイんじゃって思うかも知れないが、これも問題無い。
詳しくは俺もそこまで分からないが、RAIDと言う技術を使ってデータを複数のディスクへ分散する事で、仮にSSDのAが壊れても、SSDのBに同じデータが保存されている為、データが無くなる事は無いそうだ。
因みにRAIDは"リダンダント・アレイ・オブ・インエクスペンシブ・ディスクズ"の略だ。で、SSDは"ソリッド・ステート・ドライブ"の略なんだけど、何れも日本語では上手く訳す事が出来ない。しいて言えば、RAIDは予備の記憶のハードを用意し、そこへ記憶データ保存をする方式、SSDは音が静かなハードディスクって所かな? ハードディスクは記憶の読み書きに中の円盤をガリガリするから五月蝿いけど、対しSSDは駆動部分が無いから静か何だよな。デメリットは値段が高いの一言。
まあ、今回は普段ならお金に対してケチな親父も仮想空間とは言え、妹に逢えるって事でパソコンのCPUも最新世代の16世代の物を購入してくれて、当然マザーボードも替えてくれた。CPUは一昔前のと比べ格段に性能が向上し、特に人工知能面でのサポートが充実しており、"ディープラーニング・ブースト"機能によって、仮想空間での表現が半端無く豊かになった。
デジタル処理性能が高くなる事で、バーチャル世界の妹の話す時の癖や微妙な表情の変化が100%じゃ無いにしろ、かなりの面で改善されていた。
to be continue ……the younger sister plus
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